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〜王都で虐げられた私が魔法商会を支配する〜  作者: レノスク


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第11章 噂は、階段を上がるそして人を刺す

王都市場に流れる噂には、種類がある。

 井戸端で消える軽い話。

 商人同士で回る実利の話。

 そして――

 貴族の食卓に乗る噂。

 それは、質が違う。

 エリナ商会に子爵家の視察が入った翌日、

 市場の空気は、前日とは明らかに変わっていた。

「昨日の、見たか?」 「ああ……あれは本物だな」

 声のトーンが違う。

 冷やかしや好奇心ではない。

 **“判断材料としての噂”**になっている。

 エリナは、それを肌で感じていた。

(来てる……でも、まだ騒がれすぎてない)

 これは理想的な状態だ。

 爆発的な注目は、必ず反動を生む。

 だが今は違う。

 静かに、上へ上へと運ばれている。

「エリナさん」

 トーマが、小声で報告してきた。

「朝から、身なりのいい使用人が何人か来てます」 「使用人?」

「はい。直接は名乗りませんが」 「明らかに、貴族家の下調べです」

 エリナは、軽く息を吐いた。

(噂が“試されてる”)

 貴族は、いきなり信じない。

 まず使わせる。

 失敗しなければ、名前が出る。

「対応は、いつも通りでいい」 「はい」

「過剰に丁寧にしない」 「……分かりました」

 その判断は正しい。

 媚びる商人は、長く使われない。

 一方、貴族街。

 子爵家の屋敷では、

 前日の話題が食卓に上っていた。

「市場の女商人?」 「ええ」

 子爵夫人は、紅茶を口にしながら続ける。

「珍しく、実用品が“合理的”でした」 「飾りではなく、意味がある」

 向かいに座るのは、

 同格の貴族夫人。

「ギルドが調査している、と聞きましたが」 「それで?」

「問題は見当たりませんでした」 「むしろ、過剰に整っているくらい」

 その言葉に、夫人は小さく笑った。

「それは、強いですね」

 貴族社会において、

 “過剰な整合性”は信用の証だ。

「名前は?」 「エリナ商会、と」

 その一言が、

 静かに記憶される。

 貴族の噂は、

 声高に広がらない。

 だが、消えない。

 同じ頃。

 商業ギルドの一室で、

 巡察官たちが資料を見比べていた。

「子爵家が動いたか」 「……厄介ですね」

「我々の調査は、間違っていない」 「だが、“疑わしい”だけでは」

 一人が、舌打ちする。

「貴族が“使う”と言い出した商人を」 「正面から止めるのは、悪手だ」

 つまり。

 圧をかけすぎると、こちらが悪になる。

「レヴィ商会は?」 「……焦ってます」

 巡察官は、眉をひそめた。

「嫌な動きにならなければいいが」

 嫌な動き。

 それは、

 “噂を腐らせる”やり方だ。

 レヴィ商会の奥。

「貴族が評価した?」 「……はい」

「なら、話を変える」

 幹部の声は、低く冷たい。

「“商品”ではなく」 「“人”の噂にする」

「人……?」

「女商人だ」 「若く、急成長」

 その意味を、

 全員が理解した。

「出自」 「過去」 「交友関係」

「事実でなくていい」 「“疑わせれば”勝ちだ」

 それは、

 商人として越えてはならない一線。

 だが、

 追い詰められた者は、線を越える。

夕方。

 エリナは、店を閉めながら

 ふと、背中に視線を感じた。

(……?)

 気のせいかもしれない。

 だが、胸騒ぎがする。

 前世の記憶が、

 警鐘を鳴らしていた。

(噂の“方向”が変わる)

 商品から。

 商会から。

 ――私個人へ。

「トーマ」 「はい」

「しばらく、私の過去について」 「変な話が出るかもしれない」

「……え?」

「驚かないで」 「それも、想定内」

 トーマは、言葉を失った。

「でも」  エリナは、静かに続ける。

「ここを越えたら」 「もう、“小商会”扱いはされない」

 それは、

 覚悟の言葉だった。

 噂は、階段を上がった。

 市場から、

 貴族社会へ。

 そして次は――

 個人を狙う、最も汚い一手。

 嵐は、

 確実に中心へ近づいている。


噂というものは、

 事実よりも――“形”が大事だ。

 正確である必要はない。

 証拠もいらない。

 ただ、

 「それっぽい」こと。

 そして、

 聞いた側が勝手に補完できる余地。

 それさえあれば、

 噂は刃物になる。

 最初に違和感を覚えたのは、

 昼過ぎの客だった。

「……あの」 「こちらの商品、品質は確かですよね?」

 言い方が、妙に慎重だった。

「はい。保証もありますし」 「これまで問題は一度も――」

「いえ、そういう意味じゃなくて」

 客は、視線を泳がせる。

「その……」 「噂を、聞いたもので」

 エリナの手が、一瞬だけ止まった。

「噂、ですか?」

「ええ」 「なんでも、急に成り上がったとか」 「裏で、誰かがついてるとか……」

 来た。

(思ったより、早い)

