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4.龍族




 馬車が見えなくなった瞬間、アキナ達四人は糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。


「なんっなのあの子! 見た感じは確かにリナたちと歳は近いけど、なんて言うか、貫禄が、まるで違うじゃない。」

「だな。というか、本当に僕たちと同じ人間か? 違うって言われた方が信じられんぞ。」

「でも、いい子だったよね。」


 クレハの言葉には皆が同意した。が、テリナはすぐに捲し立てるように言った。


「それにしても、あの仕打ちはあんまりだよ。まるで奴隷じゃない! あの話からして、リナたちの仲間になるの、リリィが望んでいたわけじゃないんでしょ。元のパーティのことを大事に思ってそうだったし。」

「さっき馬車に乗ったときも、最初に私たちを攻撃してきたときより、表情が曇ってたよね。せめて、私たちが慰めてあげられればいいけど……。」

「早く魔王を倒して、アイツを帰してやることしかできねぇだろ、オレたちには。」


重い沈黙がその答えだ。淀んだ空気を破ったのは、ユウヤだった。


「そういえばアキナ、何であんなにリリィに信頼を置いたんだ? そろそろ教えてくれていいだろ。」

「アイツ、似てるんだよ。御羽結李に。似てるというか、オレは本人だと思ってるがな。」



 御羽結李は前世のアキナたちの同級生である。そして、アキナの親友であった。ひょんなことから同じネトゲを愛する仲間だと知った二人は、何度も共にゲームをする仲になり、睡眠不足になったことも数知れず。しかし、学校で対面したときは妙によそよそしい、そんな仲だった。

 そんな二人はある出来事をきっかけに大きくすれ違うことになり、結果的にアキナは彼女に大きな傷を残すことになった。その後は何度も謝罪しようとしたが上手くいかず、一言も交わすことのないまま生涯を終えてしまった。転生した今も、アキナはこの件を引きずっている。


 リリィという少女は、かつての親友、御羽結李にそっくりなのだ。聡明で冷静さを欠かない、基本的になんでも器用に完璧にこなすくせに、人間関係だけはどうしても不器用。運動も苦手だったかもしれない。

 似ている点は性格だけではない。姿もアキナの記憶にある彼女をそのまま映し出したかのようだった。前と同じ長い前髪で分かりにくいが、光に透けるような色素の薄い灰色の瞳も、整った顔立ちも彼女のまま。茶色に近かった黒髪はホワイトゴールドに変わっているが、彼女の儚い雰囲気を際立てているだけで、違和感なんてものはまるでない。

