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 「あれ、もう夕方か」


 ふと時計を見ると、もう五時だった。

 中島くんとの楽しい時間に没頭していて気が付かなった。


 「本当だ。あっという間ですね」


 「中島くん。すごい集中力だったから、そう感じるんだよ」


 中島君は一生懸命になって技術を吸収しようとしていた。

 そのおかげか、彼のイラストの腕はだいぶ上達したと思う。


 「俺、もう帰ったほうがいいですかね?」


 「え、う、ううん。今日は暇だからいつまでいてくれてもいいんだよ」


 常識を弁えている大人なら、もうすぐお暇する時間だ。

 だけど、彼にとっては仲のいい友達の家に遊びに来ている感覚だから、どう振る舞えばいいか迷っているのだろう。

 私としては本当にいつまでいてくれてもいい。

 

 そうだ。

 せっかくだから、一緒に晩御飯を食べたい。

 勇気を出して言ってみよう。


 「ば、晩ご飯食べていく?」


 かなり上ずった声が出てしまう。


 「いいですね。なに食べましょうか」


 二つ返事で了承してもらえた。

 

 「家になにもないから、外食するか、材料買ってきて家で作るか、どっちかになるけど……」


 「じゃあ、せっかくだから家で食べましょう。厨房担当の腕を見せますよ」


◆ ◆ ◆


 近くのスーパーに買い物にやってきた。

 いつもは一人で利用しているところだが、今日は二人で店内に入る。


 中島くんがカートにカゴを乗せて押してくれる。

 私はその前をテクテクと歩く。


 「なにか食べたい料理とかある?」


 「う~ん、中華とか好きです。家でもよく作りますよ」


 「じゃあ、麻婆豆腐でも作ろうか」


 「そうですね。じゃあ、ここではネギを買いましょう」


 私がネギを取って買い物カゴの中に入れていく。

 

 ときどき、周りの人が私と彼を見る。

 主に彼のほうに注目している気がする。

 そりゃあ、こんなモデルみたいな男の子がいたら目を引かれるよね。


 そして、通り過ぎる人たちが彼を見たあとに、私のほうをチラリと見る。

 私たちのことをカップルだと思っているのだろう。


 みんなが私たちのほうを見ている気がする。

 なんだろう、この優越感は。

 

 私は生まれて初めて味わう感覚に酔いしれていた。

 パートナーがいることで、他人に対してマウントを取るというのは、本来、私が毛嫌いしていた思想だ。

 だが、いざ自分がやってみると、これほどまでに楽しいことはないと実感できる。

 世の女性が彼氏を見せつけてマウントを取る気持ちがやっと理解できた。


 妙齢の女性とすれ違う。

 チラリとこちらを一瞥しただけだが、顔には「ちっ、リア充め」と書かれている気がする。

 たぶん、私の気のせいなのだが、そう思っているのではないかと考えるだけで勝った気持ちになる。

 私は優越感に浸りながら、心の中でその女性に語りかける。


 これから私は彼と自宅で料理を作るの。

 一緒に食べて、そのあとは一緒にまったりする。

 さらにそのあと?

 ご想像にお任せすします。

 

 頭の中で勝手にそんなことを考えてしまう。

 ひどい妄想だ。

 私は頭を振る。


 「私、なに考えてんだろ……」

 

 いつから私はこんな嫌な人間になったんだ。

 中島くんのことを頭の中で勝手に彼氏にして、他人に対して勝手に優越感を得るなんて。

 

◆ ◆ ◆


 買い物を済ませて自宅に戻る。

 帰り道、中島くんが重い荷物を持ってくれる。

 

 「重くない? 持とうか?」


 「全然重くないですよ、これくらい」


 中島くんはスーパーの袋を上げ下げして力を見せつける。

 

 細いように見えるけど、やっぱり男の人なんだ。

 私より全然力がある。


 私は彼の二の腕を触る。


 「本当だ。筋肉あるね」


 「高校のときはバスケやってましたから、大学ではなにもやってませんけど」


 「へ~、バスケットかぁ。すごいモテそう」


 「いや、全然モテなかったですよ」


 「嘘ばっかり」


 「本当ですよ。振られてばっかりです」


 私たちはイチャイチャしながら歩く。

 私は、気安く彼に触ったり、高校時代の恋愛ネタを掘り起こしてみたり、これまでの自分なら考えられないくらい無遠慮な態度をとる。


 ここにきて、私は自分の中のリミットをかなり解除していた。

 一種の錯覚を起こしていたと思う。

 すでに彼は自分の恋人で、今はお家デートの真っ最中。

 頭の中にはお花畑が広がっている。

 

 そんな自分を客観視している自分もいる。

 この女は完全に調子に乗っているな、と冷ややかな目をしているもう一人の自分がいるのだ。

 

 それでも、イチャイチャを止められない。

 止めたくない。

 

 初めて押し寄せてくる脳内の幸せ物質に対して、なすすべなく身を委ねる。

 そして、自分にいいわけをする。


 いいじゃないか。

 疑似恋愛するくらいは。

 彼だって嫌がっていない。

 むしろ、私と仲良くなれて上機嫌だ。

 誰にも迷惑をかけてないんだから、問題なしだ。


◆ ◆ ◆


 頭の中で邪なことを考えながら、彼との会話を楽しむ。

 もはや、私の目には彼しか映っていなかった。


 大通りに差し掛かる。

 ここを通れば、我が家だ。

 

 買い物デートはここまで。

 残念な気持ちもあるが、家に着いたら今度は一緒に料理だ。

 

 楽しみすぎる……。


 そう思いながら、通りを渡ろうとする。

 すると、急に彼に腕を掴まれた。

 

 「赤です。危ないですよ」

 

 「え、ああ、ごめんなさい」


 信号は赤だった。

 

 いけない。

 車の交通量しか見てなかった。

 

 道路に飛び出そうとしていた自分に驚きつつも、頭の半分では別のことを考えてしまう。


 中島くん、すごい力だった。

 掴まれた腕がちょっと痛かったくらい。


 掴まれたところがちょっとだけジンジンする。

 感触がまだ残っている。


 私は彼の手を見る。

 滑らかな肌に長い指をしている。

 それでいて、骨ばっていてごつごつしている。


 じっと彼の手を見ていると、変な気持ちになってきた。

 言い表せないような、おかしな気持ちだ。

 そのままの気持ちで、私は家へと戻った。 

 



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