第10章 西の海 22
あんなもの浴びたくないぞ。皮も固い。あたいとミケだけでは太刀打ちできないよ。
幸いミケは少し離れている。ここは逃げるかとチラと後ろを見た目の前にキラキラ光る帯が飛び込んで来た。首を逸らしのけぞるあたいの鼻先を掠めて細長い尻尾が風音と共に通り過ぎて行く。あの一瞬で尻尾だって?いよいよヤバイね。
あたいは黒い目を見ないようにしてジリジリと退がる。逃げると追われるし、視線を合わせるのは戦っていることになるって話を誰かに聞いた。ミケに手で退がる合図をして顔を背けず退がって行く。ミケもあたいの様子には気付いているのだろう。同じように後ろ向きで退がって行く。
相手は動かず10メル離れたところで背を向け森へ戻って行った。キラキラの残像があたいの瞳に焼きついていた。
力の抜けたあたいをミケがトラクまで肩に乗せて運ぶ間中も、体の震えが止まらなかった。
戻るとすぐアリスはミケから画像を取り出してシロルと相談を始めた。ミケはあまり近づいていなかったので画像が粗いけど、体長は3メル半、重さは400キルくらいと分かった。
「これ、ウロコだよね?お日様の反射でこんなに光るなんてどうなってるんだろ。是非とも欲しいな。その泡ってどんなの?」
「口から出た時は太い槍かと思ったよー。あたいが左へ避けると追いかけて首を振る間も出て来てたー。後ろの低い木に当たった音と、ネトーってかなり粘い感じで垂れ下がるのは気配で分かったよー。眺める暇は無かったけどねー」
「ふーん?」
今日は蜥蜴を仕留めるとアリスが言う。あたいは接近して囮役だそーだ。いーじゃないかー。やってやるよー。
とはいえあの森の入り口でじっとしてるわけもない。どこにいるのか探すところからだ。
クロミケとシロルを加え5人?全員でかかる。あたいが先頭、両翼にアリスとシロル、その後ろにクロミケのクサビ型隊形だ。薄暗い森へ分け入って40メニ程、微かな気配を感じる。けど、あいつじゃないのは確かだねー。
脅かしてコイツを森の中を走らせたいとこだよ。あたいは弓矢を背から引き抜き、手を上げて後ろの動きを止めた。一人静かに進み位置を探る。この気配はイノシシだと思うんだよー。
程なく1メル弱のイノシシが葉叢の向こうで泥穴を掘っている音が聞こえて来る。
回り込んで目の前へ飛び出し大声を上げる。
「ダーッ!」
イノシシは戸惑ったように泥だらけの鼻面をこちらに向けた。そのお尻にあたいの矢が突き刺さると、突然の痛みに上に飛び上がった。そこへもう一度大声を浴びせると狙い通りパニクったイノシシがこちらへ向かって突進して来る。
躱しざまにもう一本矢を背中へ射送ると、イノシシは猛烈な勢いで走り去った。
この方角が当たりならいいなー。
騒ぎを聞いてアリスたちがそばへやって来た。静かにさせて気配を探る。……これか!?
イノシシを追うような動きがあるね。行くよ。
ズシン…メキィー……
派手にやってるねー、とにかく静かに行こう。
150メルほど先で決着が付いたらしい。見えて来たよ。灌木の陰から覗くと、薄暗い中、蜥蜴がイノシシを押さえ付けお食事の真っ最中。日は差し込んでいないので黒い塊が蠢くようだ。
コイツだねー。アリスとシロル、クロミケの位置を確認してあたいは全身を晒した。
「さーて。あたいの相手をしてもらおーか」
蜥蜴はのそりと血塗れの顎を持ち上げた。そこだけ吸い込まれるような黒い目がこちら向く。
あたいが1歩踏み出すと前肢を獲物から離しそのまま立ち上がった。自分をより大きく見せてビビらせようってんだね。腹の皮の固さにも自信があると。2メル半まで持ち上がった頭に木漏れ日が当たりチラチラと色が舞い踊る。
あたいは更に1歩出た。
グギャーオゥ!
身の竦むような甲高い咆哮が森を突き抜ける。
ズシャッと鈍い音と共に4つ足に戻り右前肢と左後肢を同時に踏み出した。
グギャーオゥ!
悪いね。あたいは戦る気で来てるんだ。脅しには乗らないよ。軽い双剣を抜き、真っ直ぐに突っ込むと蜥蜴が頭を下げあたいに向かって突っ込んで来た。15メルの距離が一瞬に詰まる。当たる瞬間にトカゲの頭が大きく振り上げられた。
そこにいたら森の樹冠を散歩できたかもだけど、あたいは左へ飛び側面を突く。目星を付けていた倒木に着地して、両足で踏ん張り背に飛び乗った。
乗ってみると感触は普通のトカゲを変わらない。ウロコが大きいくらいでしなやかな背の筋肉の動きが伝わって来る。あんなに乱反射して見えるからもっと凸凹なのかと思った。
とはいえ、ここに居たんではまともな攻撃はできない。
蜥蜴の背がいきなり大きく丸められ、あたいは前へ跳ね飛ばされた。飛んでいく先に木があるけど、あれで勢いを殺すか。
トカゲが突進を始めた。左を掠めるように近づく木の幹に両足を踏ん張り勢いを殺すと右手の灌木を超えた辺りへ転がり落ちる。あたいの動きを追っての軌道修正が間に合わず、蜥蜴は灌木へまともに突っ込んだ。左の後肢が30セロと離れず顔の前を通り、背の冷や汗を感じながら位置取りの不味さを考える。
コイツが突進を繰り返すので、アリスとシロルが近過ぎるのだ。なんとか元の位置へ戻して口を開けてもらわないと。
こんにちはー。ミットだよー。
アリスでーす。
ミ:いやー、手強いねー。
ア:ミットがスピード負けしそうってどんだけだろ?
ミ:あんなの力じゃ絶対敵わないよー。逃げるのも大変だったんだからねー?頼むよー?
ア:なんとかなるよ。あたしだってボーっと見てるわけじゃないよ?
ミア:まった見ってねー。




