なぜ私は伝説的クソゲー『VR小説家になろうよ』をプレイするのか
ゲーム界の歴史に二度と忘れられることのない汚名を深く刻みこんだ『VR小説家になろうよ』、略称『VRなろう』という伝説的クソゲーを皆様はご存知でしょうか。
ちなみにクソゲーというのはプレイすると漏れなく発狂しそうになったり、自分がそのソフトにほんのわずかでも金銭を払ったという事実に涙が溢れて止まらなくなったり、制作会社に乗り込んで罵詈雑言を浴びせたくなったりする冒涜的なゲームのことです。
類似ジャンルにバカゲーというものがありますが、こちらは一見ふざけているけれど面白くて、ついつい遊んでしまう珍味のようなゲームのことであり、全く似て非なるものですので、くれぐれもお間違えの無いようお願いします。
それでは、どういった要素が『VRなろう』をクソゲーたらしめているのか、一つずつご説明しましょう。
まずはプレイエリア、すなわちマップの広さです。舞台となる仮想世界を自由に動き回って探索・攻略できるように設計されたオープンワールドジャンルにおける近年の進歩は著しく、現実の面積に置き換えれば数百~数千平方キロメートルの広大なエリアを探索できるものが数千円程度の価格でごろごろ転がっています。
そして肝心の『VRなろう』のプレイエリアはというと……驚きの4畳半です! この圧倒的窮屈さから「独房シミュレーション」「便器のない多目的トイレ」「広めの棺桶」などの不名誉な称号をほしいままにしているというこの事実だけでも、いかに恐ろしいゲームであるかの片鱗を感じていただけるかと思います。
しかし、いくら行動範囲が狭くても充実した体験を味わえるゲームだって山ほどあります。たとえば自分の部屋で恋人との甘酸っぱいやり取りを楽しむことのできるVRシミュレーションはユーザーから高い人気を博しています。プレイヤーを没頭させるような凝ったシステムさえあれば、たとえ一つの部屋、ステージだけでも十分納得させることはできます。
では、『VRなろう』のプレイ内容は一体どんなものかと申しますと、タイトル通り小説家である主人公になりきるゲームです。正確に表現するならば「締切間近なのに全く原稿が進んでいないため、担当編集に殺風景な小部屋に軟禁され、ひたすら執筆作業を強制されている新米小説家になりきるゲーム」です。
もう皆様にもこのゲームの異常さがひしひしと伝わってきているのではないでしょうか。さらにこの執筆作業、信じられないことに原稿用紙に万年筆で書かなければならないのです。スマホにPCを手放せない現代人には、ほとんど拷問ともいえる作業です。実際には数行に一度の割合で、漢字がおぼろげにしか思い出せず、VRゴーグルを外しわざわざネットで調べて、またゲームを再開するという煩雑さがもれなく付いてきます。
そうやって精魂尽き果てるまでくたくたになって仕上げた原稿を編集者に手渡すと、ほんの数十分後にはおびただしい朱色の訂正で無惨に染め上げられた紙束となって返ってくるのです。ちなみにゲームを起動してすぐに現れ、チェックしないとプレイできない誓約書によると、執筆した作品の出版権は、『VRなろう』の開発者に委ねられるという法律的にも倫理的にも明らかにアウトな仕様となっています。
これからがいよいよ本題です。どうしてこのルビにクソゲーと振られても致し方ない『VRなろう』を私がプレイしているのかというと……
ピンポン♪
待ちわびていたRINEのメッセージ通知音が響いて、すかさずVR世界の中のスマホを掴みます。勿論、このスマホ、ばっちり対策されており編集者とRINEでやり取りすることしかできないキッズケータイやシニアスマホもびっくりの魔改造フォンです。
鈴木 [原稿の進捗、どうですか?] 9:03 既読
「……ふふ」
一人、狭い部屋でスマホの画面をじっと見つめ、無意識に不気味な笑いを漏らしてしまう私。そう、私がこの『VRなろう』をプレイし続けるのは、偏に主人公である作家になってこの編集者と触れ合うためなのです!
