3. 聖女
「リリィ殿、ご説明を。」
リリィの送迎をしていたグラウンは、突然馬車を飛び降りて行ったリリィに漸く追いついたかと思えば、その場の状況に絶句した。そして、咄嗟に出たのはリリィに現状報告を求める言葉だった。
「え、えと、勇者様御一行が見えましたので、少し、お手並みを拝見しようかと。それで、黒耀龍が現れました。」
「……アキナ殿も、城で待つように言っていたはずだが。」
「身体、動かさないと、鈍っちまいそうで。オレたちはいつも通り手合わせしてただけだ。他は何も」
「全て、わたしの勝手な行動なので、彼の言うことは間違ってません。」
アキナの弁明を遮ったリリィに、グラウンは溜め息を吐いた。彼らの言っていることはおそらく正しい。しかし、問題はそこではないのだ。
「まずはアキナ殿。身体を動かすだけなら王城の訓練場で事足りるはずだが、そのあたりは?」
「教会と騎士団の奴らがうるせぇんだ。大剣は邪道だとか、弓は弱者が使うものだとか、オレの大事な仲間を貶してくるし。この前は炎魔法なんて野蛮人みたいだ、なんて言ってきたんだ。あんな奴らがいる所で、鍛錬なんかできねぇよ。約束した時間までには戻るつもりだったし、問題ないはずだろ。」
「どうして更なる問題が出てくるんだ……。まあ、アキナ殿の方はまだいい。リリィ殿、君は、どうしてこんな奇行に出たんだ。」
「き、奇行? そんなつもりは……。」
「これから仲間になる人たちに奇襲をかけるのは奇行でないと? しかも、無謀にも黒耀龍に挑むとは、本当に何を考えているんだ。」
奇行だ、と賛同する声は勇者たちの方からも聞こえてくる。気まずそうに視線を逸らした後、リリィは渋々という感じで話し始めた。
「相手を知るには、剣を交えるのが一番だって、リューゼが言っていたんです。メリアも最初に牽制することは大事だと言っていたし……。だから、試してみようと、思いまして。黒耀龍は、倒せる自信があったので、無謀ではない、はずです。こうして、怪我もなく、みんな無事なので。」
グラウンはもう一度大きな溜め息を溢した。
思い返してみれば、リリィが元々組んでいたパーティは信じられないほどの実力を有していたが、同時にわけの解らない作戦を実行していた。それが功を奏し、数々の功績を残していたのも事実だ。だが、その常人には理解できない作戦を立てていたのは他の二人のどちらかだと思っていた。彼らはよく、どこで得たのか分からない過激な発想をしていたから。
しかし、よく考えてみれば、そのパーティの指揮を執っていたのは他でもないリリィだ。もちろん、その優れた指揮ができる能力と実力を買って勧誘したのだが。
「誤算だったか……?」
「彼女の言う通りだよ。こうして無事に倒せたんだし、もしリナたちが逃げていたら街も大変なことになっていたじゃない。」
「テリナ殿、分かっているのか? 貴殿たちは国の希望を背負う勇者。確かに結果としては無事だったからよかったものの、もし何かあったら取り返しのつかないことになっていたんだぞ。」
彼らは皆、この年頃の少年少女としては能力も精神も成熟していると思っていたのだが、やんちゃな部分は変わらないようだ。グラウンの気苦労は今日も絶えない。
「はあ、この件についてはもういい。とりあえず、彼女の紹介がまだだったな。彼女が例の聖女。」
「り、リリィ・ウィンズと、申します。」
「反対意見は聞けないからな。魔王を倒すまでは共に過ごしてもらう。頼むから、仲良くしてくれよ。」
いいな、ともう一度念を押して、グラウンは何とか仕事を終えられたことに安堵した。後は若い衆で何とかするだろうと、グラウンは黒耀龍の解体をしようとした。
「ま、待ってください。話が、違います。対面を済ませたら、辞退していいと」
「ああ、そのことか。あれは嘘だ。君にもう拒否権はない。」
「どうして。」
「そうしないと、君はあの場所を離れなかっただろう? そんなことより、自己紹介が途中だろう。私は黒耀龍の解体をするから、君は仲間と交流してきてくれ。」
「そんな、こと……。」
打ちひしがれるリリィをそのままに、グラウンはその場を離れた。
「よろしくね。本名はテリナだけど、リナって呼んで。」
「私も、クレハでいいよ。これからよろしく。」
「僕はユウヤ。好きに呼んでくれ。な、テリナって今はこんな感じだけど、ついさっきまで、新メンバーなんて必要ない、なんて言ってたんだぜ。」
「ちょっとユウヤ! 余計なこと言わないでよ、今はそんなこと思ってないから。」
「どうだかな。ま、心配は杞憂だったみたいで安心したよ。」
合流前とは打って変わり、皆がリリィを歓迎するムードを作った。いきなり攻撃を仕掛けてきたことは置いておき、共闘を経て各々が信頼できると判断したのだ。
