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ドアマットヒロイン、復讐のフルコース  作者: 紡里


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13/13

SS 食後酒

夫ジアド視点の、歪んだ胸くそ悪い独白です。

読んだら背景がわかりますが、蛇足かもしれません。

 父が浮気をした。

 十四歳くらいの頃だったか。


 浮気相手が父の不在時を狙って、母に「離婚しろ」と直談判に来た。

 一尾のパシャの娘で、純潔を失ったので、ここで父と結婚できなければ「馬の家」行きになる。

 当然、必死になり、あらゆる手段を取ってきた。


 暴れ回る女を押さえていた執事が、顔を攻撃されて大怪我を負った。


 人の家で暴れまくって、取り押さえられて縄で縛られたボロボロの女。

 化け物のような表情と、何人もの男に怪我をさせた様子はとても恐ろしかった。


 父は「あちらが迫ってきたんだ。断れなかっただけで、愛はない」と言う。

 母はそんな言葉では納得できないようで、大げんかをしたあとに寝込んでしまった。



 貴族の娘を父が傷物にした。

 一方で、彼女が我が家の使用人たちに怪我をさせた。しかも、そのうちの一人は執事という重要な立場にいる者で、働けない状態にされてしまった。

 双方に非があるということで、痛み分けのような結論に持っていったらしい。


 暴れた女は貴族用の「馬の家」で引き取りを拒否され、平民に落とされたという。おそらく平民向けの娼婦になったのだろう。


 父は、一人の女の人生をメチャクチャにしたのに「失敗したなぁ」と笑っていた。

 誰にでも優しいという評判の父に対して、嫌悪を抱くようになった。



 母はその件を気に病んで体調を崩し、精神的にも不安定になった。


 父は仕事よりも母を優先するようになった。

 たとえば、約束があっても、母の具合が悪ければ断るとか……。

 それを「優しい夫」と褒める貴族たちが、気味悪い。

 病弱になった原因は、父なんだぞ?



 新しい執事はなかなか決まらなかった。

 誰だって、怪我をするような職場で働きたくないだろう。

 しかも、父はやめざるを得なくなった執事に、詫びもしなければ退職金を出すこともなかった。突然仕事に穴が空いて迷惑だ、と言ったらしい。


 人当たりがいいだけの、ひどい男。周囲の者たちは、垂れ目で柔らかな話し方に騙されている。



 私はこんな男になりたくない。



 だが、後継者として色々なことを学ばなければいけない。

 学校で習うこともあるが、父から直接教わることも多い。


 どんなに紳士ぶっても、薄汚い性根を隠すのがうまいだけだ。尊敬する心など、木っ端微塵になって、吹き飛ばされてしまった。


 時折、私が理解できないところがあると「仕方ないなぁ」というように、笑みを作るのが許せなかった。

 私の頭が悪いのではなく、父の教え方が悪いのに。




 十六歳の頃、父が私の家庭教師と浮気していることに気がついた。

 貴族の令嬢だと問題になるから、平民の女性を選んだのか?

 出かけると人目に触れるから、家の中で浮気するのか。


 この男は、母を思いやっているんじゃない。

 波風を立てたくないだけなんだ。


 そして、彼女……家庭教師は、貴族に逆らえなかったんだろうか。

 それとも「ダンディー」とご婦人方に人気があった、この男の雰囲気に自ら……?


