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新年クリスマスシリーズ

サンタクロースの後継者と霜の精霊の孫娘

作者: 紅蓮グレン

「ピエールさん、もう新年になっちゃいましたよ! どうするんですか、プレゼント! 日本に配れてないじゃないですか!」

「静かにせんか、アカハナ。ワシは分身の術が使える訳ではないんじゃぞ。一気に配れる訳がないじゃろう。」


 家の中に響く2つの声。初代サンタクロースでサンタクロースの起源でもある聖ニコラオスの子孫であり、第97代目サンタクロースであるサンタ・ピエールと相棒トナカイのアカハナは、サンタの家で言い争いを繰り広げていた。尤も、この1人と1頭の言い争いは今に始まったことではない。クリスマスが近くなるたびに始まり、何とか楽に済ませようとするピエールと監督不行届きでサンタクロース規律法制定委員会から罰を食らうのを回避しようとするアカハナの攻防が続くのは、最早お決まりのパターンなのだ。


「ピエールさんは仮にもサンタクロースでしょう? サボりの口実考えてる暇があったら、ちゃんとプレゼントを配りきる方法の1つでも考えたらどうなんですか?」

「大声を出すな、アカハナ。腰に響くじゃろう。ワシは今ぎっくり腰じゃぞ。それとワシは『仮にも』ではなく正真正銘サンタクロースじゃ。」

「何でそう度々ぎっくり腰になるんですか、全く。」

「それはワシの方が聞きたいわい。イテテ……」


 ピエールは暖炉の前でクッションに座りながら腰に手をやり、痛そうに顔を顰めた。


「で、今年も和敏かずとし君にヘルプを頼むんですか?」


 和敏というのは、自他ともに認めるサンタクロースの大ファンの青年だ。日本に住んでおり、今までに3度ピエールとアカハナと会っている。実はピエールは一昨年にもぎっくり腰になっており、大晦日になっても腰が本調子とはいえないピエールは和敏にヘルプを出した。和敏はヘルプを了承して北極に駆けつけ、ピエールを助けながらプレゼントを配った。即ち、経験者であり、ピエール、及びアカハナとはかなり深い縁がある。尚、余談ではあるがサンタクロース以外で最も多く空飛ぶそりに乗ったことがある人間でもある。


「ワシが動けるならばそれでもいいんじゃが、今ワシは動こうにも動けん。ということでじゃな……」


 ピエールはサンタクロースのトレードマークでもある白い大きな袋をどこからともなく取り出すと、そこから手紙を取り出した。宛名は【笠原かさはら和敏】。


「アカハナ、和敏君の家は知っとるじゃろう? この袋とこれを届けてくれ。」

「まさか、完全に任せる気ですか?」

「それしかないんじゃから仕方ないじゃろう。それに、ゆくゆくはワシの後継者となる和敏君じゃぞ。今のうちから経験を積んでおくのは悪いことではないはずじゃ。」


 実際のところ、和敏はピエールの後継者に任じられたこともなければ、それを受け入れたこともない。そもそも彼は髭も生えていなければ、体重が120kgを超えてもいないので、公認サンタになる資格すらない。


「和敏君、3年前に自分に公認サンタになる資格はないって言ってませんでしたっけ?」

「公認も何も、ワシが認めればそれで万事解決じゃ。何せワシは本物じゃからな。」

「後継者だって自慢される和敏君の身にもなってあげた方が良いですよ。電話ジャンジャンでキツそうだったじゃないですか。」


 ピエールがサンタクロースの後継者として和敏を自慢しまくった為、和敏の元には各国のプレゼント配りを担当する者からのスカウトが殺到したのだ。ヨーロッパ全土にプレゼントを配るファーザー・クリスマス、フィンランドにプレゼントを配るヤギ男のヨウルプッキ、イタリアにプレゼントを配る魔女、ロシアにプレゼントを配る霜の精霊ジェド・マロース。ありとあらゆるプレゼント配り担当者からスカウトされ、和敏はその対応に散々苦労した。


「兎に角、今回日本は和敏君に任せたいと思っとる。どのみち、ワシがプレゼントを配るのは不可能なんじゃから、仕方ないじゃろう。」

「とはいえ、和敏君1人じゃキツイですよ。プレゼント配りの経験だってまだ浅いんですし……」

「ならばプレゼント配りのプロを連れていけばよい。」


 ピエールは徐に服のポケットからスマートフォンを取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。


「もしもし、ああ、ワシじゃ。サンタ・ピエールじゃ。お主の孫娘のことなんじゃがな……うむ。お主が前々から会いたがっていた婿候補の青年がおったじゃろう? ……そうじゃ。アポイントメントはワシが取ってやるから、会わせてはどうじゃ? どうせ暇なんじゃろう? 迎えにはアカハナをやるから心配は要らん。せいぜい感謝してワシを崇め奉るんじゃな。……裏? そんなものはないわい。純粋な心配りじゃ。お主ももう歳じゃしな……うむ、ではそういうことでな。」