「それは、事実ではありません」 「当商会は――」

「分かってます」  客は慌てて言った。

「ただ、貴族向けにも出してるって聞いて」 「念のため、気になっただけです」

 その言葉が、

 余計に重かった。

 “念のため”

 それは、完全な否定ではない。

 疑いの芽が、

 すでに根を張り始めている証拠。

 その日の夕方。

 トーマが、明らかに沈んだ顔で戻ってきた。

「エリナさん」 「……始まりました」

「どんな?」

「出自です」 「親の話」 「どこで商売を覚えたのか」

「あと……」  彼は言い淀む。

「女だから、という話も」

 エリナは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「具体的には?」

「“一人で成功するはずがない”」 「“誰かの愛人なんじゃないか”」 「……そんな、下品な話です」

 空気が、冷えた。

 商人としての評価ではなく、

 人としての尊厳を削る噂。

 これが、

 レヴィ商会の選んだ手。

(やっぱり、越えた)

 前世でも、

 同じことがあった。

 実績で勝てなくなると、

 必ず“人”を殴りに来る。

「対応は、どうしますか?」  トーマの声が、少し震えている。

 彼は怒っている。

 同時に、怖がっている。

 噂は、

 事実より強いと知っているからだ。

「何もしない」  エリナは、即答した。

「……え?」

「否定もしない」 「弁解もしない」

「でも、それじゃ……!」

「噂は」  エリナは静かに言った。

「触ると、広がる」

 ここで声を荒げれば、

 “何かあるから必死なんだ”と解釈される。

 正解は、

 “無風”を装うこと。

「代わりに」 「準備をする」

「準備、ですか?」

「証拠と」 「証人と」 「タイミング」

 ざまぁは、

 感情ではなく段取りだ。

 一方、レヴィ商会。

「効いてます」 「市場で、話題になってます」

 報告に、幹部が満足そうに頷く。

「よし」 「まだ弱いが、方向はいい」

「次は?」

「“貴族に嫌われる要素”を足す」

 誰かが、口元を歪めた。

「不正疑惑」 「帳簿」 「横流し」

「直接は言うな」 「“聞いた話だが”で十分だ」

 真実は、不要。

 疑いが残れば、勝ち。

 それが、

 彼らの論理だった。

 だが。

 噂は、

 必ずしも思惑通りには動かない。

 数日後。

 ある貴族家の使用人が、

 エリナ商会を再訪した。

「以前の商品ですが」 「追加でお願いしたいと」

「……噂は?」  エリナは、あえて聞いた。

 使用人は、一瞬だけ笑った。

「承知しております」 「ですが、奥様はこう仰いました」

「“噂を信じるほど、暇ではない”と」

 エリナは、内心で息を吐いた。

(全部が、敵になるわけじゃない)

 むしろ。

 この状況で残る客は、強い。

 軽い噂で離れる層が落ち、

 本物だけが残る。

 それは、

 商会としての“質”が上がる瞬間。

 夜。

 帳簿を整理しながら、

 エリナは一人、考えていた。

(ここまでは、想定内)

 だが、

 次は必ず来る。

 “決定打を装った嘘”。

 それを、

 どう叩き潰すか。

 机の引き出しから、

 一枚の書類を取り出す。

 ギルドの正式評価書。

 子爵家の使用実績。

 流通経路の完全な記録。

(集めた) (積み上げた)

 あとは――

 出す場所。

 ざまぁは、

 静かな場所では意味がない。

 全員が見ている場所でやる。

 その時。

 外から、

 誰かが走ってくる音。

「エリナさん!」

 トーマが、息を切らして飛び込んできた。

「噂が……」 「噂が、変わりました!」

「どう変わった?」

「“調査が入るらしい”って」 「商業ギルドが動く、と」

 エリナは、ゆっくり立ち上がった。

「……来た」

 それは、

 最大のチャンス。

 同時に、

 最大の舞台。

 噂で刺してきた相手を、

 公式の場で、逆に刺し返す。

「トーマ」 「はい!」

「次に来るのは」 「嵐じゃない」

 彼女は、静かに笑った。

「裁判よ」

 噂は、人を刺す。

 だが。

 準備した者は、噂を処刑できる。

 次章――

 舞台は、公的な場へ。

 逃げ場は、もうない。

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