1話 入部してみた/2話 部の方針を決めてみた
1話 入部してみた
今日も、特に何もない学校での一日が終わろうとしていた。
帰りのホームルームが終わり、挨拶をして教室を出た。階段を降り、昇降口に向かう廊下を歩いていた。そのとき、進行方向とは逆の遠くの方で「ガシャン!」と音がした。振り返ると、何か古い教室だろうか。何か大きな物をその部屋に運んでいた。特に興味があったわけでもないが、家に帰っても大してすることもないから、何となくその部屋の方へ向かった。
そこでは50代くらいの年配の先生と20代の若手の先生が2人で、大きな荷物を運んでいた。普段は絶対こんなこと言わないのに、なぜか僕はこんな言葉を発していた。
「手伝いましょうか。」
「おー、それは助かる。一緒に持ってくれ。」
年配の先生が言った。運んでいるのは、まだ使えそうだが少し古いホワイトボードだった。もう使わないから一旦この部屋にしまっておくとのこと。先生は僕にお礼を告げ、部屋の鍵を閉めて戻ろうとしていた。そのとき、ふと部屋のドアに貼ってあるボロボロの紙に気が付いた。
「数学部部室 新入部員大大大募集中!!」
“大大大募集中”にダサさを感じながらも、何だか自分の中に変な感覚が生まれた。
「何か自分を変えてくれるきっかけになるかも。」
そういった類の変な感覚だ。
「先生、この数学部って今もあるんですか?」
「あー、今はないんじゃないかな…活動してるところ見たことないし、この部屋もだいぶ前から使われてないからな…」
「まぁ、うちの学校は部活動にそこまで厳密な規定はないから、興味があるなら入部届出してしまえば!そしたら、何とかなるよ!」
若手の先生は言った。年配の先生は、また適当なことを言って…というようなことを笑いながらつっこんでいた。そして、
「部活動担当の先生にちょっと聞いてみとくよ。君、何年何組の誰くんかな?」
「ありがとうございます。1年8組の河本です。」
「河本くんね。明日にでも、結果を伝えるから。」
いい先生方だ。そんなことを思いながら、帰り路についた。
次の日の放課後、昨日の若手の先生が軽やかな足取りで僕のところへやって来た。この先生、名前は和田先生というらしい。
「数学部、一応存在はしてるらしいよ。部員はいないけど、一応、顧問も決めてるから問題ないらしい。サッカー部の副顧問の西山先生が掛け持ちで持つことになってるんだって。」
「そうなんですね。そこまで調べてもらってありがとうございます。」
「いや、何でもいいんだけど、何かに興味が湧くってけっこう大事なことだからね。少しでも力になろうと思っただけだよ。」
「そうだったんですね。…ほんとありがとうございます。入部届出してみようと思います。」
「部活動生ライフ楽しんでね。」
そう言って、和田先生は去っていった。ほんとにいい先生だ。
ここまでが、入部を決めるまでの流れ。ここまで詳しく記したのは、主人公が一応、河本であることを強調するためである。ここからは、さらっと3人の部員が揃うまでの簡単な流れについての話。ほんとにさらっと。
その日の帰り、入部届を取りに職員室に行った。当然、一人で行く勇気のない僕は、同じクラスのいつも暇そうな2人、門松と久保田を誘った。
「数学部って何するの?」
門松は聞いた。
「知らないよ。なんか数学に関することをやりつつ、やりたいことを見つけていったらいいんじゃない?門松も暇なら一緒に入ろうよ。」
「いいよー。暇だし。」
え…返事があっさりすぎて、驚いてしまった。ということで、部員は2人になった。
「久保田はどうする?」
門松が聞くと、久保田は、
「俺は遠慮しとく…とでも言うと思った!?門松のいうことは絶対だから。入りまーす。」
なぜか、いつも久保田は門松のことを神のように扱う。ということで、フットワークの軽さに定評のある2人の即決により部員は3人になった。
こうして、さらっと3人になった数学部の限りなくゆるい学校生活が始まる。
2話 部の方針を考えてみた
数学部の活動初日。案の定、予想していた壁にぶつかる。何したらいいか分からない。誰も。とりあえず活動場所になるであろうと集まった部室。(1話参照)そこには、古めのホワイトボードが一つあるだけであった。…一体何から始めたら良いのだろう。居ても立ってもいられなくなった門松がホワイトボードに何か書き始めた。
“数学”
「とりあえず、“数学”で連想ゲームでもしよっか。」
「“式”!こういうことやろ?」
と間髪入れずに久保田が中学生のような解答をした。
「そうそう。」
「次、俺ね。“イケメン”」
河本はこの二人に対しては心を開いているらしく、訳のわからないことを平気でする。ただ、門松も久保田もそんな河本が大好きなのである。
続いて、門松。
「いや河本これ順番ぶっ飛んでるから。式、映画のガリレオ、福山雅治、イケメン…言いたいことこれやろ。」
「門松。さすがです。」
「言葉足らずすぎや。ということで、俺は“福山”。」
こういうノリになった時の三人はあまり良くない。次は久保田。
「“かわいい”」
「…さすがにわからん。」
「え、ウォーターボーイズの主題歌歌ってたから、最初のウォーターボーイズの映画のヒロイン可愛かったなぁ…っていう。」
「っていう、じゃねぇわ。誰がわかるん。」
次は河本。
「“革ジャン”…これはね、綺麗系じゃなくて、かわいい系の人が着てたら逆にギャップでさらに可愛くなるであろうアイテム代表ということで。」
「いや、もう解説するの前提で考えとるやないか。しかも河本の妄想というか想像で考えてることが、ちょっとひくレベルになってきとる。」
と、門松がツッコミを入れつつ、
「“革ジャン”かぁ…じゃあ、“ジャパーン”で。」
「門松までボケ始めたよ…いいね。」
河本、久保田の二人は親指を立てた。そして、三人の連想ゲームは続き、ホワイトボードには、
「数学→式→イケメン→福山→かわいい→革ジャン→ジャパーン→シャンパーン→ツタンカーメン、僕イケメン→白ごはん→門松→やっぱりな」
こんな字が並んでいた。(何があって続きがこうなったかは想像で。)ここで、門松が冷静さを取り戻し、ペンを止めた。
「“やっぱりな”って何なん。“数学”からの連想ゲームで最後“やっぱりな”って。部の方針を決めていこうとして始めた連想ゲームが、こんな終着点迎えることある?」
二人は顔を見合わせて、「だってねー」みたいな顔をしている。
そんなこんなで、この日の収穫が一つだけ。部長が門松に決まった。当然といえば当然。部長決めが終わった後、
「門松の二乗は俺と河本の二乗を足したものと等しくなる。」
「いや、俺と久保田の二乗足しても届かないから、“大なり”になるんやない?」
「いや無駄に数学っぽい話しようとしなくていいから。三平方の定理とか中三やし。レベル低いわ。」
こんな恥ずかしい会話で、この日の部活動を終えた。
さあ、いよいよ数学部の活動が本格的に始まる…のであろうか。次回予告風に第2話を終わってみる。