君の友達になりたい
彼女が人ではないモノへ変わって六ヶ月が経った。
あれほど焦がれていた体にこの手で触れられること、人間と見紛うほど精巧に作られた球体関節人形の姿をうっとりと眺める。
これでもう死ぬことも、老いることも無い。失う未来に怯える必要もないのだ。ああ、なんて素晴らしい。
最初は気持ち悪い、早く殺してと嘆いていたが、段々落ち着いていった。
ひんやりと冷たい頬にそっと触れる。ビクッと肩が小さく跳ね、後ろへと体を傾けた。人間の頃だったらきっと、眉を寄せ、口元を歪め、瞳に嫌悪を乗せて鋭く睨んでくるのだろう。
しかし、今はピクリとも表情が動かない人形なのだ。
全身で拒絶するオーラを出している姿が威嚇し毛を逆立てる子猫のようで、可愛い。
人形だけど、神経は通っている。そういう風に作った。
あまりおイタをするようなら時にはお仕置も必要だから。もちろん、気は進まない。愛しい彼女の苦しむ声なんて聞きたいわけが無い。
でも、僕の元から逃げようとするから、それはイケナイことだと何度も教えたのに覚えようとしないから。
覚えるまで、しっかり付き合ってあげないとね。僕は恋人なんだから。
人間だった頃、半身不随になった彼女は絶望していた。ポロポロと涙を枕に染み込ませ、何度も「殺して」と掠れた声で僕に訴えた。
大丈夫、僕がずっとそばにいるから、そう伝えても、彼女には届いていないようだった。
ぼんやりと天井を見つめる日が続き、やがて話しかけても反応しなくなった。
まさかここまで落ち込んでしまうとは……やっぱり、足を切断するぐらいで良かったのかもしれない。
しかし、こうなってしまっては仕方がない。
今の彼女に生きる気力はない。動けないからだ。なら、動けるようにしてあげればいい。そうしたらまたあの頃のように僕の手を握ってくれる。
魂を肉体から引き剥がし、人形に宿らせる。もちろん簡単なことじゃない。でも、僕は成功させた。愛する彼女と永遠の時を過ごすために。
僕はアンドロイドだ。壊れても体内に埋め込まれたチップが破壊されない限り意識を失うことは無い。
自分で壊れたパーツの修理もできるし、人形となった彼女を置いていくことは無いだろう。
それに、いざとなったら一緒に眠るのもいい。
生まれ変わることが出来たら、今度こそ君と同じ人間になりたいんだ。
子供の遊び相手に、を謳い文句に売り出されたアンドロイドが出て二十年。価格のこともあり中々手を出せずにいた層も、量産されたアンドロイドには手を出せるようになってきた。
複雑な動作がプログラムされた物は非常に高価だが、幼い子供の遊び相手としてあてがうには、僕らのような量産型がピッタリなのだ。
僕が彼女の元へやって来たのは、彼女が九歳の時だ。
オドオドと怯えたように下がった眉が見え、僕は彼女を安心させられる笑顔を浮かべられないことが悔しかった。
しかし、僕がそっと手を差し出すと、少しのためらいを見せた後、きゅっと小さく温かな手で握り返してくれた。
あの時の幸福は、きっと永遠に忘れることは無いだろう。
彼女は酷く人見知りで、友達もいない。そんな娘を心配し、アンドロイドの僕をプレゼントしたのだと言う。
おままごとの時僕は彼女の旦那さんだった。寝る時は手を握って一緒に布団に入った。朝起きて彼女と一番に言葉を交わすのは僕だった。
彼女の元へやって来て五年が経った。
反抗期、という彼女が両親を酷く嫌っていた。「私はどうせいらない子なんだ」「お父さんもお母さんも自分のことばっかり!」それが当時の口ぐせだった。
そして、彼女は学校でいじめを受けていた。毎日僕にその内容を聞かせ、「あんなヤツら、いなくなっちゃえばいいのに」とこぼした。
僕は、彼女の願いを叶えた。
「美羽、君をいじめていた人間はもういなくなったよ、これでもう泣かなくてもいいね」
彼女の髪を引っ張った男は頭皮を引き剥がしたし、彼女の机に虫を入れた女は全身に虫の死骸を塗りたくった。いじめられる彼女を周りで笑っていた三人は笑えないように喉を潰して口を裂いた。
全員学校に来なくなったと聞いた。これで喜んでくれる、僕は彼女の友達なのだから、
どんな風に喜んでくれるだろうか。
ぱぁっと目を輝かせる? それとも、頬を染めて安心したように笑う? 彼女が喜んでくれるなら、僕はそれでいい。ああ、でも。あの時のように、温かな手で握り返してくれたら、それが一番うれしい。
ワクワクとドキドキを抱えて反応を待っていると、彼女は引きつった顔で僕を見た。
「それ……本当なの?」
「もちろん。嘘だと思うなら僕のフォルダを見る? 彼らの写真が残って――」
「いっいやっ。なんてことを……!」
――え?
