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 家に戻ってきた。

 エプロンをつけて手早く料理の準備を進める。


 中島くんにはサポートをお願いする。

 今日は私のいいところを見せたい。


 「相沢さんって料理する人なんですね」


 「一人暮らしなんだから当然よ。中島くんとは料理の歴がちがうんだから」


 メニューは麻婆豆腐。

 私の得意料理だ。

 さっそく豆腐を塩ゆでしていく。


 「豆腐をゆでるんですか?」


 「うん。そのほうが煮崩れしないし、下味もつくから」


 「本格的だなぁ」

 

 豆腐をゆでている間に、調味料の準備をする。

 味付けは四川風だ。


 「辛いの平気? 山椒使ってもいい?」


 「辛いの大好きですよ」


 「そう? じゃあ、このすり鉢で山椒を擦ってて」


 「料理の手際いいですね」


 「料理好きだから。レストランで働いているのもそれが理由だよ」


 「やっぱり、彼氏に振る舞ったりするんですか?」


 「うぇ!?」


 な、なにを言い出すんだこの青年は。

 彼氏なんて生まれてこのかたできたことないっての!


 「い、いや、そういうことはしない、かな」


 「えー、嘘ですよ。これだけ得意だったら、絶対に彼氏にも作ってますよね」


 「彼氏いないから、作らないよ」


 「それは今は、ですよね? いーなー相沢さんの彼氏は、美味しいごはん食べ放題じゃないですか」


 「中島くんだって、自分で美味しい料理作れるでしょうに」


 「彼女に作ってもらうのがいいんですよ。相沢さんみたいな美人な彼女に」


 「もう、からかわないでよ」


 私は手元が狂わないようにしながら、会話することに全神経を集中した。


 動揺しちゃダメ。

 ただの軽口の叩き合いなんだから。


 それにしても中島くんには、私は美人に見えているのだろうか。

 おそらくはお世辞だと思うけど、それでも笑みが抑えられない。

 口角が上がるのを防ぐために若干渋い顔をしながら料理する。


◆ ◆ ◆


 出来上がった料理を二人で食べる。 

 中島くんは「美味しい!」と言ってガツガツと食べてくれた。

 見ていて気持ちがいいくらいの食べっぷりで、作ったほうとしても達成感がある。

 

 食後の杏仁豆腐を食べながら、またイラストの話をする。

 中島くんは自分の好きな絵師のことについて熱心に語ってくれた。

 私は絵の練習に向いてそうなサイトや資料を教えてあげた。

 

 だんだんとお互いが好きなアニメや漫画のほうに話題が逸れていき、一緒にアニメの動画などを見ながら盛り上がる。

 そのころになると、すっかり肩をくっつけ合い、お互いの膝に手を置き合ったりしていた。


 すっかり夢見心地になっていたが、時間が過ぎていくのを惜しく感じていた。

 ときどきチラリと時計を見る。

 中島くんの家は一つ先の駅だから、終電がある。

 もちろん、歩いて帰れないような距離ではないが、終電のせいでタイムリミットが迫ってきているような気分になる。


 どんどん時間が過ぎていく。

 だけど、私は中島くんに「帰る?」とは言わなかった。

 彼が時間を忘れて楽しんでいるのなら、それでいい。

 あえて時間を確認させる必要なんてない。

 終電がなくなってしまったあとで、「あれ? もうこんな時間だね」と言えばいいのだ。


 私の頭の中から、さっきまでのピュアな気持ちは消え去っていた。

 彼を家に帰してはいけない。

 もっと一緒にいたい。


 そして、同時に淫猥な欲望が腹の中で暴れだすのを感じていた。

  

