27章 白
王都の夜は、昼よりも正直だ。
灯りの届かない場所では、音がよく響く。
人の気配、金属の擦れる音、靴底が石畳を踏む重さ。
昼間なら雑音に紛れるそれらが、夜になると意味を持つ。
倉庫街の外れ。
街灯が二本、距離を空けて立っているだけの通路。
その中央で、一つの荷車が止まっていた。
積まれているのは、指定商会――ルーヴェル商会から預かった荷。
正規ルート。
書類も、印章も、何一つ問題はない。
それでも。
エリナは胸の奥に、消えない違和感を抱えていた。
「……遅い」
カイルが低く言う。
「護衛の交代地点を、まだ通過してない」
予定よりも、十分以上。
その瞬間。
遠くで、金属が地面に落ちる音がした。
続いて、短い悲鳴。
エリナは即座に走り出した。
仲間たちも迷わず続く。
街灯の下。
そこにあったのは、倒れた荷車。
散らばった木箱。
そして——
一人の運搬人。
男は地面に膝をつき、片腕を押さえていた。
血が石畳を濡らし、黒く広がっている。
「誰がやった」
エリナの声は低く、感情が削ぎ落とされていた。
男は震える指で、街灯の外を指す。
「……あいつらが……
“規則違反”だって……」
規則。
その言葉で、すべてが繋がった。
荷は正規。
書類も完璧。
だが、“流す相手”が違った。
ルーヴェル商会が裏で指定していた先ではなかった。
つまりこれは。
「……見せしめだ」
アーロンが歯を噛みしめる。
その時、拍手が聞こえた。
ゆっくりと、わざとらしく。
街灯の外、影の中から数人の男が現れる。
昼間、倉庫で見た顔。
裏社会側の“警備”。
「いやぁ、早いね」
先頭の男が、笑いながら言った。
「さすが、評議会のお気に入り」
エリナは一歩前に出る。
「これは契約違反?」
「いいや」
男は肩をすくめる。
「教育だよ」
その言葉に、空気が凍った。
「流れを間違えると、こうなる。
それだけの話」
男の視線は、エリナではなく、倒れた運搬人に向けられていた。
「次は、もう少し派手にやるかもな」
それは予告だった。
エリナは、剣に手を掛けなかった。
魔力も、殺気も、出さない。
代わりに、静かに言った。
「名前を聞いても?」
男は一瞬、意外そうな顔をした。
「……ガルド」
「そう」
エリナは、その名を記憶に刻む。
「覚えた」
ガルドは笑った。
「光栄だね」
男たちは、そのまま影に消えた。
拠点に戻った後、医師を呼び、運搬人の処置を終えた。
命に別状はない。
だが、腕はしばらく使えない。
沈黙の中、エリナは仲間たちを見回した。
「ここまで来た」
誰も否定しなかった。
これは警告でも、偶発事故でもない。
宣戦布告だ。
「評議会は、知らないふりをする」
カイルが言う。
「ルーヴェル商会は、手を汚さない」
「汚すのは、ああいう連中」
アーロンが拳を握る。
エリナは頷いた。
「だから、潰す順番を間違えない」
感情で殴れば、負ける。
仕組みを壊さなければ、意味がない。
「次は、証拠」
その一言で、全員が理解した。
この章で、線は越えられた。
もう引き返す道はない。
だが、まだ剣は抜かない。
抜くのは、相手が逃げられない位置に来てから。
夜の倉庫街に、風が吹いた。
血の匂いを薄めるように。




