第23章 公開審問と裁きは、静かに下される
王都議会・第三審問室。
そこは、
裁きの場であり、
同時に――
見世物の場でもあった。
「本日の議題は」 「地方商会連合に対する」 「臨時監査報告について」
議長の声が、
高い天井に反響する。
傍聴席には、
議員補佐。
商会関係者。
そして――
噂を嗅ぎつけた者たち。
視線は、
自然と一人の男に集まっていた。
監査官レイヴン。
背筋は伸び、
表情は引き締まっている。
**“正義の顔”**だ。
「監査官レイヴン」 「報告内容について」 「説明を」
議長の言葉に。
「はい」 レイヴンは、一歩前に出た。
「地方商会連合は」 「表向きは規則を遵守しています」
落ち着いた声。
自信に満ちた口調。
「しかし」 「物流経路の分散」 「帳簿記載の複雑化」
「これらは」 「意図的な操作の」 「可能性を示唆します」
傍聴席が、
ざわつく。
「可能性……?」
「不正ってことか?」
「私は」 レイヴンは、続ける。
「監査官として」 「疑義を、看過できません」
「それが」 「秩序を守る者の責務です」
正義。
責務。
美しい言葉が、
空気を満たす。
「以上が」 「私の判断です」
レイヴンは、
胸を張った。
「……ありがとうございます」 議長が、頷く。
「では」 「地方商会側から」 「意見はありますか」
その瞬間。
エリナが、
静かに立ち上がった。
「はい」
声は、
驚くほど穏やかだった。
「まず」 「一つ、確認させてください」
彼女は、
レイヴンを真っ直ぐ見る。
「あなたは」 「先ほどの説明を」 「公式見解として」 「述べましたね?」
「もちろんです」 レイヴンは、即答した。
「議会の場です」
「では」 エリナは、
一枚の書類を掲げる。
「こちらは」 「あなたが提出した」 「追加説明書」
「この中で」 「あなたはこう書いています」
「複数の状況証拠を総合的に判断し
不正の可能性を否定できない」
「はい」 レイヴンは、頷く。
「その通りです」
「では」 エリナは、続ける。
「その“状況証拠”を」 「具体的に」 「三点、挙げてください」
一瞬。
レイヴンの視線が、
揺れた。
「……帳簿の構造」 「物流の分散」 「そして――」
言葉が、
わずかに詰まる。
「……全体としての」 「不自然さ、です」
静寂。
重い沈黙が、
審問室を包む。
「ありがとうございます」 エリナは、
小さく頷いた。
「では」 「確認します」
「帳簿構造について」
彼女は、
別の書類を差し出す。
「第三者監査機関による」 「正式確認書です」
「帳簿構造は」 「規則に完全準拠」
「異常なし」
議長が、
書類に目を落とす。
「……確認しました」
「次に」 エリナは、続ける。
「物流の分散」
「こちらは」 「王都港再編による」 「合法的対応」
「議会通達にも」 「一致しています」
議員の一人が、
小さく頷く。
「では」 エリナは、
最後の一枚を取り出した。
「“全体としての不自然さ”」
「これについて」 「質問です」
彼女は、
はっきりと告げた。
「それは」 「事実ですか?」
「それとも」 「あなたの印象ですか?」
空気が、
凍りついた。
「……」
レイヴンは、
口を開こうとして――
止まった。
「答えてください」 議長の声が、低く響く。
「それは」 「事実に基づいていますか?」
数秒。
いや、
永遠にも思える沈黙。
「……総合的な」 レイヴンは、絞り出す。
「判断です」
その瞬間。
エリナは、
静かに言った。
「議会規定・第十八条」
「“疑義を記載する場合”」 「“具体的根拠を併記せよ”」
「今の回答は」 「根拠を示していません」
ざわめきが、
一気に広がる。
「それは……」
「つまり……」
議長が、
ゆっくりと顔を上げた。
「監査官レイヴン」
「あなたは」 「根拠のない疑義を」 「公式文書に記載した」
「これは」 「事実ですか?」
