7. 神と龍族
体調を崩してしまいまして、しばらく間隔が空くと思います。面目ない……
「前提として、吾輩たち上位の龍族は神の使いとしてこの世に存在する。そのため、基本的に人間たちを襲うこともないし、神に攻撃することもできない。それは覚えていておいてくれ。」
そう前置きをして、「先生」は淡々と話を始めた。
上位と下位の違いは「龍」の字を使うか「竜」の字を使うかで区別されている。白竜は字の通り下位の竜族に位置する。しかし、彼らは黒耀龍と同じように神の使いとしての役割を担うため、下位の中でも特別な存在であるのだ。それゆえ、白竜が人を襲うことはおろか、人里に降りてくることさえありえない。
そこで注目されるのが、白竜にかけられていた呪いと、額にあった宝石。あの石は本来、白竜が持つものではない。大方、呪いを確実に定着させ、力を強めるためのものなのだろう。黒耀龍に匹敵する力を持って暴れていたのは、おそらくその呪いの影響だ。
そのような呪いをかけられる人物となると、犯人は自ずと限られてくる。
「まあ、これ以上のことは分からないのだがな。詳しいことは我の協力者に頼んでいるから、情報が集まり次第、お主らに伝えるよう言っておこう。そうだ、この世界を治める二人の女神のことは知っているか。」
私たち三人で顔を見合わせ、首を傾げると「先生」は愉快そうに笑った。
「それなら、グランツェ教会が信仰する神のことは?」
メリアと私は先程のように首を傾け、一方でリューゼは複雑そうな表情を浮かべながら質問していた。
「グランツェ教会、って何ですか。」
「はっはっは、本当に面白い奴らだ。」
「え、お、俺、変なこと言ってたか?」
「いいや。我らにとっては好都合。いいか、これがこの世界の、二人の女神の話だ。覚えておけ。」
この世界には二人の神がいる。穏やかに、されど冷徹に世界を俯瞰する姉、マトリシャ。やんちゃで明るく、世界に慈悲や愛を与える妹、アズミュー。それぞれの特徴から、姉のマトリシャは『黒』と、妹のアズミューは『白』と呼ばれ、人々から親しまれていた。
正確や好みも正反対の二人であったが、仲は良好。どちらかが道を間違えそうになったら、もう片方が否を出して是正する、という絶妙なバランスで平和な世を保っていた。
ある時。二人を祀る教会の、ある神父が『白』のアズミューに声をかけた。「今よりずっと良い世界を創らないか」と。賛同した『白』は『黒』のマトリシャに相談したが、『黒』は猛反対。これが盛大な姉妹喧嘩の始まりだった。
二人の神の対立を知った神父は『白』に協力し、民に演説をして味方を増やした。当初は『黒』を支持する者の方が多かったが、神父の演説によって『白』に傾く者も多く、『黒』が気づいたときには大半の民が『白』を支持する状況に。
その波はいつの間にか、「『黒』を滅し、『白』のアズミュー様を唯一神にせよ」という風潮に変わっていった。やがて神父は新たな教会を建て、国を興した。それが今のグランツェだ。
妹の暴走を止めるのは姉の役目。『黒』のマトリシャは妹と戦う決意をした。もっとも、『白』を信仰する動きは既に「暴走」の域を超えていたのだが。
二人が選んだのは、一対一の決闘だった。神の力は、信仰する民の力が影響する。もちろん、『黒』は惨敗した。そうして、『黒』は僅かな力を温存するために隠れ、『白』が世を支配するようになった。
この結末を誰より憂いたのは、『黒』の眷属である黒耀龍と、『白』の眷属である白磁龍である。二つの龍族は結託し、かつての世界を取り戻す方法を模索している。
「これが今に繋がる女神の話だ。」
「つまり、アタシたちにはその手伝いをして欲しいってことですか。」
「そうだ。しかし、最近になって新たな問題が発生してな。」
「白竜の呪いのことですか。」
「確かにそれもそうだが、もう一つ。グランツェの北西にあった国が、一夜で滅んだんだ。」
一夜にして国が滅ぶ。信じられないような話だが、真っ先に反応したのはメリアだった。
「それ、アタシも聞いたことあるわ。たしか、一人の騎士が民を皆殺しにしたって。」
「その通りだ。よく知っていたな。その騎士に、『黒』が共鳴したんだ。」
「共鳴?」
