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3. 始まりの出会い



 宣言通り、リューゼはこの街一番の剣士になった。正真正銘、この街では敵なしとまで言われた私の父に勝ったのだから間違いはない。

 まあ、あの宣言から一年以上は経っているのだが、大目に見ることにしよう。初めから私の父以外は相手にすらならなかったのも事実なのだから。


 この街最強、で妥協しているのは、私たちが未だに街から出たことがないからだ。もちろん魔の森のように市街地の外に出ることはあるが、その辺りは街の冒険者協会の管轄のようになっているため、北の街の一部と言っても過言ではないだろう。

 それは私たちが子どもであったことに由来する。いくら実力があろうとも、遠征になるほどの任務はまだ任せられない、というのが協会の決定だった。それは私たちも理解していたし、異論もなかった。


 しかし、それは過去の話。この国の庶民の子は、基本的に十三歳になったら労働者とみなされる。幼い頃から働きに出ている子どもも少なからずいるが、それらはあくまで例外だ。労働に関するまともな法がない世界ではこんなものだろう。

 そして私も、この世界に来てから十三年が経過した。因みに、リューゼとメリアの誕生日は私より前だ。

 つまり、私たちが受けられる任務に制限がなくなった、ということだ。

 そういうわけで、私たちは意気込んで協会に向かったのだが、何事もそう順調には進まない。


「ごめんなさい。特に大きい依頼は入ってないんです。西の街の行商人の護衛は、リリィちゃんのお父様たちが受けてしまいましたし……今あるのはこれくらいですね。」


 受付のお姉さんに言われて、その日は大量発生した兎のような魔獣の狩りに行くことになった。

 場所はいつもと同じ魔の森。不服そうなリューゼを諫めながら向かったその場所には、思わぬ先客がいた。


 大きな木を彷彿とさせる巨体に、鋭い爪と牙。背中に生える草木は強い生命力が満ちている。熊のような見た目に相応しい、威圧的な咆哮が辺りを震わせた。


 森林熊。


 この辺りではまず見ることのない、獰猛で危険な魔獣である。

それが、どうしてこんな、街の近くに。

 一先ずは様子を見つつ作戦を立てようと、気づかれない範囲で近づいて身を潜めていたとき。


「だ、誰か、助けてくれ!」


 と、叫ぶ声が森林熊の方向から聞こえてきた。

 よく見ると、熊の正面には立派な荷馬車を背に剣を構える紳士がいた。そして、熊は今にもその紳士に跳びかかろうとしているようだ。

 策を練っている場合ではない。同じことを考えたようで、リューゼは熊の気を引きに飛び出した。


 突然の乱入者に、熊は爪を振りかぶりながら振り向いた。いや、振り向きながら斬撃を繰り出した、と言うべきか。それがリューゼに接近した瞬間を狙い、私は魔法陣型の簡易シールドを展開した。

 熊の腕が魔法陣に弾かれた隙に、メリアは熊の背にある草木に向けて魔法を放った。

森林熊の草木は周囲の魔素を吸収する。そのため軟弱な魔法は吸収されてしまうのだが、メリアの魔法が相手では話が変わる。

 加減もなく放たれた最高火力の炎魔法は、爆発を伴って熊の背の木に衝突し、瞬く間に引火した。それはもう、やりすぎだというほど。大量に発生した一酸化炭素で熊は気絶し、その炎は今にも森の木々にまで移りそうなほど燃え盛っていた。

 リューゼは慌てて熊から離れ、剣を持ったまま呆然としていた紳士を非難させていた。


「やっぱり、加減って難しいわね。ごめんねリリィ、何とかならない?」

「な、ならなくはない、けど。失敗したら、責任はとってね。」


 ここに水魔法を使える者はいない。そもそもリューゼは魔法が使えないし、メリアは論外で、私の属性は光。それで消火だなんて、難題にもほどがある。ただ、あくまで難題なのであって、不可能ではない。

 理論的には、私のシールド魔法を応用して酸素も入れない真空状態に出来れば、水がなくとも火を消せるはずだ。

 リューゼは襲われていた紳士を連れて逃げてくれたし、メリアと私の位置も問題ない。


 イメージは熊を囲うぐらいの部屋。ただし、空気を入れる隙間すら作ってはいけない。そうなると、地面にも一枚張った方が確実だろう。それなら、部屋というより箱に近い。何も通さない、硬度も十分な立方体。


 キィン、という音と共に現れた立方体の箱は、燃え盛る熊の巨体を包み込んだ。箱の中は煙が充満してしまい様子が分からないが、煙が箱から漏れていないことを見るに、きっと成功だろう。


「二人とも、無事か?」

「あ、リューゼ。こっちは大丈夫よ。そっちはどう?」

「俺も大丈夫。だけど、さっきの人、脚を怪我したみたいでな。リリィ、こっち来れるか。」

「う、うん。ちょっと待って、ね。」


 シールドを解除すると、光の粒子と煙が空高く昇っていった。轟々と燃えていた炎は消え、先程までの騒ぎが嘘のように、辺りは静まりかえっていた。


「なんとかなった、かな。」

「さっすがリリィね。」

「お前な……。ま、ともかく、こっち来てくれ。」


 リューゼの言っていた通り、紳士の脚には何かに引き裂かれたような大きな傷があった。痕を見るに、そこまで深くはなさそうだ。森林熊によるものではないのだろう。血は止まっており、傷口が固まり始めている。


「この辺、川があったよね。リューゼ、彼を運んで欲しいんだけど、いいかな。」

「任せてくれ。メリアはここ、見張っててくれよ。」

「分かったわ。」


 そうして向かった川は思っていたより近く、しかし大量の魔獣が集まっていた。


「珍しいな、こんなに集まるなんて。しかも低級の奴らばかり……。」

「それより、今は傷の洗浄を。」

「分かってる。襲っては来ないだろうが、警戒は怠るなよ。俺も見張っておくけど万が一のためにもな。」


 もちろん、と返しながら、温度を確認するため水に手を入れた。

温度はいつもと変わらない。ただ、触れたところがピリピリと痺れるような感じがした。どうやら川まで汚染されているようだ。

 仕方がないから魔法で器を作って水を掬い、浄化の魔法をかけた。毒でも呪いでも無効化する、母直伝の最上級の浄化魔法だ。原因の究明が出来ないというデメリットもあるが、今は急を要するため贅沢を言っている場合ではない。

 その水で紳士の傷口を洗い、回復魔法をかけた。


「回復魔法まで使えるのか? 君たちは一体……。」

「それはまた後で。リリィ、もう平気だな。早くメリアのところに戻るぞ。」

「うん。もう大丈夫だとは思いますが、走れそう、ですか。」

「あ、ああ。」


 道中は何事もなく、メリアと合流できたのだが。

 眼前に広がったのは、燃え盛る中級の魔獣たちと、必死に泣きついて来たメリアの姿だった。


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