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 平日の昼間。

 アルバイトは夜なので、昼間は暇だ。

 

 今日は大学時代から友達のエミと一緒に、大手町のカフェでランチを楽しんでいる。


 「それでさ~旦那がさ~、風呂に入らないで寝ちゃうのよ~」


 「大変だねぇ。ケンくんもまだ一歳でしょう? 夜中はエミだけ起きてるんだ?」


 「そうなのよ。帰ってきたと思ったら、黙ってご飯を食べて、気が付いたらがーがーイビキを立てて寝てるの。本当に嫌になっちゃう」


 「旦那さんも仕事で疲れてるんだね。昼間頑張ってる証拠だよ」


 「それはそうだけどさ~。この間も旦那がさ~」


 エミは三年前に結婚した。

 四年前、「二十代のうちに結婚しないと!」と騒ぎだしたエミは、職場の同僚とスピード婚を果たし、今では一児の母。

 彼女はときどき息抜きがしたいと言って、私と食事をしに東京にやってくる。

 ちなみに、子どもは両親に預けているのでご心配なく。

 ネグレクトとかではありません。


 私とエミはおしゃべりをしながら食事を楽しむ。

 いや、実際には楽しんでいるのはエミだけだ。


 正直、この集まりは、基本的にエミが旦那の愚痴を吐き出すために催されていると言っても過言ではない。

 私は無料のサンドバッグとして呼ばれているに過ぎないのだ。


 「てかさ~、真子は結婚しないの?」


 「うん。しないよ」


 「もったいないよ~。大学時代も真子のこと好きだって男の子いたのに~」


 「興味がないからしょうがないよ」


 「でもさ、やっぱり女の幸せは結婚でしょう?」


 エミに悪気がないのはわかってる。

 だけど、勝手に私の幸せを定義しないでもらいたい。


 「子どもかわいいよ~。ほら見て、この動画。ケンが「ママ、パパ」ってしゃべったのよ!」


 「へぇ~、すごいね」


 エミがスマホの画面を見せてくる。

 画面には無邪気に笑うケンくんの顔が映っている。


 もちろん、子どもはかわいいと思う。

 できることなら育ててみたいという気持ちもある。

 

 だけど、そのために自分の平穏な暮らしが脅かされるのは嫌だ。

 おまけに旦那もついてくるとか、絶対に無理。


 「真子は気になる人とかいないの。ほら、アルバイト先のレストランにさ」


 「いないよ。だいたい、同い年くらいの男性はいないよ。年下か年上しかいないの」


 「え~! いいじゃない年上の男性! あそこのレストランの店長って独身なんでしょう? かなりのイケオジだと思うんだけどなぁ」


 「おじさん趣味じゃないから無理だよ」


 「それじゃあ、年下の子は?」


 「……ッ! いないよ。それに忙しいだけの職場だから」


 「そっか~」


 エミに言われて中島くんのことを思い出してしまった。

 あれ以来、考えないようにしていたのに。

 

 記憶がフラッシュバックしてくる。

 あの綺麗な顔、優しい笑顔、切れ長の目……。

 まるで少女漫画のヒーローみたいな理想の男の子。


◆ ◆ ◆

 

 エミと別れてアルバイト先に向かう。

 なんだかわからないけど、憂鬱な気分だ。

 

 いや、なんでかはわかっている。

 また中島くんに会うのが嫌なのだ。


 彼の美貌は、私の心をかき乱す。

 彼の存在は、これまで「男性なんてくだらない存在」だと思っていた自分の考えを、根底からひっくり返そうとしてくる。  


 「はあ、嫌だなぁ」


 私は今年で三十三歳。

 もう甘い恋愛なんかする歳じゃない。


 だいたい、今からジタバタと足掻いたってみっともないだけだ。

 どこの誰が私みたいなおばちゃんと付き合いたいと思うのか。

 

 エミの顔が思い出される。

 旦那や子どものことを話しているときの得意げな顔。

 悪気はないのだろうが、ナチュラルに私のことを見下している。


 それはそうだろう。

 女の幸せは結婚と出産だ、という価値観を持っている人からすれば、私なんて見下す対象以外の何物でもない。

 エミが私と食事をするのは、その優越感を感じるためだ。

 おそらく、無意識にそういうことをやっている。


 この国の価値観は私には合っていない。

 なにも悪いことしていないのに、どうして人から見下されなければならないのか。

 

 若干の怒りを感じながら歩いていると、アルバイト先のレストランに着いた。


◆ ◆ ◆


 今日もお客様がたくさん来店している。

 目の回る忙しさだ。

 

 「相沢さん、これお願いね」


 「はーい!」


 でも、この忙しさが今は心地よかった。

 中島くんのことを考えなくてよくなるから。

 

 今日も中島くんは厨房に入っている。

 私は極力彼のほうを見ないように仕事をした。


 たまに視界に入るたびに胸がジクジクとなる。

 

 まったく鬱陶しい感情だ。

 なんでちょっとかっこいいくらいで、私がこんなに心を乱されなくてはならないのか。

 不公平だ。理不尽だ。

 ああ、腹が立つ。


 いけない。

 仕事に集中しよう。

 集中していれば、心が乱れることもない。


 「相沢さん、これお願いします。二番テーブルです!」


 「えっああ、はい……」


 中島くんから声を掛けられた。

 思わず素っ気ない態度をとってしまう。


 中島くんは相変わらずの端正な顔で、額に汗をかきながら働いている。

 かなり忙しい様子で、昨日見た柔らかな表情とはちがい、勇ましい顔になっている。

 私は、その顔に一瞬心を奪われた。

 瞬時に心の中に鮮やかな花が咲き誇る。


 「……ッ」


 まただ。

 また私の中の時間が止まっていた。

 

 もう、どうしてこういう気持ちになるんだ。

 イライラする。

 自分の心を、自分でコンロトールできなくなるなんて、おかしいじゃないか。


 でも、ちょっと素っ気なくし過ぎたかな……。

 わたしの素っ気ない態度で傷ついてはいないだろうか……。

 仕事なんだから、ちゃんとやらなくては。

 

 私はふたたび集中力を戻し、キリキリと動き出す。

 お客様の席にパスタを運ぶ。


 「お待たせしました。ナポリタンです」


 「えっ、頼んでないけど?」


 「あっ、えっ、し、失礼しました」


 しまった。

 二番テーブルのパスタを間違えて三番テーブルに持ってきてしまった。


 私は急いで三番テーブルに向かう。


 ああ、なんだかおかしくなってる。

 困ったなぁ。




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