異世界令嬢とお部屋
「こんちわ〜。注文していた家具を配送しに来ました〜」
「はーい、どうも〜」
ショッピングモールでの買い物から早数日、注文していた家具がようやくやって来た。
「それじゃあ組み立てと設置の方もお願いしますね?」
「はい。今回は家具が多いので、少々お時間いただきます。ご了承下さい」
「もちろんっす」
当たり前のことだが、家具はどれもサイズが大きく車では持ち帰れない上に、持ち帰れたとしてもロフトに運ぶのは危険だ。
そこで今回は業者の人に配送から家具の組み立て、そして設置までを全てやってもらえる配送組み立てサービスを活用したのだ。
「ついにベッドが届きましたわ。……これでようやくマシロのベッドを使わなくて済みます……」
「……クリスティアーナさんや。俺のこと警戒してるのは知ってますけど、流石にそれは傷つくっす。あのベッドのシーツや毛布は毎日ではないっすけど定期的に洗濯してますし、マットレスもベッド用除菌スプレー毎日かけてるんすよ……?」
「あ、いや、マシロが汚いとかではありませんわ! むしろかなり清潔になさっていると思います!! ……ただ、私が使わせて頂いてる間、マシロにはソファーで寝させてしまっていて申し訳ないと思ったんですの……」
「あぁ、そう言うことですか。別に気にしなくていいのに……」
そりゃ確かに最近はソファーで寝ていたせいか、朝起きたときに身体が痛いから近々家の近くの銭湯でじっくり身体をほぐそうかなって考えてたんだけど……。
「それなら一緒に寝ればよかったじゃないの。あのベッドはセミダブルだけど密着したら二人で眠れたはずよね?」
「ふ、二人で……!? さ、流石に結婚していないどころか、付き合ってもいない二人がそう言う事をするのはマズイのではなくて!? それならば私がソファーで寝ます!!」
「桜香。クリスティアーナさんはチョロインならぬ手強インだから、そう言った展開は間違っても起きないと思うぞ。あとテメェ、さっきまで居なかったけどいつ現れた?」
「今現れたわ。鍵が空いてたから勝手に入っちゃった」
「せめてノックしてから入ってくださいまし。マナー違反ですわよ。……所で今日はどうなさったんですの?」
「ほら、約束してたじゃない。マットレス送るって」
「まぁ、ありがとうございます!」
どうやら約束をしっかり覚えていた桜香は、家具が届く日に合わせて持って来てくれたみたいだが、まだ業者の作業がかかるからマットレスを車に置いて自分だけここに来たんだとか。
「と言うわけで一度帰るのもめんどいし、アタシも作業が終わるまでは待たせてもらうわね」
「別にそれは構わんが……その手に持ってるものはなんだ?」
「BLだけど?」
「……クリスティアーナさん、それハレンチな本だから燃や「今燃やしたら……どうなるかしらねぇ?」っぱ今の無し」
クリスティアーナさんに頼んで、BL冊子を処分してもらおうとしたが、今日はすぐそこで業者が作業をしている為魔法を使わせるわけにはいかない。
おのれ……それが分かって、敢えて早く来やがったな……!
彼女の表情から意図に気づいたクリスティアーナさんは呆れたような表情でため息を吐く。
「オウカ、あなたも良い所の娘なのでしょう? そういったハレンチな本を無理やり見せようだなんて、そんなはセクハラじみた事をするのは感心しませんわよ?」
「そう言うと思って今回はハレンチな展開がないBL本を持って来たの! クリスティアーナさんもこれなら読めるでしょ?」
「純粋な殿方同士の恋愛ですか……それなら読めそうですわ。それに少しだけですがこの世界の文字も覚えたので、読ませて頂きますわね」
クリスティアーナさんは俺のように頭ごなしにBLを否定しているわけではなく、ハレンチな展開がある事が問題だった。それはつまり健全なBLならば読めると言うことなのだ。
くそぅ、文字が読めないと不便かもって平仮名と簡単な漢字を教えたのがここに来て仇になるなんて…………!!
