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貴族社会って大変である

 今は聖王歴二〇五六年。

 一年は十二か月で、ここメルディア聖王国では、日本で言う一月から”初音(はつね)の月”、”呼音(よびおと)の月”、”葦春(あしはる)の月”、”舞風(まいかぜ)の月、”青緑(せいりょく)の月”、”水陰(すいいん)の月”、”山唄(やまうた)の月”、”清音(きよね)の月”、”恵与(けいよ)の月”、”錦秋(きんしゅう)の月”、”無音(なしおと)の月”、”福音(ふくいん)の月”と月名が定められている。

 また、三ヵ月ごとに春夏秋冬と季節は移ろうようで、やはりそこら辺は日本と同じような気候になっているらしい。


 今は舞風の月つまるところ四月。

 私はこの新しい生活環境で、順調に五歳児業をこなしていた。

 ピエリス・アシュレイとして覚醒してひと月が経ったのである。時の流れとは早い。


 五歳児ピエリス・アシュレイの一日は朝、侍女のエマに起こされるところから始まる。

 エマに身支度を整えてもらい、食堂へ移動して朝食。朝食をとった後は自由時間だ。屋敷内をふらふらと歩き回ってはいるが、基本的に庭園か図書室にいることが多い。

 正午ちょうどくらいに昼食をとってレベッカの授業。それをしばしばティータイムなどの休憩を挟みつつ夕食まで行う。ちなみにレベッカはアシュレイ家に住み込みで家庭教師を担ってくれている。

 夕食後は簡単な入浴を済ませ、夜も更けぬうちにベッドに潜り込み、子ども向けの本を読んで寝落ちする。


 ーーこんな生活をかれこれひと月、規則正しく続けているわけである。


 退屈だとか娯楽が少ないだとか、そこに文句や不満はない。今のところ。


 覚醒してまだひと月ばかりの私にとって、何もかもが新しく、知ることは驚きに満ちていた。というか知るべきこと、学ぶべきことが多すぎてゲームが恋しいだとか、そんなことを言っている余裕はないというのが正しい。


 今まで父や母、使用人たちと会話するときは普通に日本語で話していたのだが(これもゲーム世界だと自覚した後は言語が日本語なことにも納得である)、読み書きは英語に似たよくわからない言語だったので勉強が必要となった。ちなみに『かなメロ』の内容についてメモしているノートは、全て日本語で書いてあるので誰かに読まれる心配はない。


 家庭教師のレベッカからは、そんな文字の読み書きから始まり、淑女として恥ずかしくないように一般的な教養や社交マナーのレッスンを受けている。

 教養という部分では、主に歴史や貴族のお家に関連することで、社交マナーという部分では、それこそお辞儀の仕方から食事の作法、ダンスにピアノ、刺繍などなど多岐に渡る。


 そしてレベッカの授業で知ったのだが、我がアシュレイ家は三公と呼ばれるメルディア聖王国での有力貴族、三大公爵家のひとつであるらしい。


 三大公爵家はアシュレイ家と並んでイレイザ家、ウェンディル家と存在する。

 貴族にとってお家関連の知識は何より大事なものらしく、レベッカからこのひと月でそれはもう叩き込まれた。私が年齢の割に覚えが良いからと言って、とても五歳児に施す量ではなかったと思うのだが、やはり貴族の教育ってこれが普通なのだろうか。

 そんなわけで、三大公爵家やその他有力貴族、そして王族についても知識を得たわけだが、そこで自分の持つゲーム知識とすり合わせてみよう。


 名前を忘れてしまっていた攻略対象のひとりである王子。

 現時点で生まれている王子はただひとり、それも私と同じ年齢であるということで間違いないだろう。

 ハリク・ラ・メルロー。

 彼が『かなメロ』で一番人気のテンプレ王子である。私は、彼のあまりに王子さま感溢れる設定がどうも苦手で、一度しかハリクルートをプレイしたことはない。


 余談だが、王様は王妃様以外に側室を持ってはいないらしい。それを意外にも思ったが、ここが乙女ゲームの世界であるからか、ドロドロとした宮廷跡継ぎ争いみたいなものとは無縁に作られているのかもしれない。知らんが。まあ、側室なくして王位を継承できる子宝に恵まれているのは良いことだろう。


