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苛烈な処刑の描写があります。苦手な方はご注意ください。
二百年前に後継者争いで負けて逃げてきた「正妃」の息子が打ち立てた国。
圧倒的な魔力を武器に、先住民の貴族をすべて平民に落として始まった治世。
初代の国王は「血筋の正当性」に固執し、貴族に平民の血を絶対に混ぜないという規則を作り出した。
それに違反することは王家に対する侮辱であり、国家反逆罪に問われる大罪だった。
ジアド・カリムが平民との間に子どもを作った。それは、許されざる罪だ。
その子どもの母親を偽り、貴族の子どもとして届けた。
その場合、蔑ろにされている「妻」が存在する。
側妃を愛して正妃を蔑ろにした初代国王の父親、彼を想起させた。
王家の逆鱗に触れたため、関係者は苛烈な尋問にかけられた。
カリム家の前当主から使用人に至るまで。
妻の家、フェリフ家の当主夫妻と娘も同様。
姿を消した嫁、ヤスミンの捜索も行われた。
貴族のあるべき姿を理解していない愚か者。
そんな不心得者が二度と出ないよう、見せしめとされた。
カリム家は、あらゆる記録から抹消されることになり、前当主夫妻と当主は絞首刑となった。
遺体は、貴族街と平民街を隔てる壁に吊された。
平民の女は、「身の程を知るように」と、平民の男たちが収監されている牢屋に入れられた。裁判をしている間に少し育った子どもと共に。
一日経って様子を見に来た看守は、ひどい有様に吐き気を催したという。
子どものお披露目会で喧嘩する両家を見ていた小楽団も、取り調べを受けた。
彼らは通報しなかった理由を問い詰められた。
「言っていることが事実か知る術もないから、名誉毀損に当たることはできない。客の情報を漏らして信用を無くしたら、仕事の依頼が来なくなる」
という、彼らの主張が認められ、無罪放免となった。
その後、殺到した取材には快く応じたらしい。
消えたジアドの妻、ヤスミン・カリムの捜索は難航した。
時々外出していたらしいが、誰も行き先を知らなかったという。
「貴族の当主夫人が侍女も護衛も連れずに出歩くだと?」
血統を大事に考える貴族社会で、有り得ない状況である。不埒者に襲われたらどうするのだ、と憤る人もいた。
ジアドは護衛をつけないことで、妻が大人しく敷地内で過ごしていると思い込んでいたらしい。
多くの貴族女性は、一人で外出するなど考えもしないだろう。怖じ気づくように教育されている。
では、なぜ、妻は一人で外出できたのか?
それは実家でも使用人として扱われ、平民の学校に一人で歩いて通っていたから。
そのことも前代未聞の虐待として、世間を賑わせた。
更に、前妻の殺害容疑も浮かんできた。
使用人たちはレイラに嫌な思いをさせられていたので、かばおうとはしない。
「お嬢様が医者を呼んでくれと懇願したのに、旦那様は聞く耳を持たなかった」と証言した。
毒薬を入手した経路も判明し、サミールとレイラの二人には殺人罪が課せられた。
殺された者の遺族は、報復刑か「血の代償金」を受け取って赦免するかを選ぶことができる。
殺されたサルマの遺族――娘のヤスミンが行方不明なので、生家の兄に権利が移った。彼は代償金を望んだ。
膨大な金を払うために、フェリフ家はあらゆる財産を売り払った。住む家まで売ったが足りずに、爵位を返上してその際に得る返上金で賄った。
残されたのは、住む家もない平民となった前科持ちの夫婦。
彼らの娘のダリラは、異母姉に対する「貴族が持つ権利の侵害」に問われた。
むち打ちののち、貴族籍から抜けて「馬の家」に所属すること。それが彼女への罰だった。
むち打ちの傷が背中に残ってしまった、
貴族学校での評判が悪く、新聞に虐待の加害者だと載ってしまったことも、商品価値を低くした。
そのため、「愛人候補」扱いではなく、最下層の娼婦とされた。
価値が高く「愛人候補」のランクであれば、父と母が出会ったように、若い貴族達の集まりにそれとなく紛れ込ませてもらうことができた。
顔の美しさで言えば、今、馬の家に在籍している誰よりも整っていると自信を持って主張できる。ただ、背中の傷が足を引っ張っているだけ……ダリラはそう考えていた。
「集まりに出してもいいが、お前を愛人に欲しがるなんて、きっと鞭を振るうのが好きな野郎だぞ」
そう言われてしまえば、大人しく娼婦をやる方がマシだと思うしかない。
ダリラは十一歳の時に馬の家を出て行くとき、残される人たちに勝利宣言をしていた。
自分は優れているから出て行けるのだと。
後ろ足で砂をかけるようにして出て行った女が、十八歳になって出戻ってきたのだ。快く受け入れられるはずがない。
ダリラよりも先に娼婦として働き始めていた幼なじみにも、嫌われた。
「仕方ないじゃない。親の都合に振り回されただけよ」
そう反論したことがある。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。私たちだって、親の都合で、ここで生まれ育っているんだわ」
ダリラが何を言っても、もう一度仲良くなるのは難しいようだ。
仕事も辛いが、慰め合う相手がいないこともダリラを打ちのめした。
孤立し、陰口を叩かれる。
それは、異母姉ヤスミンが追いやられた状況に似ていた。
最下層の娼婦は軍隊に従軍させられ、かつての同級生に抱かれることもあった。
「お前、馬鹿だよなぁ」
「なによ」
行列ができており、やりながらの会話だ。
「異母姉を貴族学校に通わせて、まともな結婚させとけば事件に巻き込まれなかったじゃないか」
あっ!
「自業、自得、ん……だな」
元同級生は、満足げに息を吐いた。
「俺は、そういう馬鹿なところも可愛いと思っていたんだぜ。
異母姉の悪口を言っていた顔は、醜悪だったけどな」
どろりとした後悔が、胸の中からこぼれ落ちる。……自業自得?
「自分を磨くんじゃなく、人の足を引っ張って蹴落とそうとするの、すごく娼婦らしいよな。
だから、俺たち期待してたんだよ。やらせてくれるかもって」
学生時代の、モテていた輝かしい時間が幻だったと、踏みにじられた。
「ち、違う。
お母様はお父様一筋だったし……。私だって、ふしだらなことはしていなかったわ」
震える声で、抗議する。
「あはは、知ってる。意外と堅かったよな。……今は、こんなだけど」
男はダリラの体を確かめるように触った。その笑い声が、ダリラの心を凍らせた。
「お異母姉様とは違って、私は人気者なのよ」
と嘲って笑った、私こそが笑いものだったの?
私が、自分で……壊した。自分が招いた現状。
こんな苦境が、誰のせいでも……ない?
ダリラのプライドが粉々に砕け散った。




