2. 共闘
アキナの「作戦開始」の声で、まずはクレハが黒耀龍に向かった。少女が張っていた防壁を消したのも同じタイミングだ。
接近するクレハに気がついた龍は、即座に鋭く光る爪を振り下ろした。正確にクレハの上に下ろされた斬撃は、キィン、と耳障りな音を響かせ、魔法陣に弾かれた。おそらく、少女が張った簡易シールドというものだろう。鋭い一撃をいとも簡単に弾いたそれは、果たして簡易シールドと言えるのか。そんな疑問が浮かんだものの、少女が大丈夫だと言っていた意味を理解したクレハは、それまでよりも明らかに落ち着いていた。
そして、まずは一撃、巨体の中心である腹部に斬撃を入れた。が、厚い鱗が簡単にそれを弾き、傷一つ付けられていなかった。さっき聞いた話によれば斬撃は通るはずだ。だが、確かにあの少女は鱗が並みの硬さでないことも言っていた。
並じゃない。確かに並じゃない。
クレハは自分の大剣を見て、刃毀れが起きていないことを確認した。クレハの大剣は“大切な人”から譲り受けた特別なものだ。鋼鉄の奇跡亀の甲羅をも砕き、切り裂くことのできる代物。アキナと手合わせをするときは土魔法でコーティングして切れ味を封印しているが、今は違う。そんな代物をもってしても傷一つ付かない。
それを、“並じゃない”だって?
迷うそぶりも見せず、淡々と指示を出していた少女を思い出す。冷静に、とんだ無茶なことを言っていた少女は、それでいて負けることなんて微塵も考えていなかった。
全く、とんだ化け物に命を預けてしまった。でも、どうしてだろう。こんなにも心が躍る。
クレハは薄らと笑みを浮かべ、龍の巨体に跳びかかった。いつもより心も身体も軽い。負けるイメージなんて、全く持って浮かばなかった。
林の中といえど、ここは平な土地ではない。川から少し離れたところには、龍が降り立った草原が見渡せる高台のような場所がある。指示を出していた少女も見える位置だと気付いていたため、魔法を撃つ場所として陣取った。
ここからは大剣を振るうクレハの姿がよく見える。その周辺には、龍の攻撃に合わせて小さな魔法陣が現れては消えてゆく。少女が言っていた「攻撃は気にしなくていい」とはあれのことだったのかと、テリナは魔法を打ち込みながら納得した。ユウヤとテリナにかけていたのも同じ類の魔法なのだろう。光属性の魔法のようだが、他の属性でもできるのだろうか。少し興味を引かれたが、今はそれより自分の役割をこなすことにした。
とは言ったものの、高威力の魔法を何度撃ち込んでも、手ごたえは全くないまま。足元に土煙ができるだけで龍に見向きもされていない。それでも何か策があってのことだと信じているが、こちらの魔素が尽きる方が早かった。
次が、最後の一発になる。
「『我が手に集いて、敵地で爆ぜろ。全てを蹂躙せし焔よ!』」
一番の力を込めて放ったつもりだが、やはり変わらず手ごたえはない。
少女の方を見ると、銅鑼と同じくらいの大きさの魔法陣を展開させ、クレハを見据えながら操作していた。テリナの魔法が止んだからか、少女はこちらに視線を向けた。
「ごめん、もう魔素が……!」
必死に声を張ったが激しい戦闘音に掻き消されてしまった。かと思ったが、しっかりと伝わっていたらしい。少女は手招きをしてテリナに急いで来るよう伝えた。
最短ルートを考え、木を伝いながら高台から飛び降りる。
「ピンクの瓶、魔素回復のポーションです。焦らず、まずは飲んでください。」
声の届く距離に近づくやいなや、少女は腰に付いている小瓶をアピールして言った。短く感謝を伝えたテリナは、小気味よい音を鳴らしてコルクを抜き、一気に中身を飲み干した。ポーション自体は初めてではないが、優しい甘さが随分と美味しく感じた。その間も少女は魔法陣を操作する手は止めない。何をしているのか気になったが、それは一旦ポーションと共に飲み込んだ。
