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〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


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22/32

第22章 越えてはいけない一線そして罠は、もう閉じている

その一文は、

 あまりにも静かに書かれた。

「当該商会において、

意図的な数量操作の疑いが認められる」

 王都監査局・第三室。

 レイヴンは、

 報告書の最後に署名を入れた。

 迷いはない。

 躊躇もない。

 ただ――

 ほんの一瞬の、苛立ちだけがあった。

「……これで、終わりだ」

 彼は、そう呟いた。

「規則は守られていた」 「帳簿も整っていた」

「だが」 「それでは、困る」

 “困る”。

 その言葉を、

 彼はもう疑わなかった。

 地方商会が、

 規則を読み、使い、抜けていく。

 それは、

 彼が信じてきた秩序を揺るがす。

「正義とは」 「秩序を、守ることだ」

「なら」 「例外は、切る」

 署名済みの報告書は、

 即日、議会監査部へ送付された。

 正式文書として。

 一方。

 その頃、

 エリナは王都の倉庫で、

 静かに書類を読んでいた。

「……来たわね」

 声は、落ち着いている。

 トーマが、

 思わず身を乗り出す。

「虚偽、ですか?」

「ええ」  エリナは、はっきり言った。

「“疑い”という言葉を使っているけれど」

「これは」 「事実認定よ」

「でも」  トーマは、困惑する。

「数量操作なんて」 「一切……」

「ええ」  エリナは、頷く。

「だから」 「一線を越えた」

 彼女は、

 一枚の紙を取り出した。

「これ」 「第三者監査の記録」

「数量確認は」 「すでに、別機関が行っている」

「……つまり」

「ええ」

「レイヴンは」 「“確認済みの事実”を」 「否定した」

 それは。

 監査官が、事実を捻じ曲げた証拠。

「でも」  トーマが、声を落とす。

「彼は」 「“疑い”と書いただけです」

「そこが」  エリナは、微笑んだ。

「彼の、最後の勘違い」

 彼女は、

 別の書類を重ねる。

「議会規定・第十八条」

「“疑義がある場合”」 「“具体的根拠を併記せよ”」

「……根拠は?」

「ない」

 エリナは、

 即答した。

「帳簿は一致」 「第三者監査も一致」 「物流記録も一致」

「それでも」 「疑いを公式文書に書いた」

 トーマは、

 息を呑んだ。

「それって……」

「ええ」

「虚偽報告」

 その夜。

 レイヴンは、

 妙な胸騒ぎを覚えていた。

「……遅いな」

 議会からの反応が、

 ない。

 いつもなら。

 形式的な確認。

 それで終わる。

「……まさか」

 彼は、

 首を振る。

「考えすぎだ」

 だが。

 翌朝。

 彼の机に、

 封書が置かれていた。

「……?」

 封を切る。

 中身を読んだ瞬間。

 レイヴンの顔色が、

 はっきりと変わった。

「貴官提出の報告書につき

事実認定の根拠提示を求める」

「併せて

監査過程の全記録を提出せよ」

「……全記録?」

 喉が、

 ひくりと鳴る。

 彼は、

 初めて気づいた。

 これは“通常確認”ではない。

 同時刻。

 エリナは、

 別の書簡を投函していた。

「……これで」

 彼女は、

 小さく息を吐く。

「舞台は、整った」

「次は……」  トーマが、問う。

「公開の場」

 エリナは、

 はっきり言った。

「彼は」 「正義を語る」

「だから」 「正義で、潰す」

 王都の空は、

 澄んでいた。

 だが。

 その下で。

 一人の監査官は、すでに崖の縁に立っていた。


レイヴンは、眠れなかった。

 目を閉じると、

 あの一文が浮かぶ。

「意図的な数量操作の疑い」

 何度、頭の中で反芻しても、

 そこに“根拠”は現れなかった。

「……落ち着け」

 彼は、自分に言い聞かせる。

「疑い、だ」 「断定じゃない」

「説明は、できる」

 だが。

 議会から求められたのは、

 説明ではなく、記録だった。

「監査過程の全記録を提出せよ」

 それはつまり。

 調査の始点から、終点まで。

 一行たりとも、誤魔化せない。

 監査局・第三室。

「……例の件ですが」  部下が、慎重に口を開く。

「記録を、洗い直しました」

「で?」  レイヴンは、短く答える。

「数量確認」 「第三者監査」 「物流照合」

「すべて」 「一致しています」

 一瞬。

 空気が、止まった。

「……つまり」

「“疑い”を裏付ける」 「直接証拠は、ありません」

 レイヴンは、

 机に手をついた。

「……いい」

「では」 「“総合判断”としてまとめる」

「総合判断……?」

「そうだ」 「不自然な点を、列挙する」

「“可能性”として」 「示せばいい」

 部下は、

 言葉を失った。

「……それは」

「監査官の裁量だ」

 レイヴンの声は、

 わずかに強くなる。

「問題はない」

 だが。

 その言葉は、

 彼自身を納得させるためのものだった。

 一方。

 エリナ商会。

「……動き出しました」  トーマが、報告する。

「監査官」 「追加説明書を」 「作成中です」

「予想通り」  エリナは、静かに頷く。

「彼は」 「“判断”に逃げる」

「でも」  トーマは、不安げだ。

「判断って」 「曖昧ですよね」

「強そうに」 「見えます」

「ええ」  エリナは、微笑む。

「“素人”には、ね」

 彼女は、

 机に書類を並べた。

「判断が許されるのは」 「事実が、曖昧な時だけ」

「でも今回は?」

「事実が」 「全部、揃っている」

「帳簿」 「物流」 「第三者監査」

「全部が」 「一致している」

「その上で」 「疑いを主張する」

「それは」 「判断じゃない」

 トーマの目が、

 見開かれる。

「……主張、ですか?」

「ええ」

「個人的見解」

 同日午後。

 王都・北区。

「……監査官が」 「踏み込みすぎています」

 報告を受け、

 男は、眉をひそめた。

「……レイヴンめ」

「こちらは」 「“是正”で済ませるつもりだった」

「追加説明書では」 「数量操作の可能性を」 「強く示唆しています」

「……愚かだ」

 男は、

 小さく舌打ちした。

「それでは」 「引き返せん」

 彼は、

 一瞬、考える。

「……いや」

「好都合か」

「どういう意味です?」

「彼が」 「前に出るなら」

「責任も」 「前に出る」

 男は、

 冷たく笑った。

「切るのは」 「簡単だ」

 その夜。

 レイヴンは、

 追加説明書を完成させた。

「複数の状況証拠を総合的に判断し

不正の可能性を否定できない」

「……よし」

 彼は、

 深く息を吐く。

「これで」 「議会も、黙る」

 だが。

 彼は、

 気づいていなかった。

 その文書が――

 罠の“最後の鍵”だったことを。

 同時刻。

 エリナは、

 一通の書簡を封じていた。

「……これで」

 彼女は、

 静かに言う。

「逃げ道は、消えた」

「次は?」  トーマが、問う。

「公開の場」

 エリナは、

 迷いなく答えた。

「彼自身に」 「その言葉を」 「読ませる」

 王都の鐘が、

 夜を告げる。

 その音は。

 審判の始まりを告げる鐘でもあった。

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