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 深夜のイラスト勉強会は一時間くらい続いた。

 彼の隣に座っているのにもだんだんと慣れてきた。

 今では普通に会話ができている。


 どうだ、この順応性は。

 男の子の一人や二人わけないわー。


 と、威張るほどのものでないことは重々承知している。

 

 慣れてきたとは言っても、肩がときどき触れ合ったり、お互いの呼気が触れ合ったりすると、ドキドキし始める。

 近くでみる彼の横顔は格別の美しさで、肌のテクスチャーにほれぼれとしてしまう。


 逆に言うと、私の肌のテクスチャーも相手からは見えてしまっているわけで、それがたまらなく恥ずかしかった。


 雨で化粧がはがれていなければいいんだけど……。

 化粧道具を持ってくればよかった。


 ……いや、無駄な足掻きか。 

 若いっていいなぁ。


◆ ◆ ◆


 そんなことを考えながら、ふと時計を見ると、そろそろ終電が近づいていることに気が付いた。

 

 「中島くん、ごめん。そろそろ帰らないと終電になっちゃう」


 「え? ああ、ごめんなさい。もうこんな時間か」


 彼も時間を忘れるくらい没頭していたようで、私と同じように時計を見て驚いている。

 

 急いで帰り支度をしてカフェを出る。

 雨の勢いはだいぶ収まってきているが、まだしっかりと降っていた。


 「中島くんはどっちの方角?」


 「ここをまっすぐ行って、白洲通りで左に曲がります。相沢さんは?」


 「私もここをまっすぐだけど、駅に向かうから……」


 「わかりました。それじゃあ、途中まで一緒にいきましょう」


 彼は自分の傘を取り出す。

 傘を持っていない私はそれをボーっと見ている。


 「あれ? 相沢さん傘持ってないんですか?」


 「うん。大丈夫だよ。家に帰ったらすぐにお風呂に入るから」

 

 「それじゃあ、こっちに入ってください」


 「ふぇ?」


 そう言って中島くんは、傘の左半分に体を寄せて私が入れるスペースを作った。


◆ ◆ ◆

 

 相合傘。

 それは一本の傘を二人で差す行為。


 昔、学生だったころ、相合傘をしたことがあった。

 もちろん女の子の友達とだ。

 友人や親子で仲良く一緒に、それが相合傘のコンセプトだと思っていた。

 

 だが、ときに、仲睦まじいカップルや夫婦が相合傘をすることもあると聞いたことがある。

 妙齢の男女が一つ傘の下。


 身を寄せ合わなければ、雨に濡れてしまう。

 そんな建前をいいことに、お互いの下心を舐め合う。

 

 なんていかがわしい。

 潔くもう一つ傘を買えばいいじゃないか。

 

 そんなふうに思っていた時期が私にもありました。


◆ ◆ ◆

 

 今、私は中島くんと相合傘をしている。

 

 正直、さっきカフェにいたときよりも緊張している。

 なぜなら、体の密着具合が先ほどよりも高いからだ。


 しかも、今度は自分から身を寄せなければならない。

 これではまるで、私に下心があるようではないか。

 

 ちらりと彼の顔をうかがうが、別になんとも思っていないようで普通の顔をしている。

 

 「はあ」


 私ばかりが焦っている。

 年齢では勝っていても、経験値では圧倒的に負けている。

 

 「どうかしました。相沢さん」


 「ううん。いきなりの雨だから、なんだか憂鬱で」


 「そうですよねぇ。天気予報では雨じゃなかったのに、あてにならないなぁ」


 私たちは歩幅を合わせながら、駅のほうへと向かう。

 

 まわりの人たちからはどう見えているんだろう。

 いや、雨だから、誰もほかの人のことなんて見てないか。


 「今日はありがとうございました。次会うときまでに練習しておきます」


 「うん。繰り返しやってみて。タブレットに描く作業もだんだん慣れてくるはずだから」


 「それにしても、本当にプロにはならないんですか。将来、すごいイラストレーターになれたりするかも」


 「将来って、そんなの考える歳じゃないよ」


 おばちゃんに将来なんてありません。

 あるのはただの未来です。

 

 「でも、相沢さんのイラストを見て、俺は感動しましたよ」


 「ええ? あれくらいのイラスト、見たことあるでしょう?」


 「そりゃあ、ありますよ? ネットとかにはいろいろなイラストがありますもんね。……でも、ああいうイラストを描ける人に初めて会ったんですよ。そしたら、なんていうか、本当に生身の人間があんなに綺麗なイラストを描けるものなんだなって驚いたんです。今日、目の前でイラストが出来上がっていく様を初めて見て、人間が描いてるものなんだって実感できたんですよ」


 「あはは。人間って。……じゃあ、これまではロボットがイラスト描いてると思ってたの?」


 「そうじゃないですけど、もっとこう、怖そうな顔した芸術家とか、天才肌のとんでもない変人とかが描いてると思ってました」


 中島くんは真面目な顔で話す。

 なんだかそれがおかしくって笑ってしまった。


 「すみません。おかしいですよね。俺の言ってること」


 「ううん。言いたいことわかるよ」


 私が同意してあげると、安心したように笑う。

 

 熱くなっちゃって。

 無邪気な人だなぁ。


 「それに驚いたんですよ。自分とたいして変わらない年齢の子がこんな特技を持っているなんて!」


 「へ?」


 「俺も頑張らなくちゃなってなりますよ!」


 うん?

 なにかおかしなことを言ったぞ?

 「自分とたいして変わらない年齢の子」って言ったの?


 「な、中島くん。わ、私のこと何歳だと思ってるの?」


 もしやと思って聞いてみる。

 この人はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。


 「え? 何歳? えーっと、たぶん、23か24くらいですか? 大学生じゃないんですよね?」


 えーーー…………


 えー……


 えー


 私が固まっているのを見て、中島くんが慌てたようにつけ加える。


 「あ、いや、すみません。俺、お世辞とか苦手なんです。でも、相沢さんてずっとタメ語だし、年上ですよね? もしかして、俺と同じ21とか?」


 「……んじゅ」


 「え?」

  

 「さんじゅう……」


 「さんじゅう?」


 「三十代……」


 私は死んだ顔でそれだけ答えた。


 二人の間に物寂しい風が吹き抜けた気がした。


 

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