「これじゃあキリがないよ。」
「大丈夫。少し、目を閉じて、わたしの声に集中してください。いい、ですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
少女は穏やかに、されど力強く語った。それはまるで、吟遊詩人が詩を詠むかのように。
「想像してください。あなたの炎は、打ち上げ花火のように美しく、そして鮮烈。でも、どんな爆弾にも劣らない強さもある。森の魔素も、精霊も、もっとあなたの花火が見たいと強請っている。きっと、力を貸してくれるはず。」
少女の言葉を反芻し、想像を膨らませる。花火のように鮮烈で、どんな爆弾にも劣らない。森も精霊も、周りの環境すべてが味方。
手を前にかざすと、パチ、と火花が咲いた音がした。
「ゆっくり、目を開けてください。」
開けた視界に飛び込んできたのは、熱烈に爆ぜる『火炎球』。先程まで撃ち込んでいたものと同じ魔法であるはずだが、見た目も孕んでいる魔素の量も明らかに違っていた。それなのに、体内から消費されるはずの魔素は、全く減った心地がしない。
「こ、れは……。」
「想像力を高めて威力を上げて、森の魔素を拝借して消費する魔素を抑えたんです。上手く説明できたか不安でしたが、なんとなく、分かったみたいですね。」
「うん、ありがとう。もうひと踏ん張り、リナも頑張るよ。」
先のポイントに戻る最中も、少女が言っていたイメージ象を心の中でリピートしていた。それから、先程の魔法を思い描いて、感覚を忘れないように。
この世界に転生してから、魔法を撃つことは多々あった。けれど、ここまで“魔法を撃った”と実感したのは初めてのことだった。こんな緊急の場面で言っている場合ではないと分かっているが、魔法とはなんて面白いものなのだろうと思ってしまった。
激しい戦闘音が響いていた戦場に、大きな爆発音が加わった。どうやらテリナの魔法の威力が上がったようだ。それも、一目で分かるほど格段に。
「すげぇな。あの短時間で何したんだ。」
テリナとは対角線になる位置の木の上から現場を観察していたユウヤは、突如として成長したテリナの魔法を見て思わず感嘆の声を上げた。魔素が切れて少女のもとに行ったのは確認できたが、一体何をしていたのだろう。疑問はあるが、今は自分の仕事に集中せねば。
それにしても、巨竜の力には圧倒される。言われた通りに弓を射てはいるが、状況の進展は全く見られない。あの巨体からは想像もできない素早さを持っていて狙い通りに当たらないのもそうだが、弓が当たった鱗には傷どころかダメージが入った様子もない。
もしかして、このままでは役立たずになってしまうのではなかろうか。
焦りが浮かび始めたその時、巨竜が深く息を吸い込んだ。ブレスの構えだと、直感的に認識した。
──ブレスがある程度の大きさになったら、魔素を込めて弓を撃ってください。
少女の言葉が脳を過る。了承したものの、魔素を込めるとはどういうことなのか、いまいちよく分かっていなかった。
魔素を込める、ってどうすればいいんだ。魔法とは違う? あの少女には伝えていなかったが、僕はあまり魔法が得意じゃない。相手に命中するどころか、暴発して自分でダメージを受けることだってある。
悩んでいる間も、戦況は待ってくれない。いつの間にか、巨竜の口内には大きな魔力の塊が生成されていた。それはつまり、もう残された時間はないということだ。
「間違ってても文句言うなよ!」
意を決し、誰に言うでもなく叫ぶと、ユウヤは一筋の矢を放った。ありったけの魔素、というより力を込めて。その矢微かに青い光を纏っていた。
ユウヤの撃った矢は巨竜の口内に飛び込み、完成間際だった魔素の塊に直撃した。瞬間、周囲を震わす轟音が鳴り響き、暴風が吹き荒れた。高温になった巨竜のブレスと、水を司るユウヤの魔素が衝突し、大爆発が起きたのだ。
「これで成功、なのか……?」
