1.ヒモになりたい
主人公の性格
「お前なんでここに呼ばれたかわかるか」
職員室にある進路指導室の中で担任の内田先生と俺が机を挟んで対面する形で座っている。
美人な先生として有名で、男子から絶大な人気を誇っている。
本来なら内田先生と二人きりになれるのはラッキーなのかもしれないが、場所が場所なのであまりうれしくない。
放課後に自転車(俺のじゃない)で逃げようと思っていたが門を出る寸前に首根っこ掴まれて連れてこられた。
あの状況の俺を羨ましがっていた男子連中は病院に行けばいいと思う。
話が脱線した。
先生は深刻そうな顔で俺のことを見ている。
その深刻そうな顔は俺に対してなのか、それとも今年で27になろうとしているのに結婚相手が見つからない自分の人生に対してなのかどっちなんだ。
「わかりません」
「そうか…」
残念そうにため息をした後、内田先生は机に1枚の紙を置く。
今日の朝に提出した進路希望調査だ。
「これを見てもわからないのか?」
「わかりません」
「そうか…」
俺の返答が気に食わなかったのか怒りから内田先生の身体がぴくぴくと震える。
「じゃあ教えてやる、なんだこの進路希望調査の回答は!?
第1志望がヒモでなんで第2、第3志望は何も書いていないんだ。書いて来いと言っただろ?」
「先生が言ってたじゃないですか。小学生の時に先生になることを夢見て、その1つの夢を追い続けて今に至るって。あの話に感銘を受けて俺も1つの夢を貫いていきたいんです」
「私を論破するな!」
内田先生は声を荒げて立ち上がったが、部屋の外にいた生徒に見られていたことに気付き、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ椅子に座った。
「まあ第一志望しか書いていないのはまだ良い。だがなんだこの『ヒモ』というのは。保護者のサインもちゃんと書いてあるし…両親は許してくれたのか?」
「土下座したら泣きながら許してくれました」
「両親に謝れ!」
内田先生は今日一番の大声を出して立ち上がったが、生徒だけでなく他の先生も何事かと外から見に来ていたため、さっきみたいに気持ちを落ち着かせていた。
昨日、両親にヒモになりたいというと猛反対されたが俺が土下座をして、妹が何かあったら責任を取ると言ってくれて両親が泣きながら許してくれた。
なんで許してくれたんだ。
「まあいい…とりあえず新しい紙をやるから明日また提出しろ」
「え~」
「働かないと生きていけないんだから、大学に進学するか就職するかのどちらにするかぐらいは考えとけ」
「うぇ~」
「嫌そうな顔をするな」
俺は渋々紙を受け取ると進路指導室から出た。
解放されたのは良いが、めんどくさい宿題を出されてしまった。
こんな1回の話だけで夢が変わるようじゃ最初から夢なんて見れていない(ゲス)。
「お話もう終わったの?」
「待っててくれたのか薫」
進路指導室から少し離れた場所に橘薫が立っていた。
薫は俺の幼馴染で幼稚園の頃から今の高校まで同じところを通い続けており、家も隣で登校時と下校時は一緒なことが多い。
「当たり前じゃん。私とゆーくんが一緒に帰るのは日課なんだから」
ゆーくんというのは昔から薫が俺のことを呼ぶときのあだ名で、笹木裕真の裕真の部分からとっている。
「俺待たなくても先帰っててもいいのに」
「ゆーくんが1人で帰ったら変な人に襲われたとき大変だよ」
「そのセリフは俺が言うべきだと思うんだけど…」
「そんなことないよ。世の中には危ない女の人もいるんだからゆーくんも気をつけないと。それに私のほうが強いから守ってあげる」
こういう時ふつうは男性が女性に「俺が守ってやる☆」と言うものなんだろうけど、その女性が薫の場合は例外である。
薫は自身の父親の影響で格闘技を習っている。
幼稚園の時から習っているらしく道場を開いている父親が直々に鍛えているらしい。
おじさんはとても強くクマに勝つぐらいだが、この前薫が「師を超えた」と言っていたから薫はおじさん以上に強い。
何も言い返せない。
クマを倒す父親を超える娘。化け物の子だな。
「そんなことより内田先生と2人で何話してたの?」
「進路のことなんだけど先生に夢を踏みにじられた。ぴえんぴえん」
泣いているふりを薫に同情を求める。
