4. 来訪者
「まさか、こんな凄腕の冒険者がいたなんてな。本当にありがとう、君たちは命の恩人だ。」
「当然のことをしたまでですよ。私たち、これでも立派な冒険者ですから。」
「なあメリア。危うく俺も燃やされるところだったんだが、忘れてないよな。」
「い、いいじゃない、結果的にみんな無事だったんだから。そうよね、リリィ?」
「わたしにも、無茶振りしたの、覚えてるよね。被害を拡大したことも。」
「ご、ごめんって。でも、緊急事態だったんだからしょうがないじゃない。」
自分を正当化しようとしながらも、メリアからは反省の色が見られたので私もリューゼも溜め息を溢す程度で許すことにした。
私たちが川に向かった後、森林熊の炎上に反応したらしき中級程度の魔獣が集まり、メリアや紳士が保有していた荷馬車を攻撃しようとしてきたらしい。それらを一掃するため、先の反省を踏まえて威力を抑えた魔法を撃ったつもりが、気がついたときには森が燃えていたとメリアは言った。
もっと追及しようかとも思ったが、今は森を離れることを優先すべきだと、先程と同じ要領で消火し、軽口を叩きながら荷馬車の損傷を確認していた。
「荷物に多少の損傷はあるが、荷車自体に大した被害はない。本当に君たちのおかげだ。ありがとう。そうだ、よければこのまま、私からの依頼を受けてくれないか。」
「依頼、ですか。」
「ああ。街までの護衛を頼みたい。馬に逃げられてしまったから、手で引くしかなくてな。これでは自分の身を守ることができない。その点、護衛程度であれば、君たちなら造作もないだろう? どうだ、勿論、報酬は弾ませてもらう。」
当然、私たちはその提案を受け入れた。
「それ、手で引くんですよね。俺に任せてください。リリィの魔法がかけてあっても、怪我をしていたことには変わりないんだし、少しは身体を休めた方がいいですよ。」
「それじゃあ、君たちが大変だろう。さっきだって、あんなに身体を張ってくれたのに。」
「大丈夫。俺、これでも体力には自信があるんですよ。」
「そうね。護衛はアタシたち二人でも問題ないし、安心してください。」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか。そうだ、自己紹介がまだだったな。私はグラウン。商人をしている。よければ、君たちの名前を教えてくれないか。」
「アタシがメリアで、彼がリューゼ、それからこの子がリリィ。それじゃあ、行きましょうか。」
そうして、私たちはグラウンさんの護衛をしながら街に戻ることになった。道中、何度か盗賊と思われる輩に絡まれたのだが、メリアがことごとく吹き飛ばしていったため問題はない。
街に着いたところでグラウンさんとは別れたが、しばらくは街に滞在するようで、また何かあったら依頼すると言ってくれた。
私たちはそのまま、協会に報告をしに行ったのだが。
「どうしてこんなにケガ人が……?」
「あ、三人とも、無事でよかった。リリィちゃん、至急、ここの冒険者たちの治療をお願いしてもいい?」
「は、はい。」
「詳しいことは、後でマスターが教えてくれるはずだから。リューゼ君とメリアちゃんも、こっちのお手伝い、お願いしていいかな。」
◇◆◇◆◇
一通りの治療を終え、私たちは協会の二階にあるマスターの執務室に呼ばれていた。私たちの報告を兼ねつつ、ケガをしていた冒険者たちからの報告をまとめる協力をして欲しいとのことだ。
「困ったことに、証言はバラバラなんだ。魔獣が突然狂暴化しただの、やけに腕の立つ盗賊団に奇襲されただの。ただ、全員嘘を吐いているようには思えん。お前ら、何か知らないか。」
「魔獣といえば、アタシたち、森林熊に遭ったのよね。人に襲い掛かるぐらい狂暴なやつ。盗賊団も、何度か襲ってきたわよね。アタシが全員蹴散らしてきたけど。」
「ま、そんな感じだな。あと、森の様子がおかしかった。低級の魔獣が何かに怯えるみたいに川に集まっていたし。そうだ、その冒険者たちの出先と依頼内容は分かるか? もしかしたら、俺たちが遭遇したものとも何か関連があるかもしれない。」
ちょっと待っていてくれ、とマスターは近くの机の上にあった紙束を手に取った。パラパラと目を通し、溜め息を溢しつつ資料を机に広げていった。
「残念だが、共通点は見当たらん。お前たちも確認してみてくれ。」
マスターの言った通り、資料に共通点はない。ぱっと見では、の話だが。リューゼもそれに気がついたようで、私に耳打ちしてきた。
「リリィ、お前も気がついたか。」
「うん、多分そういうこと、だね。」
二人で示し合わせ、私は資料を二つに分け、その間にリューゼが私たちの見解を解説した。
「まず、俺たちが森に入ったときには、既に異変が起きていた。これは確定だな。低級の魔獣は、より上位の魔獣から逃げていたんだろうな。それこそ、森林熊みたいなやつから。んで、道中遭遇した盗賊団だが、メリアも覚えているだろ。あいつら、明らかにターゲットがいた。」
「グラウンさんのことね。確かに、確実に殺そうとしていたわ。でも、それとは別の話じゃ」
「待て、グラウンだと?」
メリアが何気なく出した名前に、マスターは過剰を思えるほどの反応を見せた。私たちがはてなを浮かべる中、マスターは一人、「なるほど、そういうことか」と納得したように呟いている。
「まあマスターは放っておくとして。メリア、俺が言いたいのはな、今回の件はグラウンさんを殺そうとしていた連中が関係していると思う、ということだ。」
「ああ、なるほどね。それなら確かに、納得がいくわ。盗賊団に襲われたのも、グラウンさんの荷馬車と勘違いしたのかもしれないわね。」
「お前たち、その推理で間違いないだろう。あいつは確かに、よく面倒事巻き込まれているからな。それで、お前たちはどこであいつと?」
マスターは旧友を懐かしむかのような言い方をしていた。
「マスター、グラウンさんと知り合いだったのね。さっき、森で森林熊に襲われていたところを、私たちが助けたのよ。」
「そうだったんだな。それで、あいつは今どこにいるのかは知っているか。」
「街に入ったところで別れたから、それは分からないわ。でも、確か中央に向かっていたわよね。」
メリアの言葉に私たちは頷く。それから何かを察知したマスターは、私が分類したままの状態で資料を片付け始めた。
「中央か。それなら話は早い。明日には報告が来るだろうから、今はその時に備えるべきだな。それで、リリィ、何を基準に分類したのかだけ聞いていいか。」
「え、えと、大きく三つに。森の異変関連のものと、盗賊団に関連するもの、それからどちらにも分けられないもの。それぞれ重要そうなものから順になってる、はず。」
「そうか、感謝する。お前たちも疲れただろう。今日はもう休むといい。代わりにと言ってはなんだが、明日は朝早くから来てもらうことになるが、構わないか。」
もちろん、と三人揃って答え、その日は解散した。
日帰りの任務だと言っていたはずの父は、その次の日になっても帰ってこなかった。