何とか態勢を保ちながら、また誰に言うでもなく呟く。剣がぶつかる音はまだ聞こえるため、戦闘が終わったわけではないのだろう。ただ、ユウヤが少女から受けた指令の一つは成功したと言える。その証拠と言っていいのかは定かでないが、巨竜の動きが鈍くなっているのが確認できた。
「もうひと踏ん張り、ってところか。」
黒耀龍は基本的に群れで生活する。加えて彼らは気高く、そして温厚な生き物だ。こうして一頭でいることも、街を破壊せんとすることも普通であればありえない。少女、リリィも黒耀龍との殺し合いは初めてだった。しかし、戦いの経験はある。だからこそ、その能力と脅威的な力は知っていたのだが。
それにしても、とリリィは考える。まさか、三人でここまでやれるとは思っていなかった。グラウンさんが言っていた通り、本当に良いメンバーが揃っているようだ。しかし、決定打となるものが今の時点では欠けている。司令塔がいない、というのも先の戦闘で確認した。
黒耀龍との戦闘が開始してから、リリィは勇者パーティのことを観察していた。クレハから目を離すことなく、できる範囲のことであったが。
魔法使いの女の子。名前はおそらくテリナ。きっと今の司令はあの子なのだろう。今の時点では、彼女が一番“勇者”の名に相応しい。黒耀龍と対面したときも、真っ先に戦う意欲を見せてきたのも彼女だったし、他の三人の意識を高めたのもおそらく彼女だ。それに、先程も少し教えただけで魔素の扱いを掴めていたあたり、センスも突出しているのだろう。彼女が世界最強の魔法使いと呼ばれる日はそう遠くないのかもしれない。
大剣使いの子は少し奥手なところがありそうだ。確か、クレハと呼ばれていた。技術はまだ拙い部分が見受けられるし、頭に身体が追い付いていないようにも見えた。しかし、努力の形跡ははっきりと分かる。問題は自信の欠如と積極性だろうか。であれば、時間と経験で解決できることも多いはずだ。
ユウヤ、といったか。弓使いの彼には目を見張る要素が多い。射撃の精度は高いし、ある程度であれば魔法も使える。ただ、頭の方はまだ追い付いていないようだ。魔法への理解が深まれば、強力な遠距離攻撃の使い手になれるだろう。それに、先の移動の際には木々の上を飛び移って移動するほどの身体能力の高さを見せていたし、瞬発力もあるようだから近距離戦もできそうだ。
あとは……。
「これ、オレいなくてもいいんじゃないか?」
「本気ですか……?」
「んなわけねぇだろ。ただ、あんなラスボスみたいな奴を相手にするなんて、正気だとは思えないだけだ。オレたちで敵う相手なんかじゃない。でも、こうして見てると、オレがいない状態でも勝てるんじゃないかとも思ってな。」
未だ行動をしていない勇者。逃げる言い訳を述べているように思えなくもないが、彼の言うことは何一つ間違っていない。ただ一つ指摘するとしたら、この作戦において勇者の力は必要だというところか。まあ、別に逃げる言い訳をしているわけではないことも、何もせずにまだこの場に留まっている理由も分かっているのだが。
しかし……黒耀龍と対面したとき、おそらく彼は撤退を選択しようとしていた。敵わない相手を前にして、すぐにその選択ができるのは冷静である証拠だ。その観察眼と判断力は冒険者にとって必要なスキルでありながら、体得できている者は少ない。彼には冒険者として天才的な才能がある。
だが、勇者としてはどうだろう。確かに敵わない相手を前に逃げの一手を打つのは正しい判断だ。もし挑戦して、命を落としてしまったら元も子もない。しかし、後方には王都がある現状、王都に大きな被害が出てしまうのは明白だ。自分の身の安全を取るか、多くの人を守るために身を挺するか。勇者として正しい行動はどちらなのか。答えはないだろうが印象は変わる。前者を取ろうとした彼、アキナは少なからず弱気な部分もあるのだろう。それが吉と出るか凶と出るか、今はまだ分からない。
