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〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


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25章 勝者の椅子と善意

王都の朝は、勝者にとっても平等に訪れる。

 だがその光の質は、敗者の時とはまるで違って見えた。

 石畳を照らす朝日、商人たちの呼び声、荷車の軋む音。

 すべてが以前よりも鮮明で、重く、意味を帯びてエリナの耳と目に届いてくる。

 ——見られている。

 それは被害妄想ではなかった。

 視線は確かに存在していた。

 露骨ではない。

 だが、通りを行き交う人々の中に、ほんの一瞬だけ動きを止める者がいる。

 彼女が通り過ぎた後、低く囁き合う影が残る。

 それは数か月前の頃には、決してなかった光景だ。

 倉庫街の外れに構えた彼女の拠点——

 かつては誰も見向きもしなかった古い石造りの建物は、今や「名のある場所」になっていた。

 理由は単純だ。

 ここから、王都の金と物と情報が流れている。

 エリナが扉を開けると、すでに中では仲間たちが動いていた。

 トーマは帳簿を広げ、数字を追っている。

 アーロンは倉庫内の導線を確認し、荷の配置を微調整していた。

 マリスは伝令役の少年と短い言葉を交わし、情報を選別している。

 カイルは窓際に立ち、外の様子を静かに観察していた。

 全員が、いつもとは明らかに違う緊張感を帯びている。

「……増えたな」

 トーマが低く呟く。

「何が?」

「“話をしたがる連中”だ」

 エリナは頷いた。

 すでに今朝だけで三件。

 商業ギルドの使い、貴族家の名代、聞いたこともない団体の代理人。

 共通しているのは、敵意がないこと。

 そして、全員がこちらを対等以上に扱おうとしていること。

 それは祝福であり、同時に罠でもあった。

「今日の一件、断ったのは正解だ」

 カイルが窓から目を離さずに言う。

「理由は?」

「条件が良すぎる」

 その言葉に、空気がわずかに張り詰めた。

 差し出されたのは、倉庫街一帯の独占権。

 税の優遇。

 警備の保証。

 表向きは“支援”。

 だが条件は一つだけだった。

 ——流通の一部を、指定先に回すこと。

 それが何を意味するか、エリナには嫌というほど分かっていた。

「表に出ない金の匂いがする」

 マリスが淡々と言う。

「しかも、逃げ道が用意されてない」

 アーロンが腕を組んだ。

 この段階で近づいてくる支援者は、助けではない。

 管理者だ。

 エリナは静かに息を吐いた。

 彼女は勝った。

 理不尽を跳ね返し、見下していた者たちを地に落とした。

 だが——

「世界は、勝者を自由にするほど甘くない」

 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

 その時、扉が叩かれた。

 ノックは一度。

 迷いのない、正確な間。

 マリスが目配せし、エリナが頷く。

「……入れ」

 扉が開く。

 立っていたのは、よく仕立てられた服を着た男だった。

 年齢は三十代後半。

 柔らかな笑み。

 だが目だけが、感情を映していない。

「失礼。王都管理評議会より参りました」

 その肩書きを聞いた瞬間、室内の空気が変わった。

 出たな。

 エリナは内心でそう思いながら、表情を崩さない。

「用件は?」

「簡単なご挨拶を。

 そして——ご提案を一つ」

 男はそう言って、紙束を机に置いた。

 契約書。

 正式な印章。

 法的にも、形式上も、完璧な書類。

「王都は、あなたの力を高く評価しています」

 男は静かに続ける。

「だからこそ、

 正しい場所で、正しく使われるべきだと」

 その言葉に、エリナは確信した。

 次の戦争は、もう始まっている。

 敵はまだ剣を抜いていない。

 だが——

 椅子はすでに用意されていた。

 縛りつけるための、立派な椅子が。

 王都管理評議会の使者が去った後も、部屋の空気はしばらく戻らなかった。

 机の上に残された契約書。

 厚みのある羊皮紙に、整った文字。

 朱色の印章は、王都の法そのものを象徴している。

 エリナは席につかず、立ったまま書類を見下ろしていた。

 触れれば、何かが始まる。

 触れなければ、何かが終わる。

 そんな境界線の上に置かれた紙だった。