「簡単に言えば、力を預けたんだ。神の力を、一人の人間に。」
「先生」が話した内容から考えるに、『黒』の力は相当弱まっている。しかし、それでも神の力だ。一人の人間には重すぎるはず。しかし、それが馴染んだとなれば、しかも相手が国を滅ぼすほどの者となれば、その脅威は計り知れない。
「まさか、俺たちに倒せって言うのか。」
「いや、そうじゃない。お主らには、その男の仲間になってもらいたいんだ。」
「仲間? そんな危険な人物を味方に引き入れようなんて、現実的じゃないわ。」
メリアの意見にリューゼも頷いていた。私も同じように思ったが、「先生」の言い方がどうにも引っかかる。
渋い反応をした私たちを見て、「先生」は得意げな笑みを浮かべていた。
「なに、心配することはない。奴とはもう接触しているんだ。話の通じる、面白い奴だったよ。」
その言葉でしっくりきた。件の男は私たちの想像したただの危険人物ではなく、既に「先生」の協力者であったのだ。先程の違和感、「仲間にする」ではなく「仲間になれ」と言ったのもそのためだろう。それならば、接触することは問題ない。
しかし、その後はどうなるのだろうか。彼らの正式な仲間になれば、きっとあの街での日常には戻れない。両親を失った私は問題ないが、メリアとリューゼには家族がいる。
「先生」の話を聞いた二人はやる気になっていそうだが、このことにはきっと、気づいていない。
「それ、断ることは、できますか。」
「もちろんだ。無理強いするつもりはない。その場合は、吾輩が責任を持って街まで送り届けてやるから、安心しろ。」
「リリィ、もしかして乗り気じゃないのか。」
「まあ、三人でゆっくり話してくれ。話したかったのはこれだけだ。吾輩は少し出かけてくる。」
「アタシたちはここにいていいんですか。」
「ああ、構わんよ。ただの所用だ。すぐに戻る。」
そう言って、「先生」は龍に姿を変えて飛び去って行った。
「本当に行っちゃったわね。」
「嵐のような人だよな。龍だけど。んで、リリィ、引っかかってることがあるんだろ。教えてくれよ。」
「う、うん。」
私は二人に思いを伝えた。
「先生」の依頼を受けるとなると、もう元の生活には戻れないということ。世界の均衡が危ういといっても、私たちに大きな影響があるとは考えにくいということ。それから、
「正直、わたしは世界のこととかどうでもよくて。二人が幸せなら、それでいいから。わざわざ危険なことに踏み込まなくても、いいんじゃないかなって。冒険者に誘ったわたしが、言えたことじゃないかもしれない、けど。……これ以上、大切な人を失いたくないの。」
「リリィ……。ありがとな、お前の気持ちは分かったよ。けど、ごめん。俺は先生の力になりたい。」
「アタシも。危機が迫ってることを知っちゃったから、もう知らなかったことにはできないわ。忘れて日常に戻るのは、やっぱり難しいかも。」
「ふふ、そっか。そうだよね。」
正直、二人の答えは分かっていた。私が何を言っても、依頼を受けるのだろうと。私と違って、どこかに危険が迫っていると知って放っておけるほど、冷徹な人間ではないから。まあ、そんな二人だからこそ、私は幸せになって欲しいと思っているのだが。
「ねえリリィ、大切な人を失いたくないって気持ちは、アタシも一緒よ。だから、あなたがアタシたちを守ってよ。」
「わ、わたしが?」
「そうだな。俺とメリアは攻撃が中心だろ。白竜のときでよく分かったけど、相手が強くなるほど、リリィのサポートが必要なんだよ。」
「ほら、前にも言ってたでしょう? アタシたちは、三人で最強なの。」
メリアは得意げに言い、リューゼも便乗して私の必要性を説いた。
まったく、私は別に、パーティを離れるつもりはないのに。でも、そこまで言うなら、一つぐらい条件を付けてもいいだろうか。
「わかった。だけど、一つだけ約束して。わたしを置いて行かない、って。」
「もちろん! リリィも、アタシたちを置いてどっかに行くなんてしないでよね。」
「うん、約束だよ。」
「じゃあ、死ぬときは三人一緒だな。」
「それは重すぎるわよ! でも確かに、その方が楽しそうね。」
そうして、私たちは世界を巡る戦いに足を踏み入れた。