彼女から返ってきたのは、負の感情だった。
戸惑い、怯え、恐怖、嫌悪。くるくると変わっていく感情に、僕はめまいがした。もちろん人間ではないからめまいなんて起きないのだけど、本当に一瞬目の前が真っ暗になったのだ。
彼女が泣きながら両親の元へ走り、何かを訴えていた。初めて友達に拒絶され、僕はショックで動けなかった。そうしているうちに、僕は彼女に捨てられたようだった。
気が付くと見知らぬ部屋にいて、僕は中身を開かれ人間の心臓とも言えるチップを取り出されようとしていた。
その腕を掴み、そのまま握りつぶした。野太い悲鳴が部屋中に響き、うるさいので首を締めて静かにした。僕を取り押さえようと向かってきた人間を殴り、蹴り、全員の頭を潰し終えたところで、世界で一番大切な少女のことを思い出した。
そうだ、迎えに行かなきゃ。
泣き虫だから、僕がなぐさめてあげないと。
怖い話を見た後は、一緒にトイレに行ってあげないと。
いつだって隣にいた。僕と美羽は、友達なのだから。
壊れたパーツは自分で修理した。赤く染まった体をキレイに拭いて、血であふれた部屋を出た。
単純な作業ならアンドロイドでも雇ってもらえた。同じように家族から捨てられたアンドロイドも何体か街で見かけた。機械でプレスにかけられる前に逃げ出したモノや、收集車から抜けだしたモノもいた。
僕は休むことなく働き、金を稼ぎ、職場で知り合った人に頼んで部屋を借りた。
そして、彼女を探した。数年ぶりに見た彼女は変わっていた。
あどけなさの残る少女から、素足を惜しげもなく晒す女性へと。
僕の知らない男の隣で笑っている。あの頃見せてくれた無邪気な笑顔じゃない、うっとりと異性を見つめる大人の笑顔だ。
「美羽」
「え……? あ、あぁ、何で!?」
「迎えに来たよ」
彼女を気絶させ、何だお前、と向かってきた男の首を締め上げ握りつぶした。地面に転がったソレの頭を蹴飛ばして彼女と暮らすための家へ帰った。
彼女のためにそろえた部屋の中で目を覚ますと、ひどく混乱した様子だったので「僕だよ。怖くないよ、大丈夫」と声をかけたのだが怯えたように泣くだけだった。
やがて反抗期の頃と同じ目つきになり、僕の元から逃げようとした。それはイケナイことだと教えたのに繰り返すから、神経を切断して首から下を動かないようにした。
「お願い……私を殺して」
「大丈夫だよ、僕がずぅっとそばにいるから。不安になることは無いよ」
「いや、もういやなの……」
「どうしてそんなことを言うの? 君が言ったんじゃないか、ずっとそばにいてねって」
「いや……もうやめて……」
人間の頃なら、パッチリと開いた丸い瞳から、影ができるほど長いまつ毛を濡らして涙をこぼすのだろう。
今の彼女はパッチリと開いた瞳と長いまつ毛を持っているけれど、瞬きをすることは無い。もちろん、透明な雫を落とすことも無い。
幸せだ。なんて満ち足りた日々なんだろう。彼女が頭を抱えてブツブツ何か呟いていることも、時が経てば落ち着くだろう。
だって、時間はあふれるほどあるのだから。
最近、彼女がおとなしい。ようやく分かってくれたんだとうれしくなる。僕の愛が伝わったんだ。
ガシャン。ガラスの割れる音に慌てて彼女の部屋に駆けつけると、彼女は割れた写真立てと一緒に床に座り込んでいた。
「大丈夫!?」
「あ……私……今何時?」
「え? 十一時だけど……」
