第18章 名が呼ばれた瞬間、世界が反転したそして切り捨てられる側の名前
王都議会・公開審問。
この日、
傍聴席は異様な熱気に包まれていた。
商人。
役人。
記者。
貴族。
そして――
招待された一人の伯爵。
「本日の議題は」 「商会監査制度の不当運用について」
委員長の声が、
議場に響く。
「参考人として」 「地方商会連合代表、エリナ商会代表を招致する」
ざわっ。
視線が、
一斉に集まる。
エリナは、
一礼して前に出た。
「事実のみを」 「順を追って、述べます」
机に置かれる、
分厚い資料。
「まず」 「輸送事故について」
「王都北門にて発生した横転事故は」 「自然劣化ではありません」
「車軸内部に」 「加工痕が確認されています」
図面。
写真。
鑑定書。
議場が、
ざわめく。
「次に」 「監査内部通達」
「これは」 「監査部内でのみ回覧された文書です」
「“輸送遅延を発生させよ”」 「“事故もやむなし”」
言葉が、
重く落ちる。
「……誰が、これを?」 委員の一人が問う。
エリナは、
視線を逸らさない。
「証言者を」 「お呼びください」
「監査部所属」 「リオル氏」
男が、
一歩前に出る。
震えはない。
「命令は」 「口頭でした」
「ですが」 「複数名が、同席していました」
「その場で」 「名前が出ました」
議場が、
息を呑む。
「……誰の名前だ」 委員長の声が、低くなる。
リオルは、
一拍置いて、答えた。
「ヴァルド伯爵です」
瞬間。
空気が、
凍りついた。
「異議あり!」
伯爵が、
勢いよく立ち上がる。
「証拠のない」 「一方的な告発だ!」
「貴族を」 「愚弄するつもりか!」
エリナは、
静かに口を開いた。
「では」 「補足します」
「監査強化が行われた時期」 「事故が発生した日」 「地方商会への圧力が集中した期間」
「すべて」 「伯爵が関与する商会の利益と」 「一致しています」
別の資料が、
広げられる。
「さらに」
「伯爵家関係者が」 「同時期に」 「地方商会の取引先へ接触しています」
「“うちに切り替えれば安全だ”と」
ざわざわ……。
傍聴席の声が、
抑えきれなくなる。
「……これは」 委員長が、深く息を吸う。
「説明を」 「求めざるを得ないな」
伯爵の顔から、
余裕が消えていた。
初めて。
追い詰められた側の顔。
「私は」 「制度の範囲で助言しただけだ」
「事故など」 「関知していない!」
声が、
わずかに上ずる。
「では」 エリナは、
静かに言った。
「なぜ」 「“事故後”に」
「あなたは」 「“これで折れる”と」 「発言したのですか?」
ざわっ!!
「その場にいた者が」 「複数、証言しています」
「場所」 「時刻」 「発言内容」
「すべて」 「一致しています」
沈黙。
重く、
逃げ場のない沈黙。
委員長が、
槌を打つ。
「本件」 「正式調査に移行する」
「ヴァルド伯爵は」 「その間」 「職務権限を停止」
傍聴席が、
どよめいた。
「停止……?」
「伯爵が……?」
エリナは、
一礼した。
「以上です」
それだけ。
勝利宣言も、
煽りもない。
だが。
それが、
何よりも強かった。
その夜。
王都の空気は、
完全に変わった。
「……落ちたな」 「ヴァルド家」
「次は」 「誰が切られる?」
力を誇った者たちが、
急に静かになる。
一方。
地方商会会議。
「……やりましたね」 誰かが、震える声で言う。
「まだ」 エリナは、首を振った。
「これは」 「始まりです」
巨人は、
膝をついた。
だが――
完全に倒れるには、もう一撃必要だ。
崩壊は、内部から始まった。
それも――
想像以上の速さで。
ヴァルド伯爵家・別邸。
「……家名を守るためです」 側近が、低く告げた。
「伯爵一人の判断だった」 「家としては、関与していない」
その言葉の意味は、明白だった。
「……つまり」 伯爵は、椅子に深く腰を沈める。
「私を」 「切る、と?」
「やむを得ません」
「議会」 「世論」 「王都商会連盟」
「すべてが」 「伯爵個人を“原因”と見ています」
沈黙。
長く、重い沈黙。
「……はは」 伯爵は、乾いた笑いを漏らした。
「随分と」 「判断が早いな」
「それが」 「貴族です」
側近は、視線を逸らさなかった。
その頃。
王都商会連盟。
「我々は」 「ヴァルド伯爵の行動を」 「事前には、把握していなかった」
公式声明。
責任の完全分離。
「……ひどいな」 トーマが、新聞を畳む。
「ええ」 エリナは、淡々と答えた。
「でも」 「予想通りです」
「権力者は」 「危機が来ると」 「“個人”に押し付ける」
「組織は」 「生き残るために」
そこへ。
「報告です」 地方商会会議の使者が駆け込む。
「伯爵家の関連商会が」 「一斉に、取引停止を……!」
「……始まったわね」 エリナは、目を細めた。
取引先は、逃げた。
部下は、距離を取った。
かつての友人は、
沈黙を選んだ。
「……私に」 伯爵は、呟く。
「味方は、いないのか」
返事は、ない。
翌日。
追加の証言が、
議会に提出された。
「伯爵家内部の」 「資金流用記録です」
「地方商会圧迫の見返りとして」 「特定商会に」 「優遇が与えられていました」
――内部告発、第二弾。
「……まだ、出るんですか」 トーマが、唖然とする。
「ええ」 エリナは、静かに言う。
「“守られない”と分かった人間は」 「自分を守るために、話す」
王都議会。
「ヴァルド伯爵に対し」 「正式起訴を検討する」
「また」 「貴族特権の一時停止を――」
議場が、どよめく。
その報を聞いた瞬間。
伯爵は、
膝から力が抜けた。
「……特権停止、だと」
それは。
貴族としての死刑宣告。
夜。
雨。
伯爵は、
一人、書斎に座っていた。
「……あの女だ」
「地方商会の」 「若い女一人に」
「ここまで……」
震える手で、
杯を置く。
一方。
エリナ商会。
「……本当に」 「ここまで来ましたね」 トーマが、感慨深く言う。
「ええ」 エリナは、頷いた。
「でも」 「これは、私の勝利じゃない」
「“連帯”の結果です」
外では。
地方商人たちが、
静かに、しかし確実に
歩み寄っていた。
もう。
一人で戦う時代は、終わった。
切り捨ては、
裏切りを呼ぶ。
裏切りは、
証拠を生む。
証拠は、
完全な崩壊を導く。




