三日月に焦がれ、星たちは沈む
俺の目の前には、今も昔も、変わらず輝く月がある。
その月は、三日月のような儚さで……それでも、確かに優しく、常闇に染まる世界を照らしてくれていた。
「こんなところで、何してるのさ」
薄明りの夜、暗く沈む部屋に澄んだ声が響いた。
その音に、朧気だった意識が呼び覚まされ頭を上げる。
「ねえ、お前はそのままでいいの?」
「……良いわけなんてない。待っていたんだよ、来てくれるのを」
窓枠に月を背負って座る、その人に返事をする。
俺の言葉に驚いた表情を見せたのも束の間、フッと笑ったかと思えば、するりと中に入ってきた。
……ああ、今日も美しいな。
絹のように美しい、黒い髪。
彫刻のような造形の顔に、艶めく白い肌。
細い首筋に、浮き上がる鎖骨。
そして、こちらを見つめる、宝石のような瞳。
月明かりに浮かび上がる、この世のものとは思えないその姿を前にして、ゴクリと喉が鳴る。
そのどれもが今、手が届きそうなほどに近くて、手を伸ばすことも許されないほどに遠かった。
「これまではどうだった?」
「クソみたいだったよ。あなたがいなくてさ」
「ふふふ、おかしなことを言うね。ずっと、一緒にいたじゃない」
微笑みながらも、俺を捉える瞳に、また、ゴクリと喉が鳴る。
……あなたは、特別だ。
俺にとっても……周りの人間にとっても。
三日月のような儚さで、でも確かに優しく、闇夜を照らしてくれる。
それは時に、救いのようで……。
それは時に、誘いのようで……。
誰もがその光に近づきたくて、手を伸ばす。
でも、決して誰も届かない。
人々は、さながら月の周りに浮かぶ星々のようだ。
近づいてきては、どこかへ消えてしまう月に、いつまでも魅せられている。
「こんなところにいていいの?」
「当たり前じゃない。お前は大切な、弟なのだから」
そう言ってまっすぐに俺を見つめる瞳から、目が離せなかった。
……本当に、ひどい人だ。
何も知らないような無邪気な表情で、俺の心を見透かしてくる。
また、ゴクリと喉が鳴る。
「さあ、もうそろそろ夜明けだ。今度は、ちゃんとついて来いよ」
「……うん」
……兄さん。
この呼び方は、好きじゃない。
ここに収まりたくないと、仄暗い心で願ってしまう。
そしてまた、あっという間にいなくなってしまった。
静かに目を閉じて、残していった余韻にゆっくりと浸る。
……同じだ。
……でも、それでいい。
縛りやしない。縛れもしない。
だって、俺もまた、あの三日月に焦がれる、星の一つなのだから……。
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