 ピエールは笑みを浮かべると電話を切る。


「アカハナ、プレゼント配りの当てができたぞ。彼女を拾ってから日本へ行くのじゃ。」

「彼女って……ピエールさんも大胆な人ですね。何かあったらどうするつもりなんです?」

「責任はアカハナ、お前にある。ワシは動けんからな。全権をお前に任せよう。」

「……はあー、全く、面倒なことは全部俺に押し付けるんですから……分かりましたよ。んじゃ、行ってきます。」


 アカハナは溜息を1つ吐くと、そりに袋と手紙を乗せ、空へと駆けあがった。


              ☆  ☆  ☆


「ってことだから、プレゼント配りを頼みたいんだけど。」


 1時間後、アカハナは和敏にピエールからの手紙を渡すと、事情をかいつまんで説明し、協力要請をしていた。


「……ピエールさん直々のお願いとなるとそう無碍に断る訳にもいかないし、それ自体は別に構わないよ。けど……」

「けど?」

「何で毎回そりごと突っ込んできて部屋をめちゃくちゃに破壊するの? 空中でも止まれるよね?」


 和敏は窓に突っ込む形で部屋を破壊しているそりを見ながら溜息を吐きつつ疑問を呈する。


「10年くらい前なんか1回目の突撃でうちのベランダ崩落させて、2回目の突撃で僕の部屋にあったタンスとかベッドとか机とか、プレゼントの腕時計まで壊したよね?」

「心配しないでいいよ。俺は今回ピエールさんから全権を委任されてるから、俺がぶっ壊したものも朝日が昇れば自動修復される。」

「そういう問題じゃないよ……」


 和敏がもう1度溜息を吐く。とその時、


「アカハナさん、もう少し安全運転をお願いします。」


 鈴の転がるような声が聞こえ、そりから1人の少女が降りてきた。歳は和敏と同じくらい、端正な顔立ちの美少女だ。服装は青いロングコート。


「アカハナ、誘拐犯にでも転職したの?」


 冷めた目でアカハナを見る和敏。アカハナは大慌てで首を横に振った。


「人聞きの悪いこと言わないで! この子は和敏君だけじゃプレゼントを配りきるのが難しいだろうからってピエールさんが用意した助っ人だよ!」

「お爺様はいずれの為の顔合わせと言っていましたが……?」

「それも兼ねてるんだよ。取り敢えず自己紹介して。」

「はい。初めまして、カズトシ・カサハラ様。私はロシア全土にプレゼントを配る霜の精霊ジェド・マロースの孫娘であるスネグーラチカと申します。以後お見知りおきを。」


 スネグーラチカと名乗った少女はその場で腰を90度に折った。


「ジェド・マロース……あー、電話でいきなり婿入りする気はないか聞いてきたあの人か。」

「もしかして、お爺様がご迷惑をおかけしましたか? でしたら、申し訳ありません。」

「いやいや、君が謝る必要はないよ。それに、今回は僕の助っ人ってことで来てくれたみたいだし、寧ろ感謝するよ。よろしくね。」


 和敏は右手を差し出し、握手を求めた。しかしスネグーラチカは握手をしようとはしない。


「あ、もしかして潔癖症? だったらごめんね。」

「いえ、そういう訳ではありません。ただ、私の身体に人間さんの体温は少々高すぎるので……」


 スネグーラチカの要領を得ない返答に和敏が首をかしげていると、アカハナが代わりに説明した。


「和敏君、スネグーラチカの身体は雪でできているんだ。だから、素手で和敏君を触ったりすると溶けてしまうんだよ。」

「そういうことなのです。ここで溶けてしまってはカズトシ様に迷惑をかけるだけですので、握手は遠慮させて頂いたのですが……」

「あー、そういうことね。なら仕方ない。」


 和敏はそれだけ言うと、位置関係上そりに接触しなかった為に難を逃れたクローゼットを開け、サンタの服を取り出すとあっという間に装着した。そして、続いて付け髭をつけると、最後に引き出しから何かを取り出し、ポケットに入れた。


「カズトシ様、今ポケットに入れたのは何ですか?」

「ああ、ちょっとした秘密兵器だよ。それより、今は時間がない。来て早々で悪いけど、プレゼント配りを手伝って。アカハナ、行こう!」

「はいはいっと。じゃ、回って行きますか!」

「カズトシ様の状況適応力はすさまじいですね……普通なら困惑して、すぐにプレゼントを配ろうなんて考えはしないと思うのですが……」

「ピエールさんの無茶ぶりにはもう慣れたからね。」


 和敏は微笑むと、スネグーラチカとそりに乗り込む。


「アカハナ、全速力でお願い! 夜明け前に終わらせるよ!」

「了解! 久々の全速力! ヒャッハー!」


 アカハナはハイテンションに叫ぶと、音速に近い速度で夜空を走り出した。


              ☆  ☆  ☆


「ここで最後だよ。お疲れ様。」


 日本を一周し、最後に東京のとある家にプレゼントを届けると、アカハナは空中で停止し、そりの上で疲れ果てている和敏とスネグーラチカに労いの言葉をかけた。


「日本だけでも結構疲れるもんだね……この前手伝った時は如何にピエールさんの功績が大きかったか分かったよ……」

「ロシアはもっと広いですが……お爺様はいつもこれの数倍は忙しいことをしているんですね……」


 和敏とスネグーラチカはそれぞれ、自分にプレゼント配りを任せたり同行させたりしている人物がいつも飄々としているが、その実もの凄い功績を持っているということを改めて思い知った。


