8. 友と仲間と呪いの光
「ねえ、リリィ。」
それは、突然のことだった。
「先生」が帰ってくるまで暇だからと、黒耀龍たちと決闘をしているリューゼを眺めていたとき。メリアは感情の読めない顔で、衝撃的なことを聞いてきた。
「前世の記憶って、信じる?」
私は解答に悩んだ。メリアの聞き方からして、恐らく彼女にも前世の記憶がある。確率は低いかもしれないが、彼女が前世の私を知る者の可能性だってある。
お互いの前世のことを知ったら、この関係が崩れてしまうかもしれない。私はそれが、何より怖かった。
解答に悩んだ私は、ちらりとメリアを見た。いつも通りに見えるが、微かに揺らぐ瞳は明らかに不安を示していた。
そうだ。彼女の前世が何であっても、今ここにいるのは私の知るメリアでしかない。
「し、信じるよ。わたしも、あるの。前世の記憶が。」
メリアはゆっくりと微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「やっぱり。御羽結李ちゃん、よね。あなたの前世は。アタシは、灰原椿。覚えているでしょう?」
丁寧に、確かめるように言葉を重ねていたが、メリアは確信めいた口調でかつての私の名を呼んだ。
聞いたときの私の感想は、ああ、やっぱり。メリアの前世、灰原椿はかつて、私のクラスメートであった。知り合いと言うには距離が近く、しかし友達というには隔壁がある、最期はそんな関係だ。だからこそ、メリアが灰原椿に似ていると思ったことはあったし、二人を重ねて見てしまうこともあった。
黙ったままの私に、メリアは続けて言う。
「隠しているつもりはなかったの。ただ、話すタイミングがなかっただけで。」
「どうして今、教えてくれたの?」
「今ならまだ、あなたは引き返せると思ったからよ。アタシには、昔のことを許してもらおうなんて思えないから。」
「どうして。」
「どうしてって、アタシはあなたを、あんなにも傷つけたのよ。顔も見たくないと思われたって仕方ないくらいに。あなたは、そんなアタシを仲間だと言えるの?」
メリアは痛切そうに顔を歪めていた。傍から見ればメリアの方が深い傷を負っているように見えるだろう。それも事実なのだが。そんな彼女を見ながら、私はぼんやりと前世を思い出していた。そうして、メリアの質問に答える。
「もちろん。メリアはわたしの、大切な仲間で、親友だよ。」
「本気なの?」
「うん。だって、わたしのためにいじめを止めようとしてくれたのは、一人だけだったから。ね、椿ちゃん。」
「なんでそれを……!」
「ごめんね。わたし、全部知ってたの。」
「それなら、アタシが自分がターゲットになることを恐れて説得をやめたことも知っているんでしょう? あなたはもっと、アタシを責めていいはずよ。」
クラス内で派閥やグループが形成されるのは、どこの学校でもある話だろう。メリアの言う通り、私はそのグループ内でいじめを受けていた。とはいえ、その内容は急に無視されるようになったり、机に悪口を書かれていたりする程度の軽いものだ。しかも、偶然通りかかった教室からメリアたちの声が聞こえ、メリアが本気で怒ってくれたことも知っていた。
「わたしはね、一人でも味方がいるって思えただけで、十分だったんだよ。だから、そんなに悲しまないでいいんだよ、椿ちゃん。」
「結李……。」
「それに、メリアとリューゼの前世が何であっても、今のわたしたちは変わらない。リューゼも、そう思うよね。」
いつの間にか近づいていた気配に、話を振ってみると呑気な声で返ってきた。
「そうだな。ほらメリア、言った通りだったろ。リリィは前世のことなんて気にしないって。」
「ふふ、そうね。そうだったわ。」
メリアは柔らかく、安心したように笑った。
「先生」が戻ってきたのも、丁度そのときだった。
「三人とも、揃っているな。お主らを連れて行けるか確認してきたんだが、どうやら少し立て込んでいるようでな。例の話はもっと後になりそうだ。」
「放っておいて大丈夫なんですか?」
「奴も、奴の仲間も、一人で一国を滅ぼせるほどの強者どもなのだ。それこそ、このグランツェ程度の国ならな。何も心配はない。」
「立て込んでるって、一体何が?」
「グランツェの西にある王国、ウェルセスと揉めてるんだ。いや、革命に協力してると言った方が正しいか。仲間を連れ去ろうとした腹いせだ、とか言っていたが、詳しくは分からん。」
根拠はないが、「先生」が聞いたままの理由なのだろうと思った。街に行っていた仲間が王家の人間に見初められて嫁に取られそうになったとか、そんな理由だろう。革命の手助けで止まっているのは、その程度の理由で直接手を下したら目立ってしまうから、といったところか。