レイヴンの喉が、
大きく鳴った。
「……」
答えは、
もう決まっていた。
エリナは、
彼を見つめながら、
心の中で静かに告げる。
――ここだ。
沈黙は、
もはや言い逃れを許さなかった。
「監査官レイヴン」
議長の声は、
怒鳴りでも、叱責でもない。
ただ、事実を確認する声だった。
「あなたは」 「根拠を示せない疑義を」 「公式文書に記載しました」
「これは」 「事実ですか?」
レイヴンの視界が、
一瞬、揺れた。
傍聴席のざわめき。
議員たちの視線。
逃げ場のない空気。
「……私は」 彼は、かすれた声で言った。
「監査官として」 「最善を尽くしました」
「質問に」 議長は、淡々と遮る。
「答えてください」
「事実か」 「否か」
数秒。
沈黙。
そして。
「……否定は」 「できません」
その瞬間。
空気が、決定的に変わった。
「議事録に記載せよ」 議長が告げる。
「“監査官レイヴンは
根拠不十分な疑義を
公式報告に記載したことを認めた”」
ペンの音が、
やけに大きく響いた。
「……まだだ」
レイヴンは、
必死に顔を上げる。
「それは」 「判断の誤りであり」
「悪意では――」
「では」 エリナが、静かに口を開いた。
「次の資料を」 「ご覧ください」
彼女が差し出したのは、
監査過程の内部記録。
提出要求を受け、
完全な形で開示されたもの。
「これは」 「あなたの部下が記録した」 「初期監査メモです」
議長が、読み上げる。
「“帳簿・物流・数量
すべて一致
不正の兆候なし”」
ざわめきが、
一段階、強くなる。
「……おかしいな」 議長が、顔を上げる。
「初期判断では」 「問題なし」
「それが」 「最終報告では」 「数量操作の疑い」
「監査官レイヴン」
「この評価は」 「どこで、変わった?」
レイヴンの唇が、
震えた。
「……追加調査の中で」
「具体的に」 エリナが、畳みかける。
「どの事実が
評価を変えましたか?」
答えは、
なかった。
「……」
沈黙は、
もはや“証拠”だった。
議長は、
深く息を吸い。
「議会として」 「結論を述べます」
「本件監査報告は」
「事実に基づかない評価を含み」 「監査官の裁量を逸脱している」
「よって」
「監査官レイヴンを」 「即時、職務停止とする」
その言葉が、
静かに、しかし確実に落ちた。
「……!」
レイヴンの膝が、
わずかに揺れる。
「さらに」 議長は、続ける。
「本件に関与した」 「監査指示の経路について」
「背後関係の調査を」 「開始する」
その瞬間。
傍聴席の奥。
一人の男が、
静かに立ち上がった。
――北区の男。
これまで、
影にいた存在。
「……失礼」 男は、微笑みながら言った。
「監査官の独断と」 「聞いていましたが?」
エリナは、
その男を、まっすぐ見た。
「ええ」 彼女は、穏やかに答える。
「だからこそ」
彼女は、
最後の書類を示す。
「この指示書は」 「どなたの署名でしょう?」
議長が、
目を通す。
「……これは」
「港湾再編に関する」 「非公開助言文書」
「提出元」 「北区管理局」
ざわめきが、
爆発的に広がる。
「つまり」 エリナは、静かに言った。
「監査官は」 「独断ではない」
「指示が、あった」
男の笑みが、
完全に消えた。
「……議会として」 議長は、声を強める。
「関係者全員を」 「調査対象とする」
「本審問は」 「これにて、終了」
木槌が、
鳴った。
その音は。
二人の権威が、同時に砕けた音だった。
廊下。
エリナは、
立ち止まった。
「……終わりましたね」 トーマが、息を吐く。
「ええ」 彼女は、頷く。
「でも」 「これは“復讐”じゃない」
「ただ」 「正しく、戻っただけ」
背後。
レイヴンは、
護衛に挟まれ、
黙って歩いていた。
もう、
正義を語る声はない。
王都の空は、
高く、澄んでいた。
歪みは、裁かれた。
残るのは――
その後の世界。