戦況はまもなく変わるだろう。彼の見せ場はそれからだ。でも、きっと大丈夫だと思わせる何かが彼にあるのも確かだ。今はまだ未熟だが、グラウンさんの見立て通り、このパーティはいずれ最強と呼ばれるようになる。そんな確信がリリィにはあった。
自分の番はもう少し先。そうなれば他のメンバーのことや協力者のことを観察するのは自然と言えよう。当然アキナもそうしていたのだが、特に突如として現れた少女に目を向けていた。
正直なところ、アキナは少女のことをあまり信用できていない。いきなり攻撃を仕掛けてきたのだから当然だ。だが、彼女は伝説級の存在である黒耀龍に詳しく、さらには倒すための策を一瞬で講じた上、こうして迷いなく協力関係を結んだ。この少女は、一体何者なのか。
アキナの頭には一つの仮説が浮かんでいる。それは、彼女こそが仲間になる予定の聖女だということ。これであれば全ての行動に説明がつく。何故いきなり攻撃してきたのかは分からないが、本気で殺そうとしておらず、すぐに回復魔法をかけてきたところを見れば、やはり敵対するつもりはなさそうだ。ともあれ、今は少女に従うしか道はない。
そうして観察を続けていたのだが、アキナは信じられないことに気がついた。戦闘を始める直前、彼女は全員に支援の魔法をかけていた。受けるダメージを軽減させるものだと言って。真偽は定かでないが、身体で感じる戦闘の衝撃が減ったのも事実だ。それはともかく、クレハの周囲を浮遊する魔法陣、あれが少女の言っていた簡易シールドなのだろうが、問題はあれだ。
龍の攻撃に合わせて移動して弾いていくそれは先の支援魔法の一部だと思っていた。だが、一枚の簡易シールドで威力の高い龍の攻撃を何度も弾くことなんて普通に考えれば不可能だ。その証拠に、よく見れば一度の攻撃を受ける度に魔法陣は一度消えている。そしてまた新たな魔法陣が現れて攻撃を弾く、ということを繰り返している。どう考えても支援魔法で出来る芸当ではない。それが確信に変わったのは、戦闘開始後の少女の行動だ。クレハに視線を向け、展開させた大きな魔法陣を操作している。その魔法陣の紋様はクレハの周りのものとおそらく同じ。つまり、あの簡易シールドは龍の攻撃に合わせて少女が出現させている。
そこまで考えて、アキナは考えることをやめた。
「あの、一つ聞いてもいいですか。」
「ん、ああ、なんだ?」
「あなたは、隙ができたら一気に首を落とす、という立ち回りで合っていますか?」
「そうだが、どうかしたか。」
少女はクレハを見据えたまま続ける。淡々と言っているようでありながら、どこか遠慮がちにも聞こえる、不思議な言い方だった。
「準備は、できていますね。まもなく、隙ができるはずです。」
「は? どうしてそれが」
どうしてそれが分かるのか、聞こうとしたが猛烈な衝撃波に掻き消された。見ると、龍の開いた口の中から煙が出ている。何かが大きな爆発を起こしたようだ。それによって龍の攻撃が止み、追撃のようにテリナの魔法が炸裂した。足に当たったそれは変わらず鱗に打ち消されたかと思ったが、間違いなく鱗が剝がれている部分があった。鱗の切れ間を目ざとく発見したクレハは、そこに斬撃を叩きこむ。龍の巨体が傾いた直後、動きが鈍っていた隙を逃さずにユウヤの矢が龍の片目に命中した。
苦しそうに啼いた龍に少女は一瞬顔を顰めたが、すぐに元の無表情に戻り、視線は変えずにアキナに言った。
「わたしが道を作ります。」
「頼んだ。遅れんなよ?」
「あなたの方こそ。」
行くぞ、というアキナの短い掛け声で、黄金に輝く魔法陣が道を作った。数に限りがあるのか長さは短いが、駆け抜けるに合わせて新たな道が追加されると、アキナは確信していた。そうして辿り着いたのは龍の頭上。首に見えた闇色の石に向けて、思い切り剣を振り下ろした。