その人の仲間になって、本当に大丈夫なのだろうか。
「まあその件はいい。それより、お主らの気持ちは定まったか。」
「ああ。俺たちは先生に協力するよ。」
「ふむ。心配は無用だったようだな。改めて、『黒』の一団へようこそ。吾輩が代表して、お主らを歓迎しよう。」
「先生」の言葉を皮切りに、周囲に集まってきていた黒耀龍たちが咆哮を上げた。私たちが正式になったことを祝うように。
「とはいえ、しばらくお主らに仕事はない。リリィ君の体調もあと何日かしたら治るだろうから、そうしたら一度街に帰るといい。」
「いいのか?」
「その方がなにかと都合がいいだろう。そんなに遠いわけでもないしな。まあ、ここにいたいなら留まっていてもいいが。」
「俺もメリアも、家族に会いたいとは思っていたんだ。リリィにはあんなこと言ったけどな。だから、お言葉に甘えて帰らせてもらうよ。」
「そうか。だが、定期的にここには来てくれ。吾輩が、お主らに修行をつけてやる。」
黒耀龍は「伝説」と呼ばれるほどの戦闘力を持つ。しかも、「先生」はその黒耀龍のトップと言える存在。私たちが今まで相手にしてきた者とは比較にならない。そんな存在が、今日から私たちの師匠となる。
顔を見ずとも、リューゼとメリアの目が輝いていることが分かる。もちろん、私も同じ気持ちだ。「お願いします!」と妙に力の入った声で、三人同時に言ったのがその証拠だろう。「先生」は「精々励むといい。」と言っていたが、満更でもないという顔を隠しきれていなかった。
「そうだ。リリィ君、少し話があるんだ。」
「わたしに、ですか。」
「そうだ。お主の呪いのことでな。」
呪い……。そういえば、私が目覚めたときもそのようなことを言っていた気がする。
メリアとリューゼが押し黙ったところを見るに、二人は既に聞いていたのだろう。それなら、今更隠す必要もない、か。
「わたしの、魔素と筋力が引き下げられている、ということですか。」
「知っていたのか。」
「わたしの母は、優秀な光魔法使いだったので。それに、自分の身体のことなので、嫌でも分かりますよ。戦い方も、それに合わせて習得してますし。」
「そうか。お主は強いのだな。」
「先生」は宙を見上げて呟いた。彼の言う強いの真意は、未だによく分からないでいる。
「その呪いは、生まれつきのものなのか?」
「え、は、はい。おそらく、そうだと思います。」
「やはりそうか。今のでようやく確信したよ。お主の呪いは、『白』によるものだ。どうりで、吾輩でも消せないわけだ。」
「消す……?」
「上位の回復魔法に付随している効果を、より抽出したものだ。お主が寝ている間に、いろいろと試してみたんだが、どれも効果がなかった。」
「大丈夫ですよ。治るなんて、思っていませんでしたから。試してみてくれただけで、十分ありがたいです。」
「吾輩もまだまだ力不足だな。」
しんみりと言っていた「先生」であったが、その空気を引き締めるように一瞬で表情を変えた。
「白磁龍の奴は呪いの専門家だ。正確には回復面のスペシャリストなのだが、詳しいことはいいだろう。奴なら、もしかしたらリリィ君の呪いも解けるかもしれない。」
白磁龍は「先生」たち黒耀龍の対となる存在。こちらもまた、生ける伝説の異名を持つ。
「あくまで可能性があるだけだがな。会いに行ってみるのも一つの手だ。奴も吾輩たちと協力関係にあることだし、ついでに挨拶もしてくるといい。」
「リリィ、行ってみようぜ。」
「そうね、試してみて損はないわ。」
「そう、だね。わたしも、試してみたい。」
「それじゃあ、吾輩が連れて行ってやろう。」
「先生」は龍の姿に変身し、私たちを背中に乗せて空へ舞った。あっという間に流れていく景色をみながら浴びる風は、想像以上に心地よい。
白磁龍の住処は黒耀龍たちとは真逆の南の端。通常ならば最短でも馬車で六日はかかる。その距離を、「先生」は一時間程度で移動してしまった。
「この洞窟を抜けた先が、奴らの住処だ。気をつけろよ、奴らは強力な癒しの力を持つが、吾輩たちより気性が荒いからな。」
「先生がいるなら大丈夫なんじゃないの?」
「いや、むしろ吾輩にこそ攻撃してくる可能性もある。だが、手をだすつもりはない。」
「俺たちへの試練ってことか。」
「そういうことだ。気張っていけよ。」
引き締まった空気の中、私たちは白磁龍の住処に足を踏み入れた。私のリミッターを外す、一抹の光を求めて。