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 今日は中島くんが家にやってくる。

 カーペットは取り替えたし、昨日のうちに掃除はしておいたから、準備は万端。

 「いつでもこい!」という感じだ。

 

 ……でも、もう一度掃除しておこうかな。

 あと換気もしておこう、変な匂いとかしてたら嫌だから。


 私は朝からそわそわしながら中島くんが来るのを待っていた。

 彼が来るのは午後、まだ慌てるような時間じゃない。

 それなのに、気持ちが先行し過ぎて落ち着かない。


 「よし。今のうちにもう一度おさらいしておこう」


 中島くんが来たら出すお茶は、キッチンに準備してある。

 お茶請けは銀座で買ってきたクッキーが戸棚にしまってある。

 パソコンとタブレットの中にあった見られたくない画像はすべて消去してある。

 トイレは清潔に保たれている。

 玄関の掃き掃除は昨日やった。

 身だしなみは整っている。


 ふぅ。

 これで大丈夫、だよね?


 私はこれから国賓を迎えるくらいの気持ちで中島くんを待っていた。


◆ ◆ ◆


 ピンポーン。


 きた!


 私はダダダと玄関に駆け寄って急いでドアのカギを開けた。

 ドアを開けると、中島くんが軽く微笑みながら立っていた。


 「いらっしゃい。中島くん」


 「おじゃまします。すみません。途中で迷っちゃって」


 「ううん。迎えに行けばよかったね」


 外は暑かったようで、中島くんは若干汗ばんでいた。

 私は素早く彼を家の中に通し、清潔なタオルを手渡してあげる。


 「あ、どうも。そうだ。ちょっと脱衣所借りてもいいですか」


 「え、いいけど」


 「汗かくかもしれないと思って着替え持ってきたんです。部屋着に着替えてもいいですか?」


 「どうぞ、どうぞ。ここが脱衣所だよ」


 なるほど。

 わかっているじゃないか、中島くん。


 汗ばんだまま人の家に上がり込めば、自分の汗でソファやカーペットを汚してしまうかもしれない。

 だから、わざわざ着替えを持ってきていたんだ。

 これはかなり上級レベルの気遣いだぞ。


 もちろんこれがマナーとして正しいかどうかというのは別の話だが。

 彼なりに考えて粗相のないように振る舞おうとしているのだ。

 なんとも可愛いじゃないか。


 中島くんはジャージ姿になって戻ってきた。

 私は冷たいお茶とクッキーを出して待ち構える。


 「ここが相沢さんのお家なんですね」


 きょろきょろと見回す。

 

 こらこら。

 そんなにジロジロ見ちゃいかんよ。

 まあ、見られても大丈夫なのように、変なものはすべて押入れに隠したけどね。


 「暑かったでしょう。お茶飲んでね」


 「ありがとうございます。これ、よかったら」


 そう言って中島くんは、紙袋を差し出す。

 紙袋にプリントされている模様から、近くのデパートで買ってきたものだとわかる。

 たぶん、お茶菓子だ。


 「あら、別によかったのに。じゃあ、これも一緒に食べようか」


 「はい、いただきます」


 いつになく丁寧な態度だ。

 どうやら、中島くんも少なからず気を張ってくれているらしい。

  

 緊張しているのが自分だけではないとわかって少しだけ安心した。


◆ ◆ ◆


 お互いにタブレットを出してイラストの勉強を始める。

 

 「人体を描くときは、まずアタリを描いて。完成形から描こうとしちゃダメだよ」


 「こうですか?」


 「そうじゃなくて、こういうふうに……」


 静かな部屋の中で、私たちの話し声だけがする。

 慣れたつもりだったけど、やっぱりちょっと緊張する。


 カフェのときは周りに人がいていろいろな音がしていた。

 店員さんの声、お客さんの話し声、雨音……。

 

 今は二人きりで、お互いの声だけが聞こえる状態。

 そうなると、よけいに相手のことを意識してしまうのだ。


 「こうすると、簡単に人体が描けるよ」


 「わあ、本当だ。こんなの俺に描けるかなぁ」


 「大丈夫。一から教えてあげる」


 私たちは肩を寄せ合いながらイラストを描く。

 今日はカフェでやっていたときよりも、もっと二人の距離が近い。


 私もこの間よりも大胆に体を寄せている。

 どうせ、誰も見ていないし、中島くんも嫌がっている素振りがない。

 

 肩がツンツンと当たるのがたまらなく楽しい。

 このドキドキ感、カフェのとき以上だ。


 「よーし。また最初から描いてみます。ちょっと待っててください」


 「うん。ゆっくりでいいよ」


 不真面目なことを考えている私とは対照的に、中島くんはいたって真剣にイラストと向き合っている。

 

 肩が触れ合うことに対しても、特になにかを思っている節はない。

 イケメンである彼にとってはこれくらいは平常運転らしい。


 きっと、女の子慣れしてるんだよね。

 肩が触れ合ったくらいで緊張するのは、中学生で卒業しているにちがいない。

 

 加えて、相手は30のおばちゃんだ。

 ドキドキするほうがおかしい。

 

 「描けました! どうでしょう」


 「うん。だいぶよくなってるよ。あとは、ここをこうして……」


 特に緊張した様子のない彼を見て、私はちょっとだけ悔しかった。

 こっちだけドキドキしているのは、なんだか不公平な気がする。

 私の一人相撲じゃないか。


 なんとか今日、彼にドキドキさせることはできないだろうか。

 


 


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