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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「巌窟女王の愛娘」シリーズ

ロック・デナシーとその愛とその後

名前負けってあると思いませんか?

それは名前がリッパで中身が劣るという意味で使われますが、名前のほうが劣っていたらなんていうのだろう?

 




 混乱の時代が来た。

 混沌の時代、なのかもしれない。

 しがない末端貴族の生まれだった少女は、押し寄せた暴徒によって略奪され消えてしまった両親を探し出すすべを持たず、残された小さな妹を連れて動乱の首都ペリスから逃げた。

 己の純潔も、生き延びるために棄てた。

 生きるためには、可能ならばなんでも犠牲にした。逃げる、生きると決めた時にはその覚悟をしていた。

 逃げるしか生きるすべがなかった。


「おかあさま、どこ?」

 幼い妹が無邪気な問いを発する。

 彼女は黙って首を横に振る。両親の生存確認など、もう、できようはずもない。

 ペリスから遠く隔たってしまった今となっては、誰がどんな罪に問われ、どんなふうに殺されたのかも知りようがないのだ。

「わからない。もう会えないかもしれない」

「おかあさま、どこ?!」

「わからない」

 小さな妹にはわからない。姉が何を犠牲にして彼女を生かしているのか。

 だが、少女は妹に事実を教えたりはしない。理解できない妹の幼さは彼女のせいではないのだから。

 きよらかだった身をたべもののために引き換えた。

 それからも、彼女の淑やかな見た目と振る舞いは、彼女に見返りを与えた。生きるのは充分だった。

 その生きるための『仕事』を失わないためにも、妊娠することだけは避けなければならない。

 だが、彼女のその悲壮な覚悟は思いがけない出会いで消失した。

 つい、ほんの少しばかり前の彼女は、社交界へデビューしたばかりの乙女だった。

 彼女へ花をたびたび贈ってくれた男がいた。

 世慣れない貴族の娘が、さほど言葉を交わしたこともない男に思慕を抱くには充分すぎる動機だったのだ。

 その男が、どんなに無頼ぶらいな姿に変わってはいても、彼女に優しく微笑み、声をかけてきたから。




「逃げましょう、ゲルロック様! わたくしとあなた様との男子がここにいるのですから!」

 嘘だが、それも方便。逃げたい男に与えるには恰好の餌となるはず。

 男、ゲルロック・デナシーは彼女を娼婦として扱い、そのようにしか見てはいないが、デビューした頃の初々しい美しさと貴族の淑やかさ、それに当時よりはかなり大きくなった胸などは気に入られていることは知っている。

 ゲルロック・デナシーにはこの娼館でも一二を争う売れっ子の彼女がどうやって孕み、彼の子を産むことができたかなど深く考えることはなかった。

「し、しかし、私には護らねばならぬ家が」

 一年近く前に再会し、娼婦となっていた彼女と何度も何度もそのような行為に及んだのは間違いなかったし、売り物でなくなってまでも彼の子を産んだのかと考えれば、悪い気はしなかった。

 この間というもの、彼女を抱いてからすぐにまた逃亡生活となり各地を転々としていたため、半年以上この娼館へ足を運ぶ余裕がなかったのだが、子が生まれたところへ戻ってきたことは僥倖かもしれないとも考えた。

「革命の今の時代では父君もご無事かどうか、定かではございませんわ。ならば、わたくしが産んだあなた様との子を、命を懸けて護ってお家を繋ぐことをお考えくださいませ!」

「う、む、いや、だが、しかし……」

「娼館の主に知れれば、わたくしと子供は連れ戻されます。ここは亡き王后陛下の故国、エステルライヒを頼るのが懸命ではございませんか?」

「う、うむ。そうかもしれんな」

 彼女はゲルロック・デナシーと逃げた。

 妹は娼館に残すしかなかった。まだ幼い妹が娼婦とされるには早すぎるだろうし、従順だった彼女は娼館の主からそれなりの信用を得ていたはずだ。

「名を、授けてくださいますね」

「む、そ、そうだな。考える」

 男は彼女と連れ立ち、波乱のマルセーヌから峠を越えてスィザー連邦へと抜けた。

 だが、男が情を見せたのはそこまでだった。

「この子が私の子か、どうやって証明するのだ?」

「わたくしを侮辱なさいますの? この美しいかおをよくご覧になって。ゲルロック様と似ていますわ!」

「娼婦の子をおいそれと我が子と認めるなど、ありえんだろう! 私に魔術でもかけたのか、この魔女め!」

 ということでゲルロック・デナシーは少女を棄て、一時は我が子と愛した赤子をも棄てた。


「どうしましょうね、これから」

 娘は腕の中の赤子にささやいた。

 だが、返答は別の場所から返ってきた。

『その子をどうしたいのだ?』

「だ、誰ッ?」

『そなたに名乗るほどでもないが、その子を棄て難く思う者がおるのでな』

「……こ、この子は……たぶん、高貴なお血筋だと思います。この子を産んだおかたは、……亡き王家のおかただと思いますわ」

『ほう。これを生んだ女子おなごを見知っておったか』

「ご尊顔を拝し奉った程度ですが、わたくしも子爵の家の娘です。あれからまだ数年しか経たないとはいえ、王女殿下がまさか、生きておわして、よもや子を……」

『その王女の子だ。その子を連れてエステルライヒへ行く気はあるか』

「王女殿下のお血筋、わたくしにできることなら命を懸けてお守りいたしとう存じます」

『よかろう。その子はそなたに任す。王女も無事に生き延びておることを伝えておこう』


 彼女がその声を聴いたのはその時が最後だった。

 彼女を棄てた男がどうなったのかは、その後の動乱から察して余る。どうでもよいことだった。


 ランセー革命で没落したエナシー侯爵の二男、ゲルロック・デナシー。

 その男の名が低迷し地に堕ちたのは、本人の生き様を知ればおのずと理解を深めるしかないという事情によるものだった。



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