 あんなに大切の思っていた彼女を、一度死んだぐらいで忘れるはずがない。リリィは、どこを取っても「御羽結李」そのものであった。



「違う!」


 アキナの仮説に対し、テリナは思わずといった様子で声を上げた。


「リリィがあの子と同一人物だなんて、そんなわけない!」

「そうだよ、もしそうなら、私たちに協力する理由がないはず。」

「おい、オレが間違えると思ってんのか?」

「さあな。本人に確認すんのが手っ取り早いだろ。後で聞いてみようぜ。」


 話は終わりだとばかりにユウヤは立ち上がり、ひらりと手を振って黒耀龍の解体をしようと龍の亡骸に近づいた。


「ん? アキナ、ちょっと来てくれ。」


 勝手に会話を切り上げたくせに、都合のいい奴め。心の内でそんな悪態をつきつつ、アキナはユウヤの呼びかけに応じた。


「ここ、項の宝石みてぇなやつ、リリィが砕いてたよな。」

「ああ、確かに。つか、こんな色だったか?」


 ユウヤが示した龍の項には、確かに琥珀色に輝く石があった。アキナは一戦目の龍のことを思い起こす。


「一体目のとき、オレが狙ったのもここだったはずだ。もっと、呪われてそうな見た目だったけどな。」

「個体によって違う、とかか?」


 足場がぐらりと揺らいだのはその時だった。


「人の子よ、そこに乗られているとどうにも落ち着かぬ。せめて背中にしてくれないか?」

「え、わ、分かった。」


 突然聞こえた穏やかな声に戸惑いながらも、アキナとユウヤは声に従い移動した。


「いや、何で律儀に移動してるの。降りてきなさいよ。」

「これって、リリィが失敗してたってこと? それか、分かってて私たちを残したって可能性もある?」

「後者であろうな。あの娘、律儀に傷の回復までしてくれたのだから。流石は我らの弟子だな。」


 混乱しながらも疑問を口にしたクレハに対し、龍は律儀に返答しながら感慨深げに空を見上げていた。


「弟子って?」

「そのままの意味だ。あの娘、リリィは我らの長の恩人であってな、その縁で、あの娘らの修行を手伝ったのだ。」

「リリィと、他にもいたの?」

「ああ。リリィの友人で、最高の仲間だと言っていたな。我らから見ても、あやつらは良いパーティであった。して、そなたらはリリィとどのような関係なのだ?」

「私たちは……仲間、だよ。リリィは、私たちの大事な仲間。」


 龍がクレハと話しているうちに、アキナとユウヤは龍の背から降りた。そして、リリィを仲間だと言い切ったクレハに同調する。

 だが、それを見た龍は首を傾けた。


「そうなのか? それにしては、そなたらはかなり劣っているように見えるが。」

「……それは、どういう意味で言ってるの?」

「戦闘能力の話だが。あの娘ら、我らの弟子は、各々が我ら黒耀龍を凌ぐ力を有しているからな。そなたらでは比較にもならぬ。」

「それだけなら、問題ないと思う。今からリリィに追い付こうとしても、遅くはないでしょ?」

「ふむ、それもそうだな。そなた、なかなか良い気概があるではないか。名はなんという。」

「え、名前? 私はクレハ。クレハ・ウェスペ。」

「クレハか。良い名だ。」


 のそりと立ち上がった龍は威厳に満ちた咆哮を上げた。その声に威圧感はなく、祝福の意が込められているのだとアキナは悟った。クレハの能力値の上昇がその証拠だ。


「これは?」

「我からのギフトだ。クレハ、そなたの成長を祈り、我の力を分けよう。受け取ってくれるか?」

「もちろん。でも、どうして?」

「なに、大したことではない。我がクレハを気に入ったから、それだけだ。」

「そっか。ありがとう、えっと、あなたの名前は?」

「我らに個体名はない。だが、そうだな。クレハ、そなたが付けてくれ。」

「私が? ええっと、ちょっと待って。」


 無茶振りとも言える龍の思い付きに、クレハは困惑しつつも真剣に考えていた。


「決めた。あなたの名前は、クラウス。」

「ほう、クラウスか。気に入った。我は今日からクラウスだ。」

「アンタ、クレハに名前もらって浮かれてんのか? 龍のくせに。」

「人の子よ。愛しい者からの贈り物を受け取り、嬉しく思うのに種族なぞ関係ないだろう?」


 「愛しい」という言葉に、クレハを除く三人は少し警戒したが、クラウスの名を冠した龍は気にせずクレハを見つめる。そして、ゆっくりと目を閉じた。

