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6. 山頂にて




「あ、おはよう、リリィ。」


 目を覚ますと、そこには見知らぬ星空が広がっていた。

 周囲はゴツゴツとした岩場になっており、少し遠方は絨毯のように雲が広がっている。山の上、しかもかなり標高の高い場所なのだろう。

 しかし、岩場に寝ていたにしては身体に痛みがない。身体を起こそうと身を捩ったら、何かふわふわとしたものに触れていることに気がついた。


「こ、れは?」

「陽毛鳥の巣よ。使わなくなったものをもらったらしいわ。」


 らしい、ということは他に誰かいるのだろうか。よく見れば掛け布団代わりに私にかけてあったのは見知らぬ外套だ。見たことのないデザインからして、おそらく他国のものだろう。私たちに他国の知り合いはいないが、現状からして不必要な警戒は必要なさそうだ。

そういえば、メリアはいるがリューゼは見当たらない。メリアに聞いてみたら、「早く知らせないといけないわね。」と言って小さな火の玉を打ち上げた。そうすると、すぐに二つの強大な気配が飛んできた。


「リリィ! よかった、目が覚めたんだな。」

「呪いも完全に消えたようだな。調子の悪いところはないか。」

「い、いえ、大丈夫、です。あの、あなたは……?」


 リューゼと共に現れたのは、月に照らされてさらさらと輝く黒い長髪が特徴的な、長身の青年だった。蜂蜜色に光る鋭い眼が印象的だとも感じた。


「詳しいことは日が登ってからにしよう。吾輩のことは、とりあえず先生と呼ぶといい。しばらくはあまり動かない方がいいだろうな。食べられそうなものを持ってくるから、少し待っていろ。」

「あ、アタシも手伝いますよ。もうすぐ日の出なのだし、他のみんなの分も必要でしょう? リリィの見張りは、リューゼに任せて大丈夫よね。」

「ああ、そうだな。助かる。」


 二人の背中を見送りながら、なぜか挙動不審になっているリューゼに、とりあえず今気になっていることを聞くことにした。


「リューゼ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」

「え、ああ、もちろん。俺に答えられる範囲なら、だけどな。」

「ありがとう。じゃあ、まずは……。」


 「先生」と名乗った彼のことは、きっと後で本人の口から聞けるだろう。私が意識を失った後のことは聞きたいが、それよりは今どこにいるかを優先すべきか。

 比較的安全なのであろうが、ここがどこなのかを知りたい。そういう旨を伝えると、リューゼは驚いたように言った。


「あいつ、そんなことも教えてないのか? ここはグランツェの最北端、黒威の山の頂上だ。安全面においては心配いらない。先生の仲間が見張っているし、こんなところに来る奴なんてそうそういないからな。」


 黒威の山、というのは、魔の森を北に抜けた先にある巨大な岩山の通称で、グランツェの北に位置する国々との境目でもある。

 魔の森にいたはずの私たちが、どうしてそんな場所にいるのだろう。少女の体であるといっても、意識を失っていた私を連れてここまでくるのは、普通に考えると誠に信じがたい。とはいえ、岩山の頂上であろう場所にいる事実は変わらないし、リューゼが嘘を言っているようにも思えないため、信じるしかないのだが。


「ここには先生が案内してくれたんだ。あのとき、先生も魔の森にいたらしくてな。ドラゴンを倒した後に出会って、お前を安全なところにって案内してくれたんだ。」

「倒した、って。」

「ああ、俺とメリアで、なんとかなったんだ。と言っても、なぜかお前の回復魔法で大分弱ったみたいだったんだがな。」


 弱った、ということは、回復魔法を放ったときに感じた呪いの気配は、あのドラゴンのものだったのだろうか。その点に関しては「先生」を交えて話した方がいいかもしれない。そうだ、ドラゴンといえば、私の両親は無事だったのだろうか。いや、この場を見る限り、明るい解答は望めないだろう。それでも、聞かずにはいられなかった。