 もう嫌だ。

 汚い。

 偉そうに言うな。私は知っているんだぞ。


 あんな、彼女の甘い媚びるような声を訊きたくなかった。

 ……それをもっと聞きたいと思う自分を、必死に否定した。



 私は勉強することができなくなった。

 家庭教師の顔も見たくない。

 父から教わることなんかあるものか。

 学校の成績も、みるみる下がっていった。



 息抜きに、学友に誘われて、平民の居酒屋に行った。

 私は十七歳で、少し服装を工夫すれば大人に見える年齢。

 平民用の服は学友が用意してくれた。



 店の中に小さな舞台があり、時間になると給仕をしている者たちが舞台に立つ。


 その中の一人が、とてもいい声をしていた。

 体つきも魅力的で……見とれている私に気がついた学友が、彼女を席に呼んでくれた。


「先ほどの歌、とてもよかった」

 緊張して、うまく言葉が出てこない。

 だが、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

「ほんと? ありがとう。身分違いの、手が届かない高貴なお方を恋い慕う歌なの」


 彼女の笑顔には屈託がなく、嘘のない、美しい世界がそこにあった。


 学友が「今日のところは、俺のおごりだ」と意味深にウィンクをして帰って行った。



 早朝に、バレないように帰宅したが、執事に出迎えられた。

「いや、これは、ちょっと……」

 言い訳もろくにできなかった。執事は人差し指を口に当て、話さなくていいという仕草をした。

「ご友人のお宅で試験勉強をされていたと、うかがっています」


 ああ、なんと気が利くのだろう。真の友とは、こういう者のことを言うんだと、そのときは本気で思ったのだ。




 何度か彼女の店に通い、仲を深めた。

 ある日「お貴族様の行くお店に行ってみたい」と彼女におねだりされた。


 かなり悩んだが、惚れた女に良いところを見せたい。

 二尾のパシャは行かない、一尾向けの気楽な店ならいいだろう。そう考えた。


 来年には学校を卒業して、つまらない婚約者と結婚しなければならない。

 その前に、真剣に人を愛せる時間を慈しんで何が悪い。


 そう思っていたのだが、運悪く店で婚約者に遭遇してしまった。


 あっという間に修羅場となり、婚約は解消された。

 私の有責で、慰謝料も取られた。

「少しばかり顔が良いから、評判の悪い家でも我慢してあげようと思ったのに」とひどい捨て台詞を吐かれた。


 彼女の次の婚約者に、あの学友が納まった。

 もしかしたら、謀られたのだろうか。


 ――私の後釜を狙うにしても、もっと穏便な方法はなかったのか。

 彼女自身には大した未練も感じなかったし、そう思っただけだ。


 それよりも、彼との友情が見せかけだったのかと考える方が辛かった。



 継ぐ家がない学友と元婚約者。どうやって暮らす気なんだか。

 二人揃って馬の家に行くのかもしれない、そう思うと哀れな連中だ。



 もっといい婚約者などその気になればすぐに見つかる。そう軽く考えていた。

 だが平民を恋人にした男として、私は有名になってしまった。


 同じ人間なんだから、恋に落ちることもあるだろう。

 そんなに嫌悪する方がおかしい。

 貴族の愛人は許せて、平民の恋人は許せない? なんともおかしな理屈だ。



 貴族を特別視するこの国が変なのだ。もう、変わっていくべきでは?



 父親にくどくどと説教されたが、「貴方が母の心を壊したことに比べたら、どうということもないでしょう」と言ってやったら、黙った。


 昔、愛人が暴れたとき「浮気をしたが、愛しているのは妻だけ」と父は言った。

 なんと中途半端な。

 どちらも不幸にして、結局、どちらも愛していなかったのではないか?