 次の瞬間、クラウスの全身から煙が上がり、馬車の何倍もあった体はどんどんと縮んでいく。煙が晴れた先に現れたのは、艶やかな黒髪が特徴的な、齢十歳ほどの少年だった。

 少年は琥珀色の瞳を二、三度瞬かせ、嬉しそうにクレハに抱きついた。


「クレハ!」

「クラウス、だよね?」

「そうだ。クレハが名を授けてくれたおかげで、我の力も増加し、人の形に変化できるようになった。これならどこまでも一緒に行けるだろう?」

「一緒に……。もしかして、私たちについて来るの?」

「当たり前だろう、我らは魂で繋がっているのだから。安心しろ、クレハのことは我が守ってやる。ついでにそこの人の子らもな。」


 クラウスは胸を張って言うが、今の姿では虚勢を張っているようにしか見えない。その様はとても可愛らしいが、正体が龍であることに変わりはない。

 アキナはひっそりと魔法でステータスを鑑定し、その数値に目をむいた。


「む。そこの赤髪、名は?」

「オレか? オレはアキナだ。」

「アキナ。今、我のことを鑑定したな。」


 幼い姿であっても、伝説級の龍の威圧は変わらない。光る金色の目を細めた様に、アキナの身体は緊張した。が、クラウスの表情はすぐに緩いものへと変化した。


「どうだ、我のステータスは。素晴らしい数値になったのではないか?」

「え、ああ、そうだな。信じらんねぇぐらいだ。」

「そうだろうとも。これもクレハのおかげだな。これならリリィにも勝てるかもしれん。」

「クラウス、リリィに勝ちたいの?」

「リリィは長の弟子の中では、個人戦なら、最弱だからな。我の目標はリューゼという、リリィの友人の剣士だ。」


 虚空を見つめ、クラウスは懐かしむように言っていた。かと思えば、すぐにアキナに向き直った。


「アキナ、リリィのステータスは鑑定したのか?」

「してはみたんだが、どうにも数値が変だったんだ。」

「変、とは?」

「妙に低いんだ。オレたちの半分に以下。ま、アイツのことだから、適当に書き換えたりしてんだろ。」


 アキナが見たのは、生まれつきの才能と本人が積んだ努力で身に着けた能力が合計され、数値として示される、所謂ステータスというもの。筋力、魔素量、知能、魔素の属性と、各々の魂に刻まれた特殊な能力が表示される。ちなみに、アキナの特殊能力は「剣聖」、テリナは「炎蛇の記憶」、クレハは「精霊の導き」、ユウヤは「水龍の加護」である。


「気になるのはリリィの特殊能力のところだな。「女神の呪い」って、クラウスは知ってるか?」

「なるほど、「女神の呪い」か。長から聞いておる。アキナ、そなたの見たステータスは書き換えられてなどおらぬ。」


 クラウスは愉快そうに笑った。対してアキナは困惑を隠しきれない。


「それじゃあ、リリィはあの魔法を、33しかない魔素で使ってるってことか?」

「少し違うな。あの娘の使う魔法は一般的なものとは違う。戦闘を経てよく分かったのだが、あの娘、我の体内の魔素で治癒魔法を使いよった。」

「そんなことが出来るの? でも確かに、リナに空気中の魔素を使う方法は教えてくれたけど……。」

「それの応用だな。あんな方法で回復など正気の沙汰とは思えぬが、そのおかげで助かったのも確かだ。」


 穏やかに微笑み、目を伏せたクラウス。それを見てあることを想いだしたユウヤは、「そういえば」と前置きして問いかけた。


「アンタ、最初は僕たちに襲い掛かってきただろ。雰囲気も全然違うし、何があったんだ?」

「そなた、なかなか鋭いではないか。あれは呪いのせいだ。我らを狂暴化させるための呪いだとは思うが、術者も目的も分からぬ。」

「呪いって、クラウス、大丈夫なの?」

「リリィのおかげでな。クレハ、我を案じてくれて感謝するぞ。」


 その時、ユウヤの耳に車輪の音が聞こえた。聞き覚えのある音からして、グラウンのもので間違いないだろう。


「迎えが来たな。あとの話は、リリィを交えてからにしようぜ。」

「待って。クラウスはどうするの?」

「……考えて、なかったな。」



 グラウンと合流するまで、あと数秒。







◇◆◇◆◇








「リリィ、我を救ってくれて、感謝しているぞ。」

「い、いえ、むしろ、あんな方法になってしまって、申し訳ないです。」


 なんの策を練る間もなく合流したグラウンに対し、アキナは名前のやり取りを除いて正直に事情を話した。その後の話し合いを経て、魔王討伐のメンバーに加えることはできないが、リリィと会って話をすることは認められた。