「あ、よ、よろしくお願いします。わたしのことは、リリィと、お呼びください。」
皆が簡単な交流をする中、勇者アキナは会話に加わらず、未だにリリィの観察を続けていた。彼は元から口数が多い方ではなかったが、一言も発していないのは珍しい。アキナをよく知る三人は、そのことを不思議に思いつつも、まあ何かあったんだろう程度に考え、放っておいていた。
が、突然何かに気がついたかのようにリリィの右腕を掴んだ。
「お前、何しようとしてんだ。」
リリィの右手には、確かに光魔法で作られた短剣があった。しかし、それは他の人に目視される前に、光の粒子となって消えていく。
「な、なんのこと、でしょうか。」
「今、物騒なこと考えてたろ。右手に武器を用意してたの、オレが見逃すとでも思ってたのか。」
「……怪我、したくなければ、離してください。」
「何をするつもりだ。」
「少し眠ってもらうだけです。わたしは、早く、帰らないといけないので。」
「ふむ、それは困るな。」
突如聞こえた背後からの声に驚く間もなく、リリィの首元には重みが付加されていた。リリィが首に手を当てると、冷たい金属の感触があった。
「アキナ殿、感謝する。君がリリィ殿の気を引いてくれたおかげで、手間が省けた。」
「何をしたんだ?」
「すぐに分かる。」
「あの、これ、外していただけませんか?わたし、筋力がないので、この重さは、かなりキツイのですが。」
「無理な話だな。君なら簡単に壊せるんじゃないか?」
「……分かりました。」
意を決めたように呟き、リリィはユウヤの方を向いた。
「ユウヤ君、その短刀、お借りしても?」
「僕のを使うのか? 別に構わないが。」
「ありがとうございます。」
ユウヤは短刀を軽く投げて渡し、受け取ったリリィはその勢いを加速させ、躊躇いなく金属製の首輪に打ち付けた。
耳障りな音が鳴り、短刀は宙に舞う。傷が付いたのは、首輪でなく短刀の方だ。
リリィはそれを予想していたようで、小さく息をついた。かと思えば、違和感があったのか、首に両手を当てた。
「っ、ぐぁ」
リリィは小さく呻き、その場に蹲った。勇者たち四人が困惑する中、グラウンはリリィの様子を観察している。
「君のような人にも有効的とはな。いい結果を得られた。」
「ね、ねぇ、リリィに何をしたの?」
「なに、隷属の首輪を着けただけだ。」
「隷属の首輪? 初めて聞くが……。」
「君たちは触れる機会がなかったか。これは本来、奴隷の証として使われるもので、害はない。だが、リリィ殿に着けたものは魔族にも対応できる私の特性版でな。反抗が見られると全身を蝕む薬品が投入されるんだ。」
悶えたままのリリィと、リリィへの対応に絶句した勇者たちをおいて、グラウンは淡々と説明を続ける。
「この薬品が優れものでな。投入されて数分は絶大な苦痛を与えるが、身体への害は全くないんだ。依存性や後遺症もない。元は拷問のために開発されたんだがな。」
「絶大な苦痛って、どんな感じなんだ?」
「簡単に言うと、全身から水分が噴き出ていく感じか? 私も体験したんだが、どんな苦しみか理解する余裕もなかった、それぐらいのものだ。あの首輪には薬に加え、少し収縮するよう設計してある。もちろん、後が残らない程度だが、気道を圧迫する効果はある。……ああ、後遺症は残らないと言ったが、精神的なものは残るかもしれないな。」
そこまで言うと、グラウンはゆっくりとリリィに近づいた。
「そろそろ効果が切れる頃か。予定より遅れてしまったが、国王陛下への謁見には間に合いそうだな。ほら、早く準備してくれ。それをもう一度味わいたいのなら、そのままでも構わないが。」
グラウンは温度のない声で言い、馬車に戻った。
リリィは何度か呼吸を繰り返し、荒い息のままふらりと立ち上がる。そのまま何歩か歩いたところで、また辛そうにしゃがみこんだ。
「お、おい、大丈夫か?」
アキナが駆け寄ると、他の三人も続いてリリィの介抱をしようと集まった。リリィが身体の不調から座り込んだ訳ではないと気付いたのはその時だ。
「すみません。これ、ありがとうございました。……とても、いい代物ですね。」
「ああ、ありがとう。ってそうじゃないだろ。アンタ、体は大丈夫なんか?」
「ご心配なく。グラウンさんの言っていた通り、本当に害はないみたいなので。」
リリィは何事もなかったかのように立ち上がり、グラウンの待つ馬車の方へ歩いて行った。荒かった彼女の呼吸は、いつの間にか落ち着いていた。
異変が起きたのはその時。デジャヴのように、頭上から莫大な魔素の気配が迫った。先程と違ったのはリリィの行動。今度は瞬時に槍を生成し、頭上へ飛ばした。空から迫っていた魔力弾は、地上に影響を及ぼすこともなく霧散した。
