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 私は相沢真子あいざわまこ、32歳独身。

 

 32歳で独身というと、たまに私のことを哀れんだ目で見てくる人がいる。

 実際、両親には結婚を諦められているし、親戚一同からも同情の目で見られている。

 行き遅れてしまった可哀想な女、それが私に対する世間からの評価だ。


 だけど、勘違いしないでもらいたい。

 私は自分で独身の道を選んでいる。

 今の時代、一人で生きていくことになんの問題もないし、パートナーなんているだけ邪魔だ。

 私は平日は飲食店でバイトをして、休日は趣味のイラストを一日中描いている。

 誰にも邪魔されない平穏な毎日に満足しているのだ。


 それに、そもそも私は恋愛に興味がない。

 というか、男性に興味を持ったことがない。


 男なんてガサツで、無遠慮で、汚くて、ガキみたいで……。

 あんな奴等のなにがいいのか、さっぱりわからない。

 中学生くらいのときから、まわりのみんなは「○○くんのことが好き!」「○○くんと付き合いたい」と言っていたが、私にはまったく理解できなかった。


 べつにトラウマとかがあるわけではない。

 単純に興味がないってだけだ。

 

 だから、私はこれからも一人で生きていく。

 それでなんの問題もないのだから。


◆ ◆ ◆


 「三番テーブル、ナポリタン入りまーす」


 「あいよー。相沢さん、そこのペペロンチーノ、二番にお願いね」


 「はーい」


 私は新規のお客様からの注文を厨房に伝え、その足で、今度は出来上がったばかりのパスタを届けに行く。

 店内は美味しいイラリアンの匂いと楽し気な雰囲気でいっぱいだ。

 

 ここはイタリアンレストラン。

 私のアルバイト先だ。

 この街ではけっこう人気で、夜はたいへん混雑する。


 「お待たせしました。ご注文は以上でよろしいでしょうか。ごゆっくりどうぞ」


 パスタをお客様に届ける。

 そして、すぐにほかのテーブルの注文を聞きに行く。

 

 なかなか忙しい。

 だけど、慣れてくるとゲーム感覚でこなせるので楽しくなってくる。

 注文とお水と会計と食事提供の順番を入れ替えて最善手をうつ。

 まるでパズルゲームだ。


 厨房はまるで戦場のように忙しい。

 だが、お客様にはその忙しさを感じさせないようにスマートに食事を提供する。

 息つく暇もないほどに忙しくなる。

 なんだか、ちょっとスリリングなアトラクションみたい。


◆ ◆ ◆


 「ありがとうございます」


 最後のお客様が帰った。

 時刻は二十二時。

 

 私はくたくたになった体を休めるために、厨房の裏にある事務所で机に突っ伏した。


 「あはは。相沢さん、今日も助かったよ。お疲れ様」


 「ああ、店長。お疲れ様です。すごい数のお客さまでしたね」


 「うん。相沢さんがいなければ、とても回せなかったよ」


 店長に褒められる。

 店長はこの店を五年前から始め、瞬く間にこの街で指折りの人気店にしてしまった敏腕シェフだ。

 口ひげを蓄え、笑うと顔に深いしわが刻まれる。

 料理で鍛えられた前腕は丸太のように太い。

 アルバイトの女性陣の間ではダンディーなおじさまとして一定の人気を誇っている。


 もちろん、私は興味ないけど。


 「ああ、そうだ。相沢さん。今日から新しく厨房にアルバイトの子が入ったんだ。紹介するよ」


 「新しいアルバイトの子?」


 店長がそう言ったタイミングで、奥から一人の背の高い青年が現れる。

 その瞬間、私の時が止まった。


 彼の背は高く、百八十センチくらいはあった。

 小さな顔に長いまつ毛。

 切れ長の目に柔らかな表情。

 長い手足に引き締まった身体。


 まるでモデルだ。

 テレビなどで見るタレントよりもずっとカッコいい。

 いや、美しいとさえ感じる。

 こんなイケメンを実物として見るのは生まれて初めてかもしれない。


 「どうも、今日からお世話になっております。中島涼太なかじまりょうたと申します。不慣れでご迷惑をお掛けするかと思いますが、早く戦力になれるよう、頑張りたいと思います」


 「ははは。中島くんは礼儀正しいな! ま、仲良くしてやってよ。相沢さん」


 店長が中島くんの背中をポンと叩く。

 中島くんは照れ臭そうに笑い、私に会釈をした。 


 私は、彼の所作の美しさに見ほれた。

 まるで女性のように繊細な所作なのだ。

 彼の育ちの良さが伺える。


 「え、ええ。こちらこそよろしくお願いします」


 無難な挨拶を返す。

 それしか言葉が出てこなかった。

 彼を見たときの衝撃で、私の中の時はまだ止まったままだったからだ。


 え? なに?

 どうして、私は固まってしまったの?

 中島くんを見たときに体に流れた電流はなに!?


 私は自分の体に起こった現象の意味が理解できずに混乱した。

 だが、だんだんとその意味を理解し始め、顔が赤くなる。


 そうだ。

 彼を見たとき、美しいと、かっこいいと思ってしまったんだ。


 男性にそんな感想を抱いたことがなかったから、体がびっくりして硬直してしまったのだろう。


 「そんなバカな……」


 中島くんはほかのアルバイトのメンバーに挨拶をして回っている。

 自分の意志とは関係なく、その様子を目で追ってしまう。

 そんな自分に気が付いて、首を横にぶるんと振った。


 ありえない!

 私が男性に興味をもつなんて!

 なにかの間違いよ!


 私はなにかを振り払うようにして、レストランを出た。

 

 こんなことがあってたまるものか。

 いまさら、男性のことが気になるなんて。

 私は一生独り身を貫くんだ! 



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