4
「な、中島くん……?」
顔を上げると、そこには中島くんがいて、私の顔を覗き込んでいた。
「どうも、お疲れ様です」
「え、あ……」
突然のことに頭の処理が追い付かず、うまく言葉が出てこない。
どうして、ここに中島くんが?
それよりも、なんて返そう!?
なんて言えばいいの!?
「あ、お疲れ様で……」
「いやぁ。すごい雨ですね。傘は持ってたんですけど、吹き込んでくるから雨宿りしちゃいました」
「あ、私も雨宿り、です」
「相席、いいですか? 今日もすごい数のお客様が来ましたよねぇ。もうクタクタですよ」
そう言って、私の席の前に座る。
どうやら、断られることは想定の範囲外だったらしい。
◆ ◆ ◆
中島くんは物憂げな顔でメニューを眺める。
物憂げというのは、私が感じた印象であって、おそらく彼はなんとも思っていない。
ただ、彼が俯いたときに見える長いまつ毛がそう思わせてくるのだ。
「じゃあ、俺もブレンドで」
散々悩んで、ブレンドかい。
今になって背負っていたカバンが邪魔になったのか、ソファ席にどかりとカバンを降ろす。
そこでカバンが濡れていることに気が付いたのか、「カバンがびしょびしょだ」と悪態をつきながら雨粒を手で払う。
昨日の礼儀正しい態度とはちがい、ちょっとくだけたような感じだ。
私は黙ったまま彼の様子を見守った。
というか、なにを話していいかわからない。
中島くんはこちらに向きなおると、ニヤリと笑った。
「相沢さん、俺が渡したナポリタンをちがう席に持って行ってましたね。見てましたよ」
う……。
見られていたのか。
落ち着け。
冷静に話をするんだ。
「たまにはミスくらいするよ」
「あはは。今日もすごい数のお客さんが来てましたもんね」
「う、うん。すごい数だったよね」
「俺もちょっとミスって店長に怒られました」
「へえ。でも、二日目でちょっとなら上出来だよ」
自然に会話が進む。
一瞬、嫌味を言われるのかと思ったが、そうではなかったらしい。
話の取っ掛かりというやつだ。
そのままアルバイトの話で盛り上がる。
彼は厨房担当で、私はホール担当なので、共通の話題は少なかったが、中島くんはうまく会話を転がしてくれた。
ときどき、わかりやすくおかしなことを言ってくれて、私は思わず笑ってしまう。
こんなふうに喫茶店で男の人とおしゃべりするのなんて、初めてかもしれない。
なんだか楽しい。
彼の話がおもしろいというのもあるのだが、カッコいい男の子とお茶しているこのシチュエーションに心が躍っているのだ。
「そういえば、さっきタブレットになにか描いてませんでした?」
話題が急に逸れる。
私はドキリとした。
もしかして、彼の顔を描いていたこと、バレてないよね?
「ああ、このタブレットでお絵描きができるの。私の趣味なんだ」
「へぇ、どんな絵を描くんですか? 見せてくださいよ」
「う、うん。下手だけど」
そう言って過去に描いた中で一番自信のあるイラストを見せる。
すると、中島くんは目を見開いた。
「ええ!? すごい上手じゃないですか!」
「そ、そんなことないよ。これくらいの人はいっぱいいるよ」
「いないですよ! これ、すごい!」
彼は私の描いたイラストを見てたいそう驚いていた。
別にSNSをちょっと覗けば、こんな絵はゴロゴロと転がっているのに大袈裟だ。
「相沢さん。プロなんですか?」
「プロじゃないよ。依頼が来たことはあるけど、趣味で描いてるほうが気楽だからね」
「ええ、もったいないですよ」
プロと言われて思わず口元が緩む。
中島くんはそういうと、また私の絵を食い入るように見始めた。
正直、悪い気はしない。
イラストは、私の唯一の特技なのだから。
「これって、オリジナルのキャラなんですか?」
「そうだよ。適当に描いたんだ」
「想像だけで、こんなキャラクターを生み出せるなんて、才能あるんだぁ」
「ううん。努力だよ。けっこう長い間、描いてるから。中島くんにだって描けるよ」
「ほ、本当ですか」
キラキラとした目で私のイラストを眺める。
なんだか誇らしい。
私が目を奪われてしまう中島君が、私のイラストに目を奪われている。
なんというか、一矢報いてやった気持ちだ。
中島くんはしばらくイラストを眺めていると、「よし、決めた」と口にした。
そして、信じられない言葉を続けた。
「相沢さん。俺にイラストの描き方を教えてください!」
感想、ブックマーク、評価、お待ちしてます。