「お前の想像する通り、生き残ったのは俺たちだけだ。先にいた冒険者たちは全滅。何人かは死体すら残らず、持ち物の残骸が残っていただけ。お前のお父様の愛刀も、そこに。」

「…………。」

「遺体が残っていた冒険者たちも、俺たちで弔ったんだ。先生の勧めでな。俺とメリアは火葬しかやり方を知らないから、それで。」

「そう、なんだ。ありがとう、丁寧に、弔ってくれて。「先生」にも、感謝しないと。それで、骨はどこに……。」


 リューゼは目を泳がせ、「それが……」と言い淀んだかと思えば、とんでもないほどの早口で言った。


「メリアの魔法で焼却したせいで骨一つ残らず灰になった。」


 認めたくはないが、納得してしまった。


「あ、でも、灰はちゃんと残してあるんだぜ。少量ではあるけどな。はい、これは師匠、いや、お前のお母様のものだ。それから、こっちは」

「お父様の……。」

「そう。お前が持っていた方がいいと思ってな。」


 リューゼから刀を受け取り、そっと鞘から取り出してみた。微かな光を浴びた刀身は、穏やかな青い光を帯びている。所々刃毀れしているものの、状態はかなり良いようで、その姿は父が振るっていたときと変わらない。そう、まるでドラゴンとの戦闘は経験していないと言わんばかりに。

 刀身を再び鞘に納め、私はそれをリューゼに渡した。


「銘は蒼龍。わたしには扱えないから、リューゼが貰って。剣と刀じゃ、勝手が違うかもしれない、けど。」

「え、いいのか? お前がそう言うなら、うん、大事にするよ。」


 丁度その時、こちらに帰ってくるメリアと「先生」の姿が見えた。

 そういえば、お腹がすいたかもしれない。西の方角は、既に明るみ始めている。




  ◇◆◇◆◇




「リューゼ君、彼女にはどこまで話したんだ。」

「火葬の話までです。先生についてはまだ何も。」


 軽い食事を終えたタイミングで、「先生」はリューゼに問い、「丁度いいな」と呟くと私に向き直った。


「まずは、お主に感謝を伝えなければな。吾輩が生きているのも、お主の超回復魔法のおかげだ。感謝する。」

「回復、って……あ、あの大きな存在感は。」

「吾輩のことだろうな。忌々しい白竜相手に、少々しくじってな。今際の際を彷徨っていたところ、お主の魔法をもらったのだ。ああ、事の経緯は二人から聞いているから安心するといい。偶然救われただけなのだが、なんにせよ感謝している。」


 その言葉で合点がいった。意識を失っていた私を運べた理由も、この場所の意味も。

 あのドラゴン、白竜にかかっていた呪いよりも大きな存在感を放ち、白竜と対戦することもできる。そして、三人の人を山の上まで容易に運ぶことができる者。


「あなたも、竜族、ですね。」

「おお、よく分かったな。しかもただの竜族なんかじゃあない。吾輩は黒耀龍。その群れを治める長だ。姿もほら、龍と人であれば簡単に変えられる。」


 そう言って、「先生」は巨大な龍の姿に変化した。鱗は黒く輝き、三メートルほどの巨体からは肌で感じられるほど強力な魔素を放っている。

 生ける伝説、黒耀龍。その名の通りの存在が、確かにそこにあった。


「ふむ。この姿を見て臆さないとは、流石あれほどの魔法を使うまでの者だ。まあ、そこの二人も変わらなかったのだがな。ああ、このままでは話しにくいから、人の姿に戻らせてもらうよ。」


 人に姿を変えた「先生」は、食事をしていたときと同じように座り直し、真面目な表情を私たちに向けた。


「さて。リリィ君も起きたことだし、本題に入ろう。お主らをここに連れてきたのは感謝のためだけではない。あの白竜を倒した力を見込んで、頼みがある。」


 そうして「先生」は、この世界について話し始めた。





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