 現在地は王城の城門前。約束していたカフェに向かいながらクラウスとリリィは対話していた。口頭ではなく、思念で。


『それより、「先生」の予想は当たっていましたか?』

『おそらくな。術者の姿は見えなかったが、あれは確かに『白』の力の片鱗だった。』

『なるほど。あなたは、里に戻りますよね。「先生」には予定通りだとお伝えください。』

『了承した。』


 断片的な情報交換を終えると、今度は口頭で、勇者たちとのやり取りについて共有し始めた。


「まず、その姿は……。」

「クレハと契約したのだ。」

「契約。」

「え、契約ってなんのこと?」


 クラウスは得意げに言ったが、クレハははてなを浮かべた。それを見たリリィは、クラウスが大した説明をしないまま契約を結んだことを察したが、無言でクラウスに発言を促した。


「名前の交換をしただろう。クレハが我に名を授けた故、我はクレハの眷属となった。」

「眷属?」

「ああ。どれだけ離れていても、我はクレハの一部。同行せずとも、呼ばれたらいつでも駆けつけ、力になろうぞ。」

「私、なんてことを……。」


 にこやかに言ったクラウスとは対照的に、クレハは絶望の表情を浮かべた。リリィは呆れて溜め息を溢しながらも、クラウスの説明に補足をした。


「龍は本来、主を定めて付き従うもの。クレハちゃん、あんまり気負わないでください。」

「リリィの言う通りだ。クレハ、何も気にすることはない。非常時に呼べる存在が増えた、という認識で構わぬ。」

「非常時に呼べる存在なんて、そもそも人間には存在しませんが。」

「細かいことは良いだろう。我はそろそろ帰らねばならぬ。そろそろ姿を保てなくなる頃合いだ。」

「クラウス、会いたくなったら呼んでいいの?」

「クレハからの呼び出しなら、喜んで参ろう。ではな。」


 クラウスは焦ったように駆け出し、街の外へと向かって行った。


「行っちゃったね。」

「龍はマイペースなので、許してあげてください。」

「マイペースで済ませていいのか?」



 そうこうしているうちに、目的のカフェに辿り着いた。

 アフタヌーンティーには丁度いい時間であるためか、店内は多くの人で賑わっている。とはいえ、広い店内にはいくつかの空席も見られた。

 アキナたちが通されたのは店内の奥、西側にある大きな窓に面した席。半個室になっている、明らかに貴族のために誂えられたものであった。


「ここ、リナたちが使っていいの?」

「もちろんです。勇者様となれば上流階級のお方と同等、むしろそれ以上の待遇をしてもいいぐらいだと、店長も言っていたので。今日は他にご予約もありませんし、どうぞごゆっくりお過ごしください。」


 にこやかに話していたウエイトレスは、美しいお辞儀をして仕事に戻っていった。


「リリィ、甘いものは好き? ここのケーキはどれも美味しいから、食べてみて欲しいんだ。」

「甘味は好き、ですが。あまり詳しくないので、クレハちゃんのおすすめ、聞いてもいい、ですか?」

「ちょっと、リナも混ぜてよ。」


 クレハとテリナの勢いに気圧されつつも、穏やかに顔を綻ばせるリリィ。その細い首に鎮座する頑丈な首輪は、変わらず存在感を放っている。


「そんなに気になんのか? あの子のこと。」

「なんで」

「分かったかって? 見すぎなんだよ、リリィのこと。そんな気になるんなら、聞いてみりゃいいじゃねえか。」


 前の女子たちに気づかれまいと、リリィに不躾な視線を送り続けるアキナに対し、ユウヤは声を潜めて言った。


「いや、止めとく。アイツが今の関係を望むなら、オレはそれを尊重したい。」

「そうか。……その言葉、忘れんじゃねえぞ。」


 難儀な奴め、と心中で悪態を吐き、ユウヤは注文を伝えるために店員を呼んだ。





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