 そして問題なのが、この王室と三大公爵家の関係にある。


 王室と三大公爵家は代々絶妙なバランスを保って国の中枢を担ってきた(らしい)。

 三大公爵家のいずれかが飛びぬけて強い力を持ってはいけないし、それが王家を脅かすようなものになってもいけない。だが、王家との結束が弱まれば国中の貴族の統制が取れなくなるーー


 はええ、貴族って大変だなあ。


 それを聞いたとき他人事のように思ったが、私も当事者であった。そこで、ヒロインが王子ルートに入ると、ピエリス・アシュレイがライバル役としてふたりの恋路に立ち塞がることを思い出す。


 あ……私、もしかして王子と婚約する流れ?


 その結論に至るのが遅すぎである。私は今まで数多の悪役令嬢物語を読んできたではないか。みなもれなく王子の婚約者たちである。私も例に漏れずそうなるのではないか?


 では何故、三大公爵家の中でもアシュレイ家の一人娘が王室に嫁ぐことになるのか。

 現時点では、私は王子の婚約者として決まっているわけではないので、これから先何らかの理由と思惑があって、ピエリス・アシュレイは王子ハリク・ラ・メルローの婚約者というポジションに落ち着くのだろう。どうにかして避けたい次第である。


 王家の婚姻というと、どちらかと言えば国家間での印象が強かったのだが、レベッカの授業で知った周辺国との情勢を鑑みるに、次代では他国からお姫様を娶る必要がなさそうに私の頭でも考えられる。


 こんな世界情勢について当然ゲーム内では触れられることもなかったので知る由もなかったのだが、このメルディア聖王国はルルベル大陸に位置しており、西方は海に面し、東方にいくつかの小国と、それを挟むようにしてパルディキアという大国に臨んでいる。


 ここ数百年は戦争もなく平和な時世が続いているとのことで、かつてはこのパルディキアという国としょっちゅう戦争していたのだそうだ。

 先王の母君がこのパルディキアから嫁いで来られた王女様で、今もご存命とのこと。

 今後に関しては、メルディア聖王国で昨年生誕された王女様が、恐らくパルディキアに嫁ぐことになるだろうことから、まあつまり、次代の王妃の座は国内になるであろうと考えられる。小国から娶らないのは、小国同士のパワーバランスというものがまたあるのだろう。国ってめんどくさい。


 細かい話は置いておくとして、まとめると三大公爵家から王妃候補が選ばれるのは濃厚ということで、もしかしたら父も母も、そのために家庭教師を急いだのかもしれない。


 ものすごく嫌だ。ゲーム作中ではピエリスが王子の婚約者となった経緯だとか、そんな細かい描写はなかったから「こうすれば婚約しなくて済む!」という具体的な方法が今のところない。


 他ふたつの公爵家から選ばれる可能性はないのだろうかとも考えたが……まずウェンディル家。

 ウェンディル家には現時点で男児しか生まれていないらしく、しかも聖エレヌスの紋章を宿して生まれたとかで、将来は神官になることがほぼ確定なのだそうだ。たぶん攻略対象の生徒Aってこいつだな。聖エレヌスやら紋章については、また別の機会に整理しようと思う。

 そしてイレイザ家だが、こちらには私と同い年の女児がいるらしい。「その子でいいじゃん!」とか思ったのも束の間、その子の名前はキャメルというらしい。……王子の側近である騎士(攻略対象②)リヒト攻略ルートにおいてのライバル令嬢だった。


 王子の側近騎士であるリヒトルートは何度もプレイしているので、キャメルのこともよく覚えている。

 リヒトは、代々王族に直接仕える騎士を排出している騎士家の出だと記憶しており、レベッカの授業ではそれはエードモロ侯爵家とのことだったので、リヒトはリヒト・エードモロで間違いないだろう。


