10. 帰還
マスターから再度連絡があったのはおよそ二年後のことだった。各々が一人で黒耀龍を倒せるほどの戦闘力を有しており、様々な戦略を考えては試し、考えては試し、それにも飽きが訪れている頃だった。
街の復興を手伝って欲しいとのことで、私たちはようやく、生まれ育った街に帰ることができる。「先生」に精一杯の感謝と一時の別れの言葉を告げ、街への道を駆け抜けた。食料や素材となる魔獣を狩りながら。
そうして辿り着いた故郷は、見知らぬ荒野へと変わり果てていた。
「君たち……まさか、あの時の三人か?」
「その声、グラウンさん、よね。元気そうでよかったわ。」
「君たちこそ、今までどこに行っていたんだ。」
「秘密の特訓、って感じか?」
「何で君が疑問形なんだ? まあいい。その様子だと、街に起きたことはあまり知らないみたいだな。追加の物資を届けに来たんだ。運びながら話そう。手伝ってくれ。」
悩むことなく了承し、まずは全体の指揮をしているマスターの元へ、大量の物資を運び入れた。
街の様子を見たところ、建物の損害は激しいものの、人々の様子は前と変わらず、明るく賑やかな様子で復旧作業を行っていた。中には見知った顔の冒険者もおり、「おかえり」と手を振ってくれる者もいた。私たちと関わりのあった人達には事情を伝えてあると聞いていたが、想像以上の人数から帰還を喜ばれ、むず痒い気持ちが胸に広がっていたのは秘密だ。ともかく、損傷が酷いのは街だけで、住民たちに変わりがないことは分かった。グラウンさんも似たことを言っていたので、ひとまず安心できそうだ。
グラウンさんによると、暴動が長期化したのは、この街の冒険者の力が教会の予想を上回っていたことが一因になっているようだ。結果、二年にも及ぶ暴動でも北領の戦力を削ぐ目的は果たせず、諦めて帰ることになったそう。なんとも滑稽な話だ。
とはいえ、彼らにも彼らの事情がある。最後の足掻きとして教会の連中が行ったのは、街を破壊することだった。
「じゃあ奴ら、一般人にも攻撃したんだな。建物の崩壊に巻き込まれた人もいるんだろ。」
「……そうだろうな。詳しいことはマステオに聞いてくれ。私は南領にいたから、詳細までは知らないんだ。」
「あ、だからグラウンさんも無事なのね。ところで、マステオって誰なの?」
「知らないのか? 君たちの冒険者協会のマスターだ。」
「あの人、そんな名前だったのか……。」
「まあ、あいつは現役の頃からマスターを名乗っていたからな。知らなくても無理はない。」
そんな話をしているうちに運び入れる荷物は粗方片付いた。四方八方に指示を出しつつ状況確認をしていたマスターも、この頃には少し落ち着いているようだった。
「マスター、被害状況と、俺たちの仕事を教えてくれ。」
「おお、丁度いいところに。リリィ、怪我人の治療を頼む。そこに張ってあるのが死傷者のリストで、その下に被害状況がまとめてある。二人は適当に確認していてくれ。仕事は、そろそろ見回りの奴らが帰ってくるから、その後に話そう。」
怪我をしている人たちは想像していたより少ない。重傷者もいるようだったが、身体の一部を失うほどの怪我をしている者はおらず、私の魔法で簡単に治療できた。
見た目ほど状況は悪くないのだと再び安心したのも束の間、死傷者リストを見ていたリューゼとメリアの反応で、その認識は一転した。
「マスター、どうしてこんなに、一般人の名前が並んでるんだよ。標的は冒険者だったんじゃないのか。」
「……最善は尽くした。こんなことになると思っていなかったのは、全員同じだ。」
死傷者リストに並ぶ名前は、およそ五十人分。そのうち八割は一般市民であり、リューゼとメリアの家族の名も、その中にはあった。
「街への爆撃は突然始まったんだ。もしもの時の避難計画は立てていたから、ほとんどは無事で済んだんだが。最初に爆撃されたところは、どうしようもなかったんだ。本当に、申し訳ない。」
「マスターが謝ることじゃないわよ。ただ、落ち着く時間が欲しいわ。」
「俺も。……まさか、今になってリリィの気持ちを理解するなんてな。冷静になるなんて、無理な話だ。」
絶望の淵に立つ二人を、私は黙って見ることしかできなかった。
それから間もなく、見回りと偵察を行っていた冒険者たちが帰ってきた。報告をまとめたマスターは、残党のリストと共に私に仕事を与えた。
残党処理の仕事は私たちが適任。そう判断してのことだったのだが、メリアとリューゼの憂さ晴らしにも一役買うことになっていた。
街に戻ったのは夕刻。復興作業を終えた人々も指揮系統のある中央広場に集まり、簡素ながらも賑やかな飲み会が行われていた。明るい喧騒に耳を傾けながら、奥で待つマスターの元へ向かう。
マスターと共に待ち構えていたのは、いつもとは違う厳かな服装をしたグラウンさんだった。
「戻ってきたか。特筆すべき報告は……ないようだな。グラウンからお前たちに話があるそうだ。ここじゃあ人が多いからな、奥のテントに移動してくれるか。」
「マスターは?」
「見張りをしておく。誰かに聞かれたら不味いからな。」
ただならぬ面倒事の気配を感じた私たちは、気を引き締めて奥のテントに入った。
「まずは謝罪をさせてくれ。君たちに会ったとき、私は商人を名乗っていただろう? あれは嘘だ。」
「そうだろうな。貴族、それも王に相当近い位なんだろ?」
「気づいていたのか。リューゼ殿の予想通り、私は貴族。それも、南領の領主をしている。」
私たち三人とも、グラウンさんが身分を隠していることには気がついていた。それも出会って言葉を交わしたときから。追及しなかったのは、単に追及する必要がなかったからだ。マスターの知り合いであるのなら尚更。
「依頼の前に、君たちに聞いておきたいことがある。……君たち、魔王のことは知っているか。」
「魔王? ここでは初めて聞くわ。存在するってこと?」
「そうだ。数年前に誕生した、世界を破滅へと導く魔人のことだ。今は奴らも兵力を集めているようだ。」
突飛な話に呆然とする私たちをおいて、グラウンさんは話を続ける。
「魔王軍は既に強大な力を保有している。王国の精鋭部隊でも、魔王一人を相手に傷の一つさえつけられずに壊滅した。聞いた話によれば、魔王の親衛隊も同じぐらいの力を持っているらしい。太刀打ちできるのは、伝説にある勇者だけなんだ。」
「どうして俺たちにそんな話を?」
「そこからが本題だ。」
グラウンさんは一つ咳払いをし、貴族らしく尊大に言った。
「王命だ。私と共に王都へ向かい、勇者の仲間になれ。」
勇者の仲間。つまり、国の英雄。まさに異世界ファンタジーの王道とも言える展開。私たちは三人で視線を交わし、ほぼ同時に口を開いた。
「「「断る。」」」