高橋 [とても順調ですよ! 今日中に脱稿してお渡しできると思います。鈴木さんは今、なにしていらっしゃるんですか?] 9:04 既読
(あっ……すぐ既読がついたってことは、今、私とのトーク画面を開いて返信を待ってたってこと? ……これ、もはや両想いでは!?)
相手がただのプログラミングであることは百も承知ですが、それでも私は完全に編集者の鈴木さんに恋をしてしまったのです。こうしてこまめに連絡をくれるだけで大事にされているという実感が湧き、甘い幸せに浸ることができます。
普段はご覧の通りの塩対応ですが、スランプに陥っている時はさりげない労わりの言葉を掛けてくれるツンデレっぽい一面もあってそこがまた堪りません。全く……彼の優しさを、少しはあいつにも見習ってもらいたいものです!
あとは見た目も結構タイプなのですが、個人的にはもう少し年上で髭とか生やして、髪はボサボサでワイルドな感じが良いなあと思います。
鈴木 [それは何よりです。僕のことはどうでもいいので、引き続き頑張ってください。] 9:05 既読
彼の素っ気ない返答にも決してめげたりしません。進捗状況が順調だと、一日一回通話もできるのです! 更に作品が完成した受け渡しの際には直接面と向かって話すことだって可能ですし、これはあくまで噂ですが、見事超大作を仕上げた場合には頭を撫でてもらうイベントが発生するらしいのです!!
高橋 [鈴木さんのために頑張ります!!!] 9:06 既読
気合と活力が十分満たされた私は、再び原稿用紙に向かいペンを走らせ始めました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まさか、ここまで佐藤先輩の予言通りになるなんて……」
「言っただろう。俺が何年あいつの編集やってると思ってる。あのバカには取りあえずイケメンが登場してチヤホヤされるゲームさえ与えとけばいいんだよ」
「……流石に先生を馬鹿にしすぎではないですか? それにしても、一人の作家のためにVRゲームまで作っちゃうなんて、先輩も相当高橋先生に入れ込んでますよね。ひょっとして……彼女のこと、個人的に狙ってたりするんですか?」
「馬鹿言うな。ただのビジネスパートナーってだけだ。いつも飲みの席で俺がどんだけあいつに苦労させられてきたか話を聞かせてるだろうが」
「ああ……まあ……そうっすね」
確かに先輩はいつも居酒屋で高橋先生の愚痴を延々と語り続けますが、とことん酔いが回ると、いかに彼女の作品が素晴らしいかを滔々と演説し始めるのです。それだけでなく、自分の厳しすぎる指導で彼女を必要以上に苦しめているのではないかと常に葛藤していることまで、後輩の僕に嗚咽しながら赤裸々に打ち明けられて、いつも困り果てているのです。次の日にはキレイさっぱり忘れてしまっていますが。
そもそも今回のVRゲームの編集者のビジュアルも、高橋先生が登場キャラのイメージとして描いたイラストが元となっているのですが、誰がどう見ても髭と髪を整えて10歳若返らせた先輩そのものなのです。本人達に自覚がないのが不思議でなりません。
編集としての仕事をこなす傍ら、架空のゲーム会社を立ち上げVRソフトを発売し、高橋先生の購入したソフトのアップデートファイルにだけ細工を加え、プレイ中のRINEのメッセージや通話を連動させたり、原稿の添削機能を通信で行えるようにしたり……どう考えてもそちらを本業としたほうがいいのではないかという仕事っぷりの佐藤先輩。
普段は締切破りの常習犯で有名な小説家でありながら、仮想世界で先輩に激似の編集者といちゃつくためだけに、ゲームの中では何時間も集中してひたすら真面目に執筆を続けている高橋先生。
多少歪んではいますがおそらく両想いの彼らが、VRの外でも幸せになってくれることを、僕は二人のファンとして密かに願っています。