異世界令嬢とジャンクフードと家具選び
車に荷物を置いてから再びモール内に戻ると、次はフードコートへとやって来た。
このモール内にはフードコート以外にも複数のレストランがあるのだが、沢山の種類の料理から選ぶならばフードコートが最強だろう。
「たくさんのお店がありますわね。これは全てが食堂ですの?」
「そうっすね。ただ店ごとに提供してる料理が違います」
「クリスティアーナさんってここの世界来て日が浅いんでしょ? なら誰もが知らない料理の筈だけど、どれが興味ある?」
「う〜ん、ちょっと見て回ってもよろしくて?」
流石に遠目からでは何を作ってる店かは分からないようで、フードコートを回って一つ一つ料理を確認していく。
暫くして、料理の写真や俺らの解説を全て確認した彼女は「う〜ん……」と声をあげる。
「誰も良い香りで魅力的なのでどれにしようか選べませんわ……」
「そんなに難しく考えなくて良いのよ。今日食べなかったものもまた来れば食べられるんだし、今一番興味のある物を選べば……」
「全てに興味があるのですが…………強いて言えばあのサンドイッチですわね」
「サンドイッチって、もしかしてハンバーガーのこと?」
「はい。サンドイッチが好きなんですけれど、変わった形で気になったんですの」
まさかハンバーガーをチョイスするとは……。
いや、別にハンバーガーは俺も好きだから別に問題はないんだけど、ハンバーガーって手掴みでかぶりついて食べる物だ。
テーブルマナーに厳しいであろう貴族の食事とは対極にある食べ物。果たして彼女にこれを攻略することが出来るのか…………
「あのマシロ? 急に微妙な顔をなさってどうなさいましたの? ……もしかして美味しくないのかしら?」
「アンタ、ジャンクフード好きじゃないの。それとも今日はハンバーガーの気分じゃない?」
「あ、いや、なんでもない。……俺も久しぶりに買いたいと思ってたし、ハンバーガー食べるか」
お嬢様には抵抗がある食べ物かもしれないとは言え、せっかく彼女が食べてみたいと言ったのだ。ならば頭ごなしに否定するよりも一度挑戦させて見るべきだろう。
という事で早速某ハンバーガーチェーン店に並んで、それぞれハンバーガーセットを注文して、貰った昼食を席へと持っていく。
「……どんなお味なのか楽しみですわ……あら、細かく切り分ける為のナイフとフォークがありませんわね。お店の方ったら渡し忘れてしまったのかしら?」
「ナイフとフォーク? そんなものないわよ。こうやってかぶりついて食べるの」
「え……?」
ハンバーガーに大口でかぶりつく桜香を見たクリスティアーナさんは、あり得ないと言った表情で彼女を見る。
そしてチラリと近くの席でハンバーガーを食べている人達を見るが、無論他の人達も桜香のようにかぶりついているのを見て、困惑したような表情で俺を見た。
「…………貴族のお嬢様にはお行儀が悪いように見えるかもしれませんけど、ハンバーガーってこうやって食べるものなんすよ」
「そ、そうなんですのね…………なるほど、マシロが微妙な表情をしていたのはそう言うことでしたのね……」
「何事も挑戦かと思ったんで敢えて黙ってたんですけどね。……どうしても抵抗があるならナイフとフォーク借りてきましょうか?」
「……いいえ。これは私が元の世界の常識を捨てて、この世界の常識を受け入れられるかの試練。そうやってかぶりついて食べるのが常識ならば、私もそうやって食べて見せますわ!!」
「その意気よ! どうせどんなにお行儀悪くしたって怒る人はいないんだから、やってみなさい!!」
「えぇ!」
桜香の言葉に頷き、ハンバーガーを手掴みするクリスティアーナさん。
ハンバーガーはそんな勇気を持って食べるようなものではないんだよなぁ……。
しかし俺のそんな考えをよそに、彼女は暫く目を閉じると、カッと目を見開いた。
「光の女神アウローラ様に感謝を! あむ!!」
彼女は意を決して大きく口を開けると、ハンバーガーにかぶりつく。
そしてその直後、バンズに挟まっていたハンバーグとレタスとトマトとチーズが飛び出たのだった。
「…………そこのステーキ屋でナイフとフォーク借りてきますね」
「お願いしますわ…………」
◇
俺が借りてきたナイフとフォークで、丁寧にハンバーガーを一口大に切り分けるクリスティアーナさんは恥ずかしそうに呟く。
「うぅ……他の方が当たり前にできていることすら出来ないなんて……グリフィス家の名が泣きますわ…………」
「まぁまぁ、誰だって慣れないことをしたら失敗するわよ。次は頑張りましょ」
「と言うか、食べ方くらい好きにすれば良いと思うんすけど。食事って楽しむものですし、マナーとか考えてたら疲れますよ?」
「……それもそうですわね。元々美味しそうだったから選んだんですし、ここからは私のやり方で楽しませていただきますわね」
そう言って早速一口サイズに切り分けたハンバーガーを口に含むと、味わうように目を閉じて咀嚼する。
やがて彼女の表情が和らいだと思うと、笑顔でもう一口食べる。
「美味しそうに食べるわねぇ。そんなに気に入ったの?」