 ……となると、キャメルかピエリスか、どちらかが王子と婚姻を結び、残った片方が、釣り合いを取るために王家と関わり深い騎士家と婚姻することになったのではないか。


 うーん。どちらもぶっちゃけ微妙である。


 リヒトルートにおける悪役令嬢キャメルも、結局末路は断罪である。しかも顔にやけどを負う描写があったはずだ。

 行く末が同じ断罪であるならば、リヒトと婚約しようが王子と婚約しようが変わらない気もするが、まだ王子と婚約するより、侯爵家と婚約する方が破談できる可能性は高くなるだろうか……王子との婚約解消ってこちらからはかなり難しい気がする。立場的に。


 私も公爵家の一人娘なんかに生まれてしまったからにして、どこぞのお家との婚約は致し方ないにしても、せめてリヒト・エードモロの方と婚姻を結べないだろうか。そして王子とはキャメルが婚約すれば良い。


 そこまで考えて、それは名案である気がものすごくしてきた。


 そうじゃん、リヒトと婚約して、ヒロインがリヒトルートに入ったらさっさと破談する。入らなくても破談する。王室相手より難癖つければ受け入れられる可能性は皆無ではないはず!


 王子と婚約しても、王室相手にこちらから一方的な破談が可能であれば別にそれでも良かったのかもしれない。だが、それが難しいから王子の婚約者になるのは、この乙女ゲームの世界において棺桶に片足を踏み入れる行為なのである。


 まあベストなのは、学院に入学する時点で誰とも婚約を結んでいない状態にあることなんだけど。


 本音を言うと、王子も嫌だしリヒトも嫌だ。

 どちらも絵師が素晴らしいおかげでとてもイケメンであることには違いないのだが、なんというか、政略結婚自体が嫌だ。

 貴族の中でも公爵家という名門に生まれてしまっているので、それは我がままが過ぎるのかもしれないが、やはり元日本人の感性からすると受け入れ難い部分がある。割り切るのも大事かもしれなかったが、あがくだけあがいてみても良いじゃないかと思う。


 現時点でわかっていることはこのくらいかーー

 後は、レベッカからさらに詳しい貴族のお家事情諸々を勉強しつつ、父母の動向に目を配るくらいしかできることはなさそうだ。



 情報量が多くなってしまったので、私自身、頭の整理をするために『かなメロ』の内容をまとめたノートに色々と書き加えることにした。


 このノートは『かなメロ攻略本』と名づけよう。



『奏でてメロディー☆プリンス・カルテット』


舞台:メルディア聖王国、王立ネロガン魔術院

物語の開始軸:十五歳

登場人物:


ヒロイン※デフォルトネームは思い出せない:

・ピンクの髪と瞳、三つ編みのおさげ(物語中にショートカットボブになる)

・天真爛漫で純真。乙ゲーヒロインテンプレの天然。

・男爵家の娘、女神メルディスの加護を持っていて男爵家に引き取られた。音魔法が得意。


ハリク・ラ・メルロー(攻略対象①):

・メルロー王家の正当な王位後継者、金髪碧眼のテンプレ王子。

・王子ルートのライバルはピエリス。


リヒト・エードモロ(攻略対象②):

・王家に代々仕えるエードモロ侯爵家の子息。

・王子の側近。騎士。

・灰色の髪に青い瞳。穏やかな性格で常識的。

・プレイするときはいつもこのキャラを攻略していた。

・リヒトルートのライバルはキャメル。


教師※名前忘れた(攻略対象③):

・優秀な魔導士だったはず。黒髪赤眼。

・このキャラのルートやったことないからわからない。


レイラーク・ウェンディル(攻略対象④):

・三大公爵ウェンディル家の次男。

・赤髪、軟派枠。

・聖エレヌスの紋章持ち。神官見習い。このルートもやったことない。


キャメル・イレイザ:

・三大公爵イレイザ家の長女。

・リヒトルートの際の悪役令嬢。緑髪。



補足:移植版で隠しキャラがふたり追加されたが、そちらのルートは未プレイのため不明。


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[一言] エードモロを時々エロモードに空目してしまう(´・ω・`)
[気になる点] リヒトルートの悪役令嬢の名前がキャロルかキャメルか...キャロルですよね。きっと
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