第14章 差し出されたのは、鎖付きの好意と逆提案という名の宣戦布告
王都のやり方は、
いつも穏やかだ。
怒鳴らない。
脅さない。
敵意を見せない。
だからこそ――
断りにくい。
交流会から三日後。
エリナは、再び呼び出されていた。
場所は、
商会連盟の本部。
だが、
会議室の格が違う。
(……ここは) (“決定を下す部屋”ね)
壁に掛かる紋章。
机の材質。
椅子の配置。
すべてが、
**「対等ではない」**と主張していた。
「お忙しいところ、ありがとうございます」
応対に出てきたのは、
昨日までの顔ではない。
王都商会連盟・副代表。
実質的な実務トップ。
「こちらへ」
通された席の向かいには、
三人。
全員、
市場の“上澄み”。
「本題に入りましょう」
副代表は、
一切の雑談を省いた。
「エリナ商会に」 「正式な提携を提案します」
トーマが、
息を呑む。
提携。
それは、
一見すれば“栄誉”だ。
「内容は、単純です」
「物流網の共有」 「仕入れルートの統合」 「価格調整の共同決定」
「見返りとして」 「王都市場への全面参入を保証します」
条件だけ見れば、
破格。
地方商会が、
一気に中央へ食い込める。
だが――
(甘すぎる)
「質問しても?」 エリナは、静かに言った。
「もちろん」
「意思決定権は?」
「連盟側が、最終判断を行います」
即答。
躊躇すらない。
「つまり」 「私は、実務担当ですね」
副代表は、
笑った。
「分かりやすく言えば、そうです」
それは、
支配の言い換え。
「断った場合は?」
エリナは、
視線を逸らさずに聞いた。
一瞬の沈黙。
だが、
それが答えだった。
「……断る理由は、ありませんよ」
「あなたほど賢い方なら」
柔らかい声。
だが、
圧は明確。
“断るな”。
会議室を出た後。
トーマは、
明らかに緊張していた。
「エリナさん」 「これ……」
「ええ」 「完全に、囲い込み」
「でも」 「王都に出るには……」
「だから、出されたのよ」 エリナは、即答した。
「逃げ道を塞ぐ形で」
宿に戻り、
エリナは一人、考える。
(受ければ) (商会は拡大する)
(でも) (自由は、消える)
価格。
取引先。
商品選定。
すべてが、
“承認待ち”になる。
それは、
商人の死だ。
一方。
別の場所。
「どうだ?」 既得権益側の男が、報告を待っていた。
「提携を提示しました」
「反応は?」
「……慎重です」
男は、
薄く笑った。
「いい」 「賢い証拠だ」
「だが」 「賢い者ほど、追い詰められる」
「もし、断れば?」
「物流」 「税制」 「許可」
「どれか一つ」 「“遅らせる”だけでいい」
「表向きは、合法だ」
その言葉は、
冷酷だった。
暴力は使わない。
ただ、
生きづらくする。
翌日。
エリナは、
商業ギルドの古い知り合いを訪ねた。
「正直に言って」 「この提携、どう思う?」
巡察官は、
即答しなかった。
「……君が断れば」 「敵は増える」
「受ければ?」
「“便利な道具”になる」
どちらも、
地獄。
その帰り道。
エリナは、
足を止めた。
(なるほど)
(だから、みんな従う)
(壊すには) (“第三の選択肢”が必要)
受けない。
断らない。
条件を、逆に使う。
夜。
エリナは、
トーマを呼んだ。
「準備するわ」
「何を?」
「“断れない提案”への」 「逆提案」
トーマの目が、見開かれる。
「正面から、行くんですか?」
「ええ」
「王都は」 「力を示した者しか、尊重しない」
彼女は、
紙に文字を書き始めた。
市場データ。
物流改善案。
税収への影響。
それは、
国家レベルの資料だった。
(利用するつもりなら) (こちらも、利用する)
王都の夜は、静かだ。
だが今、
一つの商会が――
中枢のルールを書き換える準備をしていた。
鎖を差し出された女商人は、
それを――