「ところで、和敏君。この後どうする? もう帰る? それともロシアに行く? はたまた、ピエールさんに会っていく?」


 アカハナが和敏に問いかける。和敏はニヤッと笑うと、


「勿論、ピエールさんに会いに行くよ。あの人に報告かたがた、文句の1つでも言ってやらないと気が済まないし、何より……」

「何より?」

「まだ恒例行事を済ましてないからね。」

「あー、確かにね。じゃあ北極に行こうか。スネグーラチカはどうする?」

「私も同行します。ピエールおじ様に久しぶりにお会いしたいですし。」


 スネグーラチカの言葉を聞いたアカハナは頷くと、


「じゃあ2人とも、しっかり掴まって! 音速に近い速さで走るから!」


 と言うや否や、間髪入れずにトップスピードで走り出した。



 そして北極、サンタの家の前。窓から和敏がこっそり中を覗くと、暖炉の前でクッションに座り、船を漕いでいるピエールの姿が見えた。


「随分気分良さそうですね、ピエールおじ様。」

「何か恒例行事やるのは申し訳ない気がしてきたんだけど……アカハナ、大丈夫かな?」

「大丈夫。どうせ初日の出が見たいとか言ってそのうち起きるから、今叩き起こしても問題ないよ。それに、これから次のクリスマスまでいくらでも気分よく寝られるから。」

「そっか。じゃあ、遠慮なく。」


 和敏はサンタの家に入り、ポケットに入っていた秘密兵器、即ちクラッカーを取り出して、スネグーラチカとアカハナに目配せ。1人と1頭はコクリと頷くと、


「メリークリスマス!」

「ハッピーニューイヤー!」


 と同時に叫んだ。それに合わせて和敏はクラッカーの紐を引っ張る。パーンと小気味よい音が鳴って、テープやら紙吹雪やらが飛び出した。その音に驚いたのか、一瞬で目を覚ましたピエールは、


「おわっ!」


 と叫んでクッションごとひっくり返った。そんなピエールを和敏は助け起こし、


「お久しぶりです、ピエールさん。」


 と挨拶。


「やはり和敏君か。いきなりクラッカーは相変わらずじゃな……」

「このクラッカーは挨拶ですよ?」


 一切悪びれることなく言う和敏と、


「ピエールおじ様、お久しぶりです。ぎっくり腰と聞いたのですが、大丈夫なのですか?」


 心配そうに話しかけるスネグーラチカ。


「おお、スネグーラチカ、久しぶりじゃな。ぎっくり腰は、湿布を貼っておるから問題ないわい。それより、急に呼び出したりしてすまんかったな。」

「いえ、お爺様は婿候補のカズトシ様と私が会えることを寧ろ歓迎していましたし、どうせクリスマス以外は暇なのでお気になさらず。」

「そうか、ジェドが歓迎していたなら何よりじゃ。では2人とも、手を出してくれ。」


 ピエールの言葉通り、手を出した和敏とスネグーラチカに、ピエールはあるものを手渡す。和敏にはサンタの手形&アカハナの足形付きサイン色紙と感謝状。そして、スネグーラチカには……


「何ですか、これは?」

「婚姻届じゃ。これに名前を書けば2人は晴れて夫婦となる。」


 その言葉を聞いた瞬間、和敏とスネグーラチカはピエールに詰め寄った。


「ピエールさん、どういうことですか? 確かにスネグーラチカは働き者だ、とは思いましたよ。でも、結婚って?」

「そうですよ、ピエールおじ様! 確かにカズトシ様は素敵な方ですが、だからって結婚なんてそんな……あうー……」


 違う意味でそれぞれ顔を赤くする和敏とスネグーラチカを見て、ピエールは満足そうに笑う。


「今年は和敏君に電話をしないように各方面に手を回しておいたんじゃが、それでは苦労できんことに気付いてな。やはりクリスマス近くなったら苦労しなければワシの後継者とは言えん。今年はジェドのことで気をもむことに苦労しながら過ごして、ワシの後継者としての素養を養ってもらおうと思ってな。」

「だからサンタクロースだから散々苦労すとかダジャレで済ませようとすんじゃねえよコノヤロー!」


 今年も和敏の絶叫が北極の空に響き渡るのだった……

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