「……条件、改めて確認する」

 エリナの声は冷静だった。

 トーマが帳簿を閉じ、前に出る。

 カイルはすでに契約書の写しを頭に入れ終えていた。

「倉庫街の正式管理権を評議会名義で再編。

 その管理実務を、うちが請け負う形になる」

「表向きは昇格だな」

 アーロンが短く言う。

 かつて“問題地帯”だった倉庫街を、立て直した功績。

 それを理由に、王都公認の運営権を与える。

 ここまでは、非の打ち所がない。

「税率は据え置き。

 治安維持費は王都持ち。

 警備隊の派遣あり」

 マリスが淡々と続ける。

「……優遇されすぎてる」

 それが結論だった。

 普通、力を持ち始めた新興勢力には、まず重石を乗せる。

 税、規制、監視。

 それが王都の常道だ。

 なのにこれは逆だ。

「飴を与えて、首輪を嵌めるやり方だ」

 カイルの言葉は、鋭かった。

 エリナはようやく椅子に腰を下ろし、契約書の一部を指でなぞる。

「……ここ」

 指定流通先。

 評議会が“推奨”する取引相手。

 名前は商会。

 表向きは、王都でも古参の流通業者。

 だが。

「実態は?」

「裏社会との結節点。

 正規と非正規の境界線に立ってる」

 マリスが即答した。

「評議会は直接汚れない。

 流通を通じて、間接的に制御する」

 トーマが続ける。

 倉庫街を通る物資。

 金。

 情報。

 それらの一部が、必ず“指定先”を経由する構造。

 つまり。

「私たちは、

 王都の都合がいい場所で、都合よく使われる」

 エリナは静かに結論を口にした。

 その瞬間、扉の外で足音が止まった。

 重い。

 複数。

 しかも、警備隊の歩き方じゃない。

 アーロンが立ち上がる前に、扉が開いた。

 今度はノックもない。

「失礼」

 入ってきたのは三人。

 一人は、先ほどの評議会使者の護衛と思われる男。

 体格が良く、腰に下げた剣は実戦用。

 もう一人は、黒衣の細身の男。

 視線が常に部屋全体を測っている。

 そして中央。

 年配の男。

 白髪交じり、上質な外套。

 顔には穏やかな笑み。

「初めまして。

 私はギルバート。

 評議会の“調整役”を任されております」

 名乗りは柔らかい。

 だが、その立ち位置がすべてを物語っていた。

 ——護衛と、処理役を両脇に置く調整役。

 エリナは立ち上がらず、視線だけを向ける。

「用件は?」

「契約の補足説明を」

 ギルバートは勝手に椅子を引き、腰を下ろした。

「誤解があると困りますのでね。

 これは強制ではない」

 その言葉に、誰も頷かなかった。

「ただ——」

 ギルバートは指を組む。

「断った場合、

 王都としては“管理責任を果たせない区域”が存在することになる」

 空気が、一段冷えた。

「つまり?」

 エリナの問いに、ギルバートは困ったように笑う。

「治安の再評価。

 警備の縮小。

 取引許可の再確認。

 税務監査」

 一つ一つは、正当な行政措置だ。

 だが重ねれば。

「潰す気だな」

 アーロンが低く言った。

「いえいえ」

 ギルバートは首を振る。

「“守れない”だけです」

 その瞬間、エリナは理解した。

 前回の敵は、感情で動いた。

 だから踏み外した。

 だがこの敵は違う。

 剣を振らない。

 怒鳴らない。

 ただ、仕組みを動かす。

「一つ、聞かせて」

 エリナは静かに言った。

「この契約、

 私がいなくなっても機能する?」

 ギルバートの笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。

「……鋭い」

 その反応で、答えは十分だった。

 エリナは契約書を閉じる。

「持ち帰って検討する」

「もちろん」

 ギルバートは立ち上がる。

「期限は三日。

 それまでに、ご英断を」

 三人はそのまま去っていった。

 扉が閉まった後、しばらく誰も口を開かなかった。

 やがて、カイルが言う。

「もう逃げ場は少ない」

「でも」

 エリナは契約書を見据えた。

「まだ、首輪は完全には閉まってない」

 彼女の目に、冷たい光が宿る。

「なら——

 嵌められる前に、

 鎖の向こう側を見に行く」

 戦争は、ここから本格的に動き出す。

 敵は、表の顔を崩していない。

 だが、すでに牙は見えている。

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