3.ボッチ吸血鬼
170センチの俺より頭1周りは小さい150センチぐらいの身長。
小さな足で俺のおなかをグリグリしながら赤く鋭い目で見下ろしている。
「怖くて言葉が出ないのかしら?ぷぷっ」
しゃべりも動きもしない俺を見て面白がっている吸血鬼。
あからさまに調子に乗っているのがわかる。
インターネットのリテラシーを持っていないようなキッズみたいな顔しやがって!
というか俺今どういう状況だ。
はたから見ると制服着た男子高校生がレースワンピの女子中学生に踏まれている。
住宅街の暗い夜道の真ん中で。
こんなところ人に見られたら…
「婿入りできないだろうが!」
「ふぇ!?」
俺は勢いよく起き上がり吸血鬼を突き飛ばす。
吸血鬼は俺が抵抗してくることを予想していなかったのか驚いた声を上げて尻もちをつく。
「俺はドMロリコン犯罪者にはならないぞ!!」
「誰がロリじゃい!」
自分のことをロリと言われたことが気に食わなかったのか、尻もちをついたまま両手を上げてぷんすかという効果音が似合いそうな怒り方をする。
怒り方もロリっぽい。
「だいたいお前なんだ、婿入りできないだろうが!って。苗字は相手に譲るのか?」
「長男だけど家の跡取りなんてどうでもいい!俺は苗字を捨ててでもヒモにさえなれればそれでいい!!!!」
「先祖に謝れ!」
「うるせえ!食らえ”ニンニクストライク”!!」
吸血鬼をピンに見立ててボーリングのように勢いよくニンニクを転がす。
しかし吸血鬼は転がるニンニクをスムーズに拾った後、その勢い殺すことなく俺の顔面に返球される。
「学びがない奴め、きかんわ!」
「そうでしたグヘッ!?」
さっきニンニクが効かなかったこと忘れてた。
俺としたことが行動を見誤った。
さっきは右頬が痛かったが今は左頬が痛い。
というか両方痛い。
「くそ、吸血鬼はニンニクが弱点じゃないのか?」
「いきなりニンニクを投げてくるヤバい奴と思ったがやはり私が吸血鬼なことに気付いていたか。人間はどうやら吸血の弱点がニンニクや十字架、太陽だと思っているようだがどれも平気だからな!」
「なんだと…」
だとすれば吸血鬼は力も強いし完全に人間の上位互換じゃないか。
俺はこの吸血鬼にこのまま嚙み殺されるのかっ!?
いや待て冷静になれ。
よく考えると本当に吸血鬼が人間の上位互換ならこの地球で吸血鬼ではなく人間の文化が栄えているのはおかしい。
何か人間に劣るような弱点があるはず。
「おとなしく私に噛まれろ」
鋭い八重歯を見せつけるように口を大きく広げ、ガオーポーズをしながら徐々に近づいてくる。
なんかかわいいな。
待てよ吸血鬼の弱点って…
「あそこにUFO!」
「えっどこどこ!?」
吸血鬼が俺の方へと飛びつこうとしたが俺の言葉に反応して、俺が指さした方向に向いてキャッキャ言いながら一生懸命探している。
吸血鬼の弱点は知能の低さだ。
こいつがロリというのもあるかもしれないがこんなわかりやすいウソに騙されている。
というか吸血鬼もUFOとか興味あるんだな。
「こんなこと考えている場合じゃない」
吸血鬼が折れに背中を向けてUFOを探すのに夢中になっている間にもと来た道を引き返す。
とりあえず肉体勝負で吸血鬼には勝てそうにないから逃げるが勝ちだ。
しばらく走っているはずだが一向に住宅街を抜けない。
だけどひたすら走るしかないと考えて進み続けたが目の前に映った光景に衝撃を受ける。
今俺の目の前にはUFOを探すことに夢中になっている吸血鬼と対面している。
「あっお前私がUFOを探すことに夢中になっている間に逃げてたな」
「な、なんで」
「吸血の能力には、狙った獲物を逃がさないためにどれだけ離れても元の場所に戻ってきてしまう空間を作る能力がある。初めにこの空間にいなかった生きものはここには入れないから悲鳴を上げたって無駄だぞ。それにこの空間は私自身が任意するか気を失う、または死ぬまで解除されない」
なんだその一方的にタイマンを迫れるチート能力は!?