その先に現れたのは、先の個体より一回り大きい黒耀龍の姿。
「もう一体!? グラウンさん、リナたちに、戦闘の許可をちょうだい。」
「駄目だ。最強の種と二度も連続で戦闘できるほど、君たちの実力は追い付いていないだろう。」
「でも、それじゃあ王都が危ないでしょ。リリィもいるし、私たちでも足止めぐらいは……。」
「どうしても危ねえようなら逃げるから、安心しろって。なあアキナ。」
テリナに続き、クレハとユウヤが戦意を見せる中、アキナは話を振られたことにも気づかず、ただリリィを見ていた。
天を舞う龍を観察したリリィは、視線をグラウンと三人の勇者に移し、アキナと目を合わせると、整った顔に微笑みを浮かべた。
「リリィ、お前……。」
アキナが何か言う前に、リリィは首を縦に振って肯定した。アキナの考えを見通しているかのように。それから行動に移すまで、時間はかからなかった。
リリィは魔法陣を生成し、そこに足をかけた。その流れで階段を作って登っていく。龍に接近するまで、それほどの時間はかからなかった。
「お前ら、下がってろ。リリィの邪魔になるぞ。」
「何のつもりだ。あれは龍種の中でも最強なのだぞ? アキナ殿、どうして止めなかったんだ。」
「アイツがやるって言ったから、だな。心配ないだろ。」
「アキナ、どうしてそんな、リリィのこと信頼してるの? 私たち、まだ彼女と会ったばかりだよね。」
「それは後でいいだろ。今はリリィを信じろ。」
龍に接近したリリィは、アキナが皆を避難させたことを確認し、龍の気を引くために軽く魔素弾をぶつけた。龍の項には、予想通りと言うべきか、禍々しく光る石がはめ込まれている。
「すぐ、楽にするから。」
最初にリリィが使ったのは、最上級の回復魔法。あの石の効果、龍を狂暴化させる呪いを減らすには解呪魔法より効率的だと判断してのことだ。事実、龍の体からは闇色の煙が登り、苦しそうな呻き声が漏れている。
とはいえ、大人しくやられるだけの龍ではない。鋭い爪をリリィに向け、思い切り振りかぶった。リリィはシールドを展開し、それを防ぐ。
「やっぱり、かなり弱っていますね。」
回復魔法をかける手は止めず、リリィはさらに接近し、龍の背に乗る。そこで呪いの解呪は止め、咄嗟に作った短剣を羽の付け根に突き刺した。
痛みに喘ぐ龍の咆哮は、それだけで村一つ吹き飛ばせるのではないかと思わせるほどの力がある。それを間近で浴びながら、リリィは短剣を引いて翼を引き裂いた。反対の翼も、同じように切り裂く。
痛みに耐えきれなくなった龍は、重力に逆らうことが出来ず、地面へ一直線に落ちて行った。リリィをその背に乗せたまま。
凄まじい勢いで巨体がぶつかった地面は抉れ、砂嵐を想起させるほどの土煙を上げた。
「知っていますか? 龍種は強い。黒耀龍は、その中でも格別。」
砂埃の中、リリィは誰に言うでもなく呟く。困惑した他の面々は気にせず、リリィは続ける。その言葉には、真意の読めない感情が、確かに込められていた。
「強いけれど、“最強”ではない。」
砂埃の奥にアキナが見たのは、懐に忍ばせた短剣を抜き取り、龍の項に突き立てるリリィの姿だった。石を砕かれた龍は苦し気な咆哮を上げながら息絶える。リリィが単騎での黒耀龍討伐をいとも簡単にやってのけたと一同が気づいたのは、その時だった。
「みなさん、お怪我はありませんか。あ、アキナ君、みんなの誘導、ありがとうございました。」
「リナたちは大丈夫。だけど、リリィは平気なの?」
「わ、たし? わたしは、特になにも。そんなことより、グラウンさん、時間はまだ、大丈夫ですか。」
自分のことを一蹴してまで時間を気にしたリリィに困惑しつつ、グラウンは懐中時計を確認した。
「あ、ああ。何とかなりそうだ。君のおかげでな。無茶をするなと言ったばかりだが、今回ばかりは感謝しよう。」
グラウンとリリィが馬車の方に向かい、アキナたち四人も慌ててそれに続く。グラウンが思い出したかのようにアキナへ振り返ったのは、龍の亡骸の横を通ったときだった。
「そういえば、荷車はもう満杯なんだ。アキナ殿、私がリリィ殿を送り、ここへ戻ってくるまで、解体と見張りをしていてくれないか?」
「分かった。ただ、こいつらも一緒でいいか?」
「勿論。では、頼んだぞ。」
グラウンは手綱を握り、リリィは荷車に登る。出発の準備が整ったところで、テリナが真っ先にリリィの名を呼んだ。
「リリィ、また後でね。」
「王都に、いい感じのカフェがあるんだ。用事が終わったら、一緒に来てくれる?」
「もちろん、だよ、クレハちゃん。楽しみに、してるね。」
「本当? 約束だよ。」
馬車が動き出してからも、しばらくは手を振り合っていた。