「十一時!? どうしよう、学校に遅刻しちゃう……!」
「何を、言ってるの? 美羽、君はもう卒業してるのに」
「あれ……? 何であなたがいるの? 捨てたはずじゃ……」
イマイチ話が噛み合わない。僕の姿に怯えるか「殺して」と頼むことしか反応しなかったのに、オロオロと困ったようにしている。
やがて割れた写真立ての存在に気付き、中に入っていた僕と美羽の写真を見て動きを止めた。
人形の指で写真をそっと持ち上げると、小さく「懐かしい」とこぼした。
一瞬人間だった頃の横顔が見えた気がして、僕はありもしない心臓が跳ねたような感覚になる。
彼女はしばらく写真を見つめ、そばにいる僕に気付きいつものように小さく悲鳴を上げた。
「来ないで! いや……!」
いつもの反応だ。ほっとした自分がいて、視界にノイズが走る。
彼女に拒絶されることにすっかり慣れてしまった。最初は悲しくて、奈落へと突き落とされたようなショックを受けていたのに。
昔はあんなにも無邪気になついてくれた彼女と、どうしてこうなったのか。
もう彼女が僕の手を握ってくれることはないのだろう。一緒に遊ぼ、と笑いかけてくれることも、冷たいから冬はちょっと離れて、と申し訳なさそうに謝られることも、そんな未来は二度とこない。
友達だった。一番の、彼女の初めての友達。そう、僕と彼女は友達だったのだ。
機械の僕が彼女に醜く歪んだ感情さえ持たなければ、きっと友達として彼女を見守ることができた。
「……ごめんね、美羽」
彼女に異変が起こりはじめて二週間が経った。
最初は学校に遅刻する、と時間を気にしていたが、段々苛立ちをあらわに物を投げ散らかすようになった。「アイツらなんて、いなくなっちゃえばいいのに!」と、中学生だった頃の彼女の言葉を口にして。
記憶が退行している。そう気付いたのは、彼女に異変が現れてから一ヶ月が経った頃。
僕がさらった彼女は二十四歳。しかし、記憶の退行が始まってからは高校生、中学生、とどんどん幼くなっていく。
そして、彼女は僕と出会った年と同じまで記憶が戻ってしまった。
「ねぇ、ゲームしよー」
「うん。いいよ」
記憶の中の彼女がそこにいた。
人形の顔はピクリとも動かないけど、笑顔を浮かべた彼女が目の前にいるように感じる。温もりはないけれど、手を差し伸べてくれる。
彼女はコントローラーを握り、画面に向かって「行け、行けっ」と激励を飛ばしている。
二度とこないはずの未来があった。僕が奪った彼女がいた。
このまま彼女の記憶は退行していくのだろう。人形の器に魂が合わず、拒絶反応を示しているからだ。
記憶と同時に魂も小さくなっていく。最後には消えてしまう。死んで、僕の前からいなくなってしまう。
永遠と共にできるなんて最初から思っていなかった。物なのだ。いずれは朽ちていく。
「ねぇ、今度出会ったら美羽の一番の友達になりたいな」
「もー、何言ってるの? ケイはわたしの親友なんだから、ずっと一番でしょ!」
「うん……そう、だったね。美羽、君の記憶は僕が持っているから。これから先何を忘れても、僕は覚えてるよ。すべて消えてしまっても、それでも君が好きだよ。僕は……君の、大親友だから、ね」
「ケイ……? 泣いてるの? 変なの、ケイはアンドロイドなのに」
「はは……そうだね。涙を流せたら、良かったのかもしれない」
美羽。僕の友達。また出会えたら、今度こそ、君のそばにいたいんだ。