 私は、恋人をちゃんと大切にしよう。

 改めて、心に誓った。



 それから十年、あっという間だった。


 元から、父が貴族の令嬢にひどいことをしたので、我が家の評判はよくなかった。

 宴も参加が義務づけられているものにだけ出席し、母がお茶会に行けなくなって、貴族社会と距離を置いていた。


 恋人や使用人たちに、平民の街を案内してもらった。

 複雑に入り組んだ道は、はぐれたら出ることができないだろう。

 不思議な呪いの飾りが玄関につけられ、子どもたちが人にぶつかるのも気にせずに走り回る。

 人間らしい営みだと、眩しく思った。



 だが、父はそんな私が気に入らないようだ。

「仕事もせずにふらふらして」と怒るが、全てを把握したくて私に仕事を寄越さないのは父ではないか。


 補佐をしろというが、それは執事や文官がやっている。

 私に何をしろと言いたいのか、よくわからない。



 執事に「私は間違っているのだろうか」と問うたことがある。

「いいえ、坊ちゃまは素晴らしい感性の持ち主です。誇りに思います」

 と言ってくれた。



 父がどこからか、嫁を買ってきた。

 これで体裁を整えて、当主を継げという。



 また、自分の都合だけを押しつけて。

 私はとても頭にきた。

 だから、従うふりをして、逆のことをやってやったのだ。


 妻の部屋を恋人に使わせ、名前ばかりの妻は目に入らないところに追いやる。

 ちらっと可哀想かと思ったが、父の手先なのだ。容赦はいらないと思い直した。



 そのあとは、想像以上に幸せな生活が待っていた。

 会うために平民の格好をしなければいけなかった恋人が、同じ屋根の下にいる。

 うるさい父親は、母と領地に引っ込んだ。

 仕事は執事が滞りなく片付けてくれる。




 そんな中で、恋人の妊娠がわかった。

 実に、いいタイミングだ。

 嫁がいいカモフラージュになってくれる。



 妻は大人しい女で、こちらの言うことに従って暮らしていた。


 子どものお披露目会を申し出るなど、自分の立場をわきまえているところもいい。

 やはり、真実の愛は、愚者をも黙らせる。

 賞賛するしかない、尊いものだと理解できる妻は、なかなか見所がある。

 もう少し肉付きが良くなったら、可愛がってやってもいいかもしれない。



 幸せを噛みしめながら、誇らしい気持ちで、私の子どものお披露目の宴に出席した。

 後継者ができて、この家の未来は明るい。


 そんな中に、恋人が登場した。


 妻ではなく恋人と夫婦生活を送っていることを暴露されて、父に怒られた。

 母は人が変わったかのように、攻撃的な言葉を放つ。

 愛らしい恋人は……はすっぱで下品な姿を現わした。


 みんな、なんと恐ろしい本性を隠していたのだ。収集がつかないではないか。



 そして、私に協力的だった妻が、いつの間にか姿を消していた。

 わけがわからない。




 父は私から当主を取り上げて、自分が返り咲くしかないとブツブツ言っている。

 そんな勝手なことが許されてたまるか。

 当主を取り上げるだけの、私の瑕疵を証明することができず、父は行き詰まっているようだった。


 何も変わらないまま、数日が経った。



 兵士たちが押しかけてきて、捕らえられて牢屋に入れられた。

 それも貴族用ではなく、平民用に放り込まれる。

 他の囚人とは別だが、声が聞こえるし、雰囲気が恐ろしい。


 汚い牢屋にひどい食事。薄汚れていく服と体。

 取り調べで暴力を振るわれることもあった。

 こんなひどいことをされるなんて、おかしいじゃないか。


 文句を言ったら、「反省していないな」と、また殴られた。



 血統を偽る気だったのかと取り調べを受け、隣の独房にいる父には「お前が家門を没落させた」と罵られる日々。



 裁判で私の主張は揚げ足を取られ、悪意に晒される。

 妻の境遇が悪かったことなど、執事の責任だろう。私を責めるのはお門違いだ。




 そうして、最初から決められていたかのように、絞首刑が決まった。

 理不尽だ、冤罪だと叫んだが、黙れと殴られただけだった。



 もしかしたら、妻が助けに来てくれるかもしれない。

 だって、私は何一つ悪くないのだから。妻は忠誠心から、いろいろと手配してくれるに違いない。


 そんな希望を胸に、罵声を浴びながら刑場まで歩いた。

 裸足の足が痛い。誰かが石を投げてくる。

 恐ろしい。不安がこみあげて、体が震える。涙が出そうだ。


「ごめんなさい。悪かった。許して」

 意識していないのに言葉が次々と出てくる。声も震えて、心の余裕がなくなってきた。

 ほぼ反射的に言っているだけだが、言っても意味がないとわかっていても、とまらない。



 全てが手遅れなのか?

 いや、私にはまだ妻がいる。

 あの有能さを、ここで発揮しないでどうする。

 さあ、妻よ! 

 ……名前は何と言ったかな。


家庭教師の話を書き忘れていたので追記 (2025年12月22日)

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― 新着の感想 ―
最後がまたお見事!!立派なサゲでした。 そこからかよ!!と皆で突っ込むしかないレベル。浅はかな男には似合いの浅慮な友人たちに、なるほどなぁ……ともなりました。 初恋の家庭教師が父の女でいきなり殴り込ん…
名前すら知らなかったなんてクズのど畜生すぎてやばい… 面白かったし、いいざまぁでした! クズ旦那視点ありがとうございます
名前すら憶えてなかったのか…。
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