じゃあもう完全に俺積んでるじゃん。
「随分と手こずらされたがもう終わりだ」
ああもう終わった…流石に知能は低くてもUFOの騙しがもう1度通用するとは思えないし、逃げても助けを呼んでも無駄だし…
厳しいが優しかった母。
単身赴任で頑張ってくれている父。
俺のことを慕ってくれていた妹。
いつも一緒だった薫。
あとそのた友人もろもろ。
今挙げた人たちの顔がフラッシュバックする。
美人社長に養ってもらって毎日頭を撫でられながらぐうたらしたかったな…。
しかしその時、この俺の考えをかき消すような強い風が突然吹いた。
俺ははっとなる。何諦めてるんだ。
俺はヒモになると誓ってたじゃないか!
この夢が叶うまで死んでたまるか。
そう開き直った直後目の前の光景に唖然とする。
強風によって吸血鬼のレースワンピのスカートの部分がまくりあがった。
oh――――クマさん。
「みた…?」
「何も見てません」
「チョコと言えば茶色」
「茶色と言えばクマ…はっしまった口が滑った!?」
吸血鬼の表情は真っ赤になっており、目がうるうるしていて口が大きく膨らんでいる。
やばい今度こそ死んだ―――
俺は腕で顔を守るような構えをして目をつぶった。
しかしなかなか衝撃が来ず不思議に思い目を開けると吸血鬼がその場でうつ伏せにぐったりと倒れていた。
そして周囲を見ていると夕方ほどの明るさを取り戻していた。
「解除されたのか?」
吸血鬼が自分の任意や気を失った時に解除されると言っていたから吸血鬼の様子から見て気を失っているのだろう。
とりあえずラッキーとにかく逃げないと。
俺は走って吸血鬼の横を通り過ぎて家に向かう。
「逃げれる逃げれるぞっ」
俺は吸血鬼から離れることに成功していることと周囲の風景が変化していることから安心から心がほっとする。
しかしそれと同時に不安のようなものが俺の心に込みあがってくる。
なんであの空間が解除されたんだ?なぜ急に倒れた?
あの時は恐怖からそこまで頭が回っていなかったから気づけなかったが吸血鬼は弱っていたのではないか?
最初に出くわした時も座り込んでうつむいていたし。
「やばい」
余計なことを考えてしまっている。
俺のことを殺そうとしていたやつだぞ…次また近づいたら本当に命はないだろう。
せっかく今逃げれているんだ…このチャンスを逃すのか…?
そんな考えよりも俺の頭に浮かんだのはまだ幼い吸血鬼…少女の顔だった。
このまま見捨てたらあの子は―――
「くそくそくそ俺のバカバカ!!」
俺は少女が倒れている場所に戻った。
まだ道の真ん中で倒れたままだった。
近づいて仰向けにするとずっと走っている俺よりも息が荒くひどく衰退している様子だった。
「なんだお前…わたしにトドメでもさしに来たのか?」
体に力も入れられないような状態でも少女は余裕のある態度をとっている。
俺は少女を背中に担ぎ走り始める。
「なんのつもりだ!?」
「俺がお前を助けてやる」
弱々しくはあるが俺の背中の上で俺を振り払おうと抵抗を感じる。
「助けてやるだと…私はさっきお前を殺そうとしてたんだぞ…なんなら今お前の首をへし折ってもいいんだぞ!?」
「したければしろ、別に恨みやしない」
「………」
少女は俺に全体重を背中に預けてきて首の周りに腕を回してきた。
しかしそれは俺の首をへし折ろうとするものではなく、俺のおんぶから落ちないようにするためのものだった。
「ありがとう…本当に死ぬかと思った…」
そう小さくつぶやいた後、再び少女は静かになった。
俺は背中にぬくもり、震え、少しの湿りを感じていた。
人間じゃなくても死ぬときは怖い