「えぇ、ハンバーグにトマトの酸味やチーズのまろやかなどが加わっており、それでいて間に挟まったソースがそれらをさらに引き立てています! これほど見事な組み合わせをパンで挟むことを考えた人は天才ですわね! それにこのポテトもとてもカリカリで塩味も効いていて、今まで食べた事のない味ですわ!!」
「ポテトに関してはそちらの世界にもあったんじゃないすか? 中世ヨーロッパにも植物油はあったみたいだし、そっちの世界でも揚げ料理はあったと思うんですけど」
「えぇ、ありました。しかし毒味などの関係で大抵の食事は冷めているので、温かい食事というもの自体新鮮なんです。なので揚げたてのポテトがこれほどカリカリだった事に感動ですわ」
「あぁ、確かに揚げ物は揚げたてが最高ですもんね。……そう言えばドリンクは飲んで見ました? あなたのドリンク、コーラにしたんで、早く飲まないと炭酸抜けますよ?」
「コーラ? 聞いたことのない飲み物ですわ。…………っ! な、なんですのこのドリンク!? なんだかパチパチしますわ!!」
「毒じゃないから大丈夫よ。それで味はどう?」
「甘くて美味しいですわ! しかしそれだけでなく、シュワシュワしていて爽快感があり、フライドポテトとの相性がとても良い……! これは止まりませんわ!!」
「……なぁ桜香」
「言いたい事は分かるわよ」
「クリスティアーナさん可愛いよな」
「そうね。いっぱい食べる君が好き」
「か、かわ……!? 好き……!? か、揶揄わないで下さいまし!!」
◇
美味しそうに食べるクリスティアーナさんに萌えながらお昼も済ませた為、再び買い物を再開する事にしたが、彼女らが服を選んでいる間に大抵のものは買い揃えておいた為、残り買わないといけないのは化粧品やベッドなどの家具だ。
しかし……
「女性用のシャンプーとかって良し悪しが分からんのよな」
「今使わせて頂いているものではダメなんですのよね?」
「ダメよ。女の子なんだから髪とかは男以上に注意を払わないと! 取り敢えずアタシが今使ってるやつを使ってみましょうか。案内するわ!」
異世界人のクリスティアーナさんは当然として、俺も女物の化粧品は全く分からない為ここは桜香の現在使っているものをささっと買い揃えて、家具探しへと移る事にした。
「最低限揃えないといけないのはベッドとクローゼット……。クローゼットは性能の良いものを適当に選ぶとして、ベッドはどれがいいとかあります?」
「そうですわね……あ、あのベッドは昔私の使っていたものに似てますわね」
「どれどれ……」
彼女が指差したのは、ワイドキングサイズの天蓋付き高級ベッド。お値段税抜き68万7800円。
「……流石にあれは無理っす」
「えぇ、分かってますわ。あれではロフトに入りませんもの」
それ以前の問題なんすけど……。
しかし彼女も我が家のロフトの大きさを考え、今の身の丈に合ったベッドサイズが分かっているようで、シングルサイズからセミダブルサイズでベッドを探してくれている。
正直、貴族の価値観で広いベッドでないと嫌と言われることは覚悟していた為、非常に助かる。
「ふむ……ロフトの広さや高さを考えると……これが最適ですわね」
そう言って彼女が選んだのは、セミダブルサイズのローベッド。
これならばロフトに充分入るし、低い天井でも頭をぶつける心配は少ないだろう。
…………。
「しかしせめてマットレスくらいは良いもの選びましょうか。これとか低反発みたいですよ」
「いや、これでも足りないわ。丁度パパの会社の最新かつ最高級のマットのサンプル品が家にあるから、ベッドが届く日に持ってくるわ。もちろん品質、安全性ともに確認済みよ」
「ナイス」
「それはありがたいのですが、なぜそんなに生やさしい目で私を見るんですの……?」
戸惑いながら首を傾げるクリスティアーナさんは無視して、適当に選んだクローゼットとローベッドのフレームは注文、マットレスは桜香に確保してもらう事にした。
三日後に届くらしいので、その間はクリスティアーナさんには俺のベッドを使ってもらう事にしよう。
「取り敢えずこれで必要最低限のものは揃ったかな……」
「そうですわね。……お二人とも、今日はありがとうございました。色々と見て回りましたがこんなに楽しかったのは久しぶりですわ」
「ショッピングって楽しいものね。……でも、お礼を言うのはまだ早いわよ。なにせまだ必要最低限しか揃ってないんだもの!!」
「そうっすね〜。まだ時間もあるし、カーペットとか化粧机なんかも探してみますか!」
「ふふ、そうですわね。あとカーテンも必要ですわよ」
その後、時間が許す限り様々なものを見て回った俺達であった。
〜おまけ〜
「ふぅ……なんか今日はいっぱい買ったな〜」
「そうね。……と言うか今回かなりの大出費だったけど、アンタ今月大丈夫なの? もしキツイならアタシもちょっと出すわよ?」
「いや問題ない。大学は特待生制度使って学費免除されてるし、浮いた学費は着服してるから今回はそこから出す事にした」
「アンタってハイスペックよねぇ……。ていうか着服したのバレたらおじさんに怒られるわよ?」