武器に変えようとしている。
王都は、提案する側が強い。
少なくとも――
今までは、そうだった。
王都商会連盟本部。
前回と同じ会議室。
だが、空気は違っていた。
「……では」 「エリナ商会からの返答を」
副代表の声は、
余裕を保っている。
この場にいる全員が、
同じ結論を想定していた。
――条件付きでの受諾。
もしくは、
時間稼ぎの曖昧な返事。
逆提案など、想定外。
「はい」 エリナは、立ち上がった。
「本日は」 「提携そのものを否定しに来たわけではありません」
副代表が、
わずかに頷く。
(予想通り)
だが、次の言葉で――
空気が変わった。
「ただし」 「条件を、こちらから提示します」
沈黙。
一瞬、
理解が追いつかない。
「……条件、ですか?」 副代表が、ゆっくり聞き返す。
「はい」
エリナは、
一切の怯えを見せずに続けた。
「物流網の共有」 「価格調整の協議」 「情報交換」
「これらは、対等であること」 「最終決定権は、共同」
ざわり、と
小さなざわめき。
「さらに」 「エリナ商会は」 「王都商会連盟の下部組織にはなりません」
完全否定。
誰もが、
耳を疑った。
「待ってください」
副代表の声が、
わずかに硬くなる。
「それでは」 「我々に、何の利が?」
その問いを、
エリナは待っていた。
「あります」
彼女は、
一枚の資料を机に置いた。
「これは?」 年配の幹部が、眉をひそめる。
「市場改善案です」
「具体的には」 「地方―王都間の物流効率化」 「中間コスト削減」 「結果としての税収増」
資料をめくる音が、
次第に増えていく。
最初は、
流し読み。
次は、
黙読。
そして――
無言の精読。
「……これは」 女性幹部が、思わず呟く。
「理想論じゃない」 「実務ベースだ」
「三年で」 「王都の流通コストが」 「ここまで下がる?」
副代表の表情が、
初めて揺れた。
「なぜ」 「こんな資料を……」
「現場に、いるからです」 エリナは、即答した。
「市場の無駄を」 「毎日、見ています」
「上からは、見えない部分を」
沈黙。
だがそれは、
敵意ではない。
計算の時間。
「……仮にだ」 無言だった男が、口を開いた。
「この案を採用すれば」 「王都商会連盟は」 「主導権を一部、手放すことになる」
「はい」
「それでも?」 「対等を望むと?」
「望みます」
エリナの声は、
迷いがなかった。
「利用される提携なら」 「最初から、必要ありません」
その瞬間。
空気が、
はっきり変わった。
「……面白い」
無言の男が、
低く笑った。
「地方の商人が」 「ここまで言うか」
「いや」 「言えるだけの準備をしてきた、か」
副代表が、
ゆっくりと息を吐く。
「……正直に言おう」
「我々は」 「君を“取り込む”つもりだった」
トーマが、息を呑む。
「だが」 「この案は――」
副代表は、
資料を閉じた。
「“利用する側”のものだ」
数秒の沈黙。
そして。
「結論は、持ち帰る」 「だが――」
副代表は、
はっきり言った。
「今日の時点で」 「君は、交渉相手だ」
格が、変わった。
会議室を出た後。
トーマは、
言葉を失っていた。
「……エリナさん」 「これ……勝ちました?」
「いいえ」 彼女は、首を振る。
「戦場に上がっただけ」
「でも」 「もう、下から見下ろされない」
一方。
王都の奥。
「……想定外だな」 既得権益側の男が、唸る。
「提携を断らず」 「逆に、主導権を要求するとは」
「どうします?」
男は、
静かに笑った。
「決まっている」
「潰す」
「今度は」 「合法の皮を被った“本物”でな」
空気が、
冷えた。
その夜。
エリナは、
宿の窓から王都を見下ろしていた。
(来る)
(でも) (もう、一段上の場所に立ってる)
鎖は、
投げ返した。
次に飛んでくるのは――
刃。
だが、それもまた。
準備済みだ。




