第7章 パルザノン 9
「よーし。部屋に戻ってお出かけ準備ー」
リュックの中身を粗方出し、短剣だけ吊るすと少し日の傾いた街へお出かけです。
ライトさまの宿に伝言を頼んで賑やかな方へ向かいました。
「わー、いっぱいお店が出てるじゃないー。
あ、あの薄皮で巻いたの美味しそう!おねーさん、これ二つちょうだい」
「120シルだよ。うちのクレープは美味しいよ、贔屓にしてね」
お肉と野菜が小麦の薄皮で巻いてあるんですね。皮は鉄板に塗り広げて薄く焼くんですか。手持ちで食べても崩れず、ふわっと食べられる薄さ。
「うん、美味しい!シロルー、味見ー」
「あ、はい、では一口いただきます」
皮にも甘みがあります。ソースはいろいろなものを煮込んで作られています。コクがあってほんのり甘い。お肉はただ焼いただけですのによく調和しています。これはいろいろ試したい食べ方ですね。
「よーし。次行こー」
足元が暗くなる前に柱の上のガラスの箱がオレンジ色に光り出しました。見ると柱に銅線が仕込んである様です。この色はナトリウムですね。灯りが点いたのはこの大通りの500メル、10メル間隔で3列、153本です。発電か蓄電か、興味はございますが今は屋台を楽しむ時ですね。
「串焼きだー。へー、いろいろあるねー。鳥、豚、鹿、うさぎ。おにーさん、2本ずつちょうだい」
「はい、まいど。320シルだよ」
「シロル、今度はあたしの食べて」
串には一口と言うには大きめの肉が3つずつ刺してあります。一番先のブタのお肉を半分噛み切ってみると、筋切りがされていてそれなりの肉と感じさせませんね。塩と少し辛味のある……わたくしの知らない香辛料があるようです。
4本それぞれ肉に合わせた調理がされていて感心しました。
「知らない香辛料が3つ、もしかしたら4つ使われています。アリスさま、手に入るでしょうか?」
「へえ、明日ライトにきいてみようか」
「わー、美味しかったー。次は何にしよー。飲み物がいーねー」
人混みを掻き分けるように進んでいくと、お目当ての果物の飲み物がありました。
「このピンクのがいいなー」
「あたしはこっちの緑にするね。お姉さん、一つずつ頂戴」
「あら、嬉しいね。
あんた何笑ってるの。あたしだってお世辞は分かってるよ。
ごめんね、お嬢さん。うちのトウヘンボクが失礼したわ。200シルです。カップは返してね」
「「はーい」」
「はