第13章 呼ばれるのは選ばれた者だけ、王都は静かに牙を剥く
王都には、
呼ばれる商人と
決して呼ばれない商人がいる。
違いは、実力ではない。
規模でもない。
――影響力だ。
その手紙が届いたのは、
午後の営業が一段落した頃だった。
「エリナさん」
トーマが、
見慣れない封筒を持って立っていた。
厚手の羊皮紙。
簡素だが、質がいい。
そして――
封蝋の紋章。
エリナは、
一目見ただけで察した。
(……王都中枢)
「差出人は?」
「王都商務局です」 「正式名称で」
トーマの喉が、
ごくりと鳴った。
「“王都中央評議補佐官室”」
空気が、止まった。
商人にとって、
商業ギルドは“日常”だ。
だが、
王都中央評議は違う。
そこは、
法律が生まれ、
税が決まり、
国家の金の流れが定義される場所。
つまり。
市場の外側から、市場を動かす者たち。
封を切る音が、
やけに大きく響いた。
エリナ商会代表
貴商会の活動および
市場秩序への貢献について、
中央にて確認した。
ついては、
王都にて意見を伺いたく、
非公式の場に招待する。
短い。
だが、重い。
「……意見を、伺う?」
トーマが、信じられないという顔をする。
「聞く側じゃなくて?」 「“聞かれる側”ですか?」
「ええ」
エリナは、静かに手紙を畳んだ。
「これは、評価よ」
しかも――
実績ベースの。
その夜。
市場の裏では、
別の空気が流れていた。
「聞いたか」 「エリナ商会が、王都に呼ばれたらしい」
「……本当か?」
「ギルド筋からの話だ」 「間違いない」
酒場の隅で、
商人たちが声を潜める。
そこには、
レヴィ商会と距離の近かった者もいた。
「やりすぎたな……」 「完全に、踏み台にされた」
“ざまぁ”は、
本人だけでなく、
周囲の選別も行う。
一方。
没落しかけのレヴィ商会では。
「……王都?」
代表は、
笑うことすらできなかった。
「俺たちは」 「ギルドから締め出されてるのに……」
皮肉すぎる現実。
同じ市場にいたはずの相手が、
今や――
国家に近づいている。
「噂なんかで」 「潰せる相手じゃなかった……」
気づいた時には、
もう遅い。
出発の日。
エリナは、
いつもと同じ服を選んだ。
派手すぎない。
だが、安くもない。
「飾らないのが、正解ですか?」
「ええ」
「王都中枢は」 「“虚勢”を一番嫌う」
本物だけを、
静かに見抜く場所だから。
王都。
巨大な城壁の内側に広がる街は、
市場とは空気が違った。
騒がしさより、
秩序。
感情より、
計算。
案内された建物は、
装飾の少ない石造り。
だが、
立っている衛兵の質が違う。
(ここは……) (本当に“中枢”だ)
「どうぞ」
通された部屋には、
三人の人物がいた。
年配の男性。
冷静そうな女性。
そして――
何も喋らないが、圧だけがある男。
「エリナ商会代表」 「エリナ殿ですね」
「はい」
「座ってください」 「これは、取り調べではありません」
その言葉に、
エリナは内心で微笑んだ。
(分かってる) (“試験”よね)
「まず」 「あなたの商会について」
「急成長」 「トラブル」 「公式調査」
淡々と、事実確認が続く。
エリナは、
一つも誤魔化さなかった。
盛らない。
下げない。
事実だけを、整理して出す。
「最後に」 年配の男が言った。
「あなたに、聞きたい」
「市場において」 「“噂”は、どう扱うべきだと思いますか?」
核心だった。
エリナは、
一拍置いて答える。
「噂は」 「制御するものではありません」
「ですが」 「記録と実績で」 「無力化することはできます」
「その積み重ねが」 「市場を健全にします」
沈黙。
数秒。
だが、その沈黙は――
評価の沈黙だった。
「……なるほど」
無言だった男が、初めて口を開いた。
「使える」
それだけ。
だが、
それ以上はいらなかった。
会談の終わり。
「今日は、これで」 「また、呼ぶことになるでしょう」
“また”。
その言葉が、
全てを物語っていた。
王都の夕暮れ。
エリナは、
城壁を見上げていた。
(ここまで来た)
だが、
同時に分かっている。
ここからが、本当の勝負。
国家規模の利権。
既得権益。
そして――
もっと陰湿で、賢い敵。
ざまぁは、
より大きく、
より美しくなる。
王都は、騒がない。
誰かが失脚しても。
誰かが成り上がっても。
表では、
何も変わらない顔をする。
だが裏では――
必ず帳尻を合わせにくる。
中央評議補佐官室。
エリナが去った後、
部屋には重い沈黙が残っていた。
「……どう思う?」
年配の男が、
ゆっくり口を開く。
「危険ですか?」 冷静そうな女性が尋ねた。
「いいや」 「危険“になり得る”」
無言だった男が、
腕を組んだまま言う。
「まだ小さい」 「だが、伸び方が異常だ」
「市場を壊さず」 「むしろ整えながら、だ」
それは、
最も厄介な成長の仕方だった。
「問題は」 年配の男が、指を組む。
「彼女が“どこまで行く気か”だ」
「王都に留まるか」 「地方に戻るか」
「あるいは――」
言葉は、
そこで切れた。
“国家”という単語は、
軽々しく口にできない。
「様子見、ですか?」 女性が言う。
「いいや」 無言の男が即答した。
「触る」
空気が、張りつめる。
「潰す?」 「試す?」
「絡め取る」 低い声。
「利用価値があるかどうか」 「確かめる」
それは、
敵対よりも厄介な選択。
一方その頃。
王都の別の場所。
豪奢な屋敷の一室で、
苛立ちを隠さない声が響いていた。
「聞いたぞ」 「地方の女商人が、中央に顔を出したそうだな」
話しているのは、
既得権益側の商会幹部。
「はい」 「評議補佐官室に招かれた、と」
「……面白くない」
机を、
指が叩く。
「最近の市場改革」 「物流の透明化」 「どれも、我々に都合が悪い」
「それを」 「“偶然の成功者”に壊されてたまるか」
視線が、鋭くなる。
「調べろ」 「徹底的にだ」
「過去」 「人脈」 「金の流れ」
「弱点がなければ」 「作ればいい」
それは、
レヴィ商会とは“格”の違うやり口。
合法。
だが、悪意に満ちている。
同じ頃。
エリナは、
王都の宿で帳簿を見ていた。
「……静かすぎる」
トーマが、不安そうに言う。
「王都は、こんなものよ」
「何も起きない時ほど」 「裏で動いてる」
彼女の声は、
落ち着いていた。
だが、
油断はない。
(来る) (しかも、今までより頭がいい)
その翌日。
一通の“何気ない”招待が届いた。
「交流会?」
「はい」 「王都商会連盟主催です」
トーマが、眉をひそめる。
「名目は」 「意見交換と親睦」
エリナは、
手紙を読んで、静かに笑った。
「来たわね」
「罠、ですか?」
「罠というより」 「試食」
「……試食?」
「ええ」 「食べてみて」 「害があるか、判断する」
それが、
王都のやり方。
交流会の会場。
豪華だが、
嫌味がない。
そして――
視線が多い。
(全員、探ってる)
質問は、
一見、穏やか。
「どうやって、仕入れを?」 「地方との連携は?」
だが、
核心を突いてくる。
エリナは、
一つ一つ、丁寧に答えた。
嘘はつかない。
だが、
全部も見せない。
「なるほど」 ある商会主が、感心したように言う。
「理想論ではなく」 「実務を理解している」
「……女にしては、な」
一瞬、
空気が凍った。
だが。
「性別で判断する方が」 「市場を理解していないと思います」
エリナは、
穏やかに返した。
場が、静まる。
それだけで、
十分だった。
格の差は、声を荒げなくても示せる。
その夜。
屋敷の奥で、
ある男が報告を受けていた。
「……潰せそうか?」
「正直に言います」 「難しいです」
「噂も」 「不正誘導も」
「隙がありません」
男は、
ゆっくり笑った。
「なら、方針変更だ」
「排除、ではない」
「……?」
「取り込む」 「拒めない形で、だ」
それは、
最悪の宣告。
敵に回せない相手は、鎖で繋ぐ。
王都の夜。
エリナは、窓の外を見ていた。
「……面倒なのが来た」
「逃げますか?」 トーマが言う。
「いいえ」
彼女は、
静かに首を振る。
「ここで引いたら」 「今まで積み上げた意味がない」
むしろ――
踏み込む。
市場を越え、
貴族を越え、
国家の思惑が絡み始めた。
物語は、
完全に次の段階へ。
ざまぁは、
個人から組織へ。
そして――
“利用しようとした側”が、利用される準備が整った。