「ふむふむ……恋愛もののシナリオもしては及第点ですけれど、殿方同士の恋愛ならばもう少しそれを活かした展開が欲しいですわ……っ!? こ、これもハレンチな展開ではないですの!!」
「えぇ!? これは本番展開ないはずよ……!!」
「ならなぜ身体に触れているのです! 恋人でもないのに触れていいのは手だけですわ!!」
「これもダメなの!? いくらなんでもLINE狭すぎない!?」
「あの〜、ベッドはどこに置きましょうか?」
「あぁ、そっちの窓際でお願いします。……それにしてもすみませんね〜、うちの女子二人が」
「いえいえ〜。むしろただ黙々と作業をするよりもこちらも楽しいですよ〜」
思ったよりも純粋培養だった彼女を見て、今回と腐る事はないだろうと思った俺は、業者に家具の設置を指示しながらそちらの様子を見守る事にしたのだった。
◇
それから約二時間後、ようやく全ての作業が終了した業者の方々が撤収した。
梯子型のロフトだからキチンと持ち上げられるか心配だったけど、流石はプロの方達。
手馴れた動きでどんどん家具をロフトに運んでおり、配送組み立てサービスを頼んで本当良かったと思うね。
「これでついに私のお部屋が出来ましたわね!」
「いいえ、まだ終わってないっすね」
「え?」
「後はマットレスを設置して完成よ」
いつの間に車に戻ったのか、マットレスを抱えた桜香がそう言いながら、俺にマットをパスする。
マットくらいは最高品質のをって言っていたが、触り心地で分かる。これ俺の使ってるマットとは比べ物にならん代物だな。
「さぁ、仕上げは頼んだわよ」
「はいよ〜」
「待ってくださいまし。最後の仕上げは私にやらせてもらえませんか?」
「別にいいっすよ。それじゃあマットレスをロフトに投げるんで、後は頼みます」
「はい」
いくらマットは軽いと言ってもこんな大きいものを梯子では運ばないため、そのままロフトに投げる。
それをロフトに上がったクリスティアーナさんが回収すると、ベッドのフレームにマットを設置して…………
「これで、本当の意味で私のお部屋の完成ですわ……!!」
「良かったわね、クリスティアーナさん!」
彼女の歓喜の声を聞き俺らもロフトへ上がると、つい先日まで綺麗に片付けられて何にもなかったロフト空間は、ベッドやクローゼット、机などが設置されて、俺の部屋とは全く別空間へと生まれ変わっていた。
これから彼女はここで眠ったり着替えたりするのだ。
「なぜかしら? 今まではこれよりもっと大きな部屋に良い家具だったと言うのに、なぜあのときよりも気分が高揚しているのでしょうか……?」
「そりゃあ、この部屋にあるもの全部クリスティアーナさんが選んだからだと思いますよ」
貴族時代の彼女の事はよく分からないが、貴族ということはきっと今までオーダーメイドの家具を使っており、現地に行って気に入った家具なんかを選んで来なかったのだろう。
そんな彼女にとっては、オーダーメイドよりは品質が劣りはするが、自分で選んだ物がこうして自分の部屋に来ることの嬉しさというものを他の人以上に感じているに違いない。
「よし、それじゃあお部屋が完成して記念に今日は寿司でも食べに行きましょ! 今回はアタシの奢りよ!!」
「バッカお前、寿司はまだクリスティアーナさんには早すぎるっつの。ここはファミレスにしとこうぜ」
「ファミレス〜? アンタ実家出てからケチになったわよねぇ」
「なんとでも言え。まぁ、お嬢様には理解できんだろうけどなぁ」
「フフッ……マシロ、オウカ」
「「はい?」」
桜香と今晩の夕食で喧嘩をしていると、クリスティアーナさんが声をかけて来た。
そちらを向くとクリスティアーナさんは満面の笑みを浮かべて……
「お二人とも、ありがとう」
……と言ってくれたのだった。
◇
「それではマシロ、お休みなさい」
「はい。自分の部屋、存分に楽しんでくださいね」
「えぇ」
マシロに挨拶をしてロフトへ登り、カーテンを閉める。
「ふぅ……今の私がこんな暮らしを出来るのはマシロ達のおかげですわね。感謝しかありませんわ」
こんな私を目にかけて下さるオウカ。……そして元の世界を追い出された私を何も聞かずに住まわせて下さるマシロ。
彼は下心と言っているが、彼がいなければ私は今頃、あの橋の下で野垂れ死んでいたかもしれない。だからこそ彼は私にとって命の恩人であり、この際一生頭が上がらないだろう。
……彼は私とお近づきになりたいと仰ってるんだし、恩返しの為にちょっとくらいならハレンチな事をしてあげた方がいいのかしら?
……いや、それよりも…………
「それよりも先に彼に世界追放刑に処された理由をお話しした方が良いですわよね……」
彼は何も聞かずに私を助けてくれているが、だからと言って事情を黙り続けているのは不義理と言うものだろう。
それに彼ならば事情を話してもきっと私を信じてくれるはず。
…………。
「…………今夜はもう休みましょう」
ダメだ。やっぱりまだ少し怖い。
信じてくれると分かっているけれど、心のどこかで信じて貰えないのではと思ってしまっている自分がいる。
だから義理を欠いてしまうのは本当に申し訳ないが、せめてもう少し……彼を信じられると言う確信が欲しい……。
心の弱い私は今夜も問題を先送りにしながらベッドに腰掛ける。
「……あ、とてもフカフカ…………。これは元の世界よりも寝心地が良さそうですわ」
ベッドに寝そべると、まるで雲のような寝心地で、すぐに眠気が私を夢の世界へ誘おうとする。
これほど良いものをいただけるとは、オウカにはまたもう一度お礼を言わなければなりませんね……それでは、お休みなさい。明日もいい日でありますように…………。
「…………………………ケホ」
〜おまけ〜
「そういえばマシロとオウカって付き合ってますの?」
「「え、俺と桜香が? ないない! コイツは俺にとって手のかかる妹…………は?」」
「ちょっと待ちなさいよ。アンタの方が弟でしょうが?」
「はん、俺より後に産まれた人生の後輩ちゃんがほざきよるわ」
「アタシとアンタは誕生日同じなんだからほんの数時間しか変わらないでしょうが。それなら性格的にアタシの方が姉よ」
「いや、妹だろ。暇さえあれば俺のところ来やがって……友達いないんっすか〜?」
「それはこっちのセリフなんですけど〜? いつも一人で行動してるアンタが何言ってんの〜?」
「「あぁん!?」」
「双子みたいな関係ですのね。分かりましたわ」