この容姿でぴえんぴえんを実際に口にして言ってるの相手から見たときの俺を想像すると気持ち悪いな。
「どうせまたヒモになりたいとか進路希望調査に書いたんでしょ」
「なぜそれを…!?」
「小学生の時からヒモになるって宣言して先生困らせてたじゃん」
確かに俺は小学生の時からヒモを夢見るようになった。
正確に言うと小学3年生の時に見たドラマの影響だ。
そのドラマは主人公の男のことが大好きな金持ちの女の人が一生養っていく物語だ。
あの最終回になっても一生更生せずにぐーたらする男に憧れたんだ。
普通だったら最終回あたりで働き始めるのがおちなのに。
「最初は先生もゆーくんのこと止めようとしてたけど小学校卒業するときには諦めて泣いてたね」
「昨日は両親泣かしてしまったよ。まさか本気だとは思ってなかったって」
薫は俺の言葉に若干引いて、ため息をする。
「内田先生も夢を踏みにじりたくなるよ。私ならラリアットするかも」
「薫が格闘技を言ってきたら本気でやりそうで怖いからやめて」
一般的な人間である俺が薫のラリアットを受ければ間違いなく首が消し飛び頭が吹っ飛ぶ。
「あっ」
「どうした薫…そ、それは!?」
話している間に靴箱に着いたのだが薫の靴箱の中に手紙が入っていた。
白い封筒にハートのシールで閉じられている。
「高校生活が始まって2ヵ月で何回目だ」
「20回目かな…」
回数から察してもらえる通り薫はよくモテる。
黒髪のショートヘアと常に朗らかな表情で顔ももちろんかわいい。プラス、格闘技をしてることによって引き締まった容姿を持った薫はスポーツ女子の中で最上級の魅力がある女性だ。
小学校の時からモテていたが、高校生となりリア充青春を送りたい思春期男子がが大量発生した影響で薫のモテ度が加速した。
「”放課後に体育館裏”って今日じゃん、急すぎるよ」
「じゃあ先帰ってるわ」
「えっ!?待ってくれないの?」
「いや付き合いたてのカップルの邪魔したくないし…痛たたたたっ!!??」
俺が話している途中に強い衝撃を受けて床に倒れた後、薫に腕十字固めをきめられた。
「ギブギブギブ、何かが外れる、何かが外れる音がする!!」
「ほんと懲りないなゆーくんは。私が1回でも告白されてオッケーしたことある?」
確かに小学校のころから合わせたら薫は100回以上告白されてきている。
あらゆる部活のエースやキャプテン、成績トップ、イケメンで有名な同級生だけでなく先輩や後輩、ましてや校外からも告白しに来たやつもいた。
しかし、1回も薫は付き合ったことがない。
理由を聞いたら「ほかに魅力的な人がいる」と言っていた。
イケメンアイドルや俳優でも狙っているのだろうか。
でも薫の容姿なら十分狙えるため「夢見過ぎ」などと否定はできない。
「じゃあ門の前で待ってるわ」
「ありがとう。じゃあ返事してくる」
薫は体育館裏へと走っていった。
ラブレター書いたやつ落ち込むだろうな。
数分後、そう思いながら門で待っていると「ちくしょー!!」と泣き叫びながら学校を出ていく男がいた。
そしてその男に続くように薫が俺のもとに走ってきた。
「ごめんお待たせ」
「やっぱりあの男を泣かせたのは薫か」
なぜか知らないが薫に振られた男は毎回泣いている。
泣かした男は数知れず。
薫…なんて恐ろしい子っ・・・!
「人聞き悪いこと言わないでよ」
「毎回思うんだが…告白してきた男子に格闘技してないよな?」
「してないよ!ちゃんと言葉でお断りしているよ!?」
俺のなかでの想像は男が「好きです、付き合ってください!」と言った後に「ごめんなさい!!」と言いながら男にバクドロップをきめている薫の姿だ。
「じゃあなんで毎回振られた男泣いてるんだよ」
「本気の告白だからじゃないの?」
「なるほど…俺には分からないな」
どうしても振られて男が泣く理由がわからない。
断られてもクールに去るほうがかっこいいし、後から他の人にも「失恋して泣いていただろw」と笑われなくて済む。
「だからゆーくんのことが好きな女子がいても気付いてあげられないんだよ」
「えっ今までの人生で俺のことを好きだっと人いたの!?誰、誰だ!?」
「教えませーん、ばーか」
「お、教えろよ!!」
わちゃわちゃと話しながら俺たちは歩き始めた。
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