◆ ◆ ◆


 私は彼に時間を意識させないように振る舞っていたが、とうとうそのときは来てしまった。


 「あれ、もうこんな時間ですか。すみません、長居しちゃって」


 「ああ、本当だ。全然気が付かなかった」


 白々しく答える。

 内心、舌打ちをする。

 あと一時間粘れば終電がなくなってたのに。

 これで彼は帰ってしまう。


 「ああ、帰るの面倒臭いなぁ」


 「え?」


 中島くんは伸びをしながら、面倒臭そうに言った。

 何気なく言った一言だったが、私はそこにつけ入る隙を見つけた。


 「だったら、泊っていけば? 来客用の布団はあるから、全然大丈夫だよ」


 私はさらりと言い放つ。

 親が来たとき用の布団があるのは本当だ。


 「本当ですか? でも、ご迷惑でしょう」


 「全然迷惑じゃないよ。中島くんがよければ、私はなにも問題ない」   


 別になんとも思ってませんよ、という感じは前面に押し出さなければならない。

 変なことは妄想してません、ただ宿を貸すだけです、という顔をする。


 中島くんはしばらく悩んでいたが、突然「あっ」となにかを思い出した。


 「しまった。明日は一限から授業なんだった。家に帰らないと。でもなぁ……サボればいいか」


 「……それなら帰ったほうがいいかもね。授業は大事だよ」


 私は平静を装って大人としての意見を伝える。

 だが、心の中では崖から落ちたような悲鳴を上げていた。


 一度、むくむくと膨らんでいた欲望が、シューッと音を立ててしぼんでいく。

 そして、間の悪い大学の授業スケジュールに対して怒りを覚えた。


 中島くんは名残惜しそうにしていたが、帰りの準備を済ませる。


 「じゃあ、俺はこれで、今日は本当にありがとうございました」


 「こちらこそ。じゃあ、駅まで送るね?」


 「いやいや、大丈夫ですよ。もう夜も遅いですから、帰り道が危険です」


 駅まで送ろうという私の申し出を断る。 


 ああ、中島くんとの時間が終わってしまう。

 

 「ねえ、次はいつ来る?」


 欲望の片鱗が、思わず口をついて出てしまう。 


 「相沢さんがよければ、いつでも。逆に、相沢さんの予定はどうです?」


 「わ、私も、中島くんがよければ、いつでも」


 私たちはお互いにはにかみ合う。

 

 よかった。

 「泊っていけば?」なんて聞いて、警戒されてたらどうしようかと思った。 


 そして、とうとう中島くんは帰ってしまった。


◆ ◆ ◆


 中島くんが帰ったあと、私は風呂に入りながら一人で反省会をした。

 

 一限から授業があるというなら、「私が朝早めに起こしてあげるから泊っていけば」と言えばよかったのではないか。

 なんでそういう切り返しがパッと出てこないんだろう。

 本当に頭が悪い。


 中島くんなら、私の言うことに無理に反対はしなかったと思う。

 なんなら、今の中島くんに何かを断られるということはないという自信すらある。

 別に自分が魅力的な女性だから、というわけではない。

 なんというか、中島くんはそういう男の子なんだと思う。

 若さゆえの無警戒と言ったらいいのか。


 男女の仲になりたいと言えば、そうしてくれるのではないか。

 もちろん、そのお願いを切り出すのはとても難しい。

 世の中の男女はそのお願いをする勇気がないから困っているというケースがほとんどのはずだ。


 だけど、私の家に泊まらせることは難しくない状態になっている。

 一つ屋根の下で横になりさえすれば、どんな言い訳でも立つ。

 据え膳食わぬは男の恥。

 布団の中で手でも握れば、あとは成り行きだ。


 「……私に、できるかな」


 鏡の前に立って自分の体を見る。

 

 まだ大丈夫なはずだ。

 でも、少しダイエットをしようか。

 お腹の肉が若干気になる。


 明日から食事制限することを決意して風呂から上がる。

 すると、カゴの中にタオルが入っていることに気が付いた。


 「中島くんが使ったタオル……」


 家に来たとき、汗を拭きとるために使ってもらったものだ。


 「…………ッ」


 まただ。

 また私の中でよからぬ想いがのたうち回る。


 ダメだ。

 そんなこと……。

 そんな卑怯なことはできない。


 タオルを見つめていると、だんだんと胸が高鳴ってくる。

 鼻息も荒くなってしまう。


 別にいいではないか。 

 誰のことも不快にさせない。

 私だけが知ることだ。


 さっきまでは中島くんがいたから抑えつけていたが、今は一人。

 もう抑えつける必要もない。


 私は中島くんが使ったタオルを持って寝室に向かう。

 ベッドに倒れこんで、タオルを顔に押し当てた。


 柔軟剤の匂いしかしない。

 タオルに染み込んだはずの彼の汗はとっくに乾いていた。

 それでも、そのタオルが中島くんなのだと脳を錯覚させて顔に撫でつける。


 その日、私は久しぶりに自分で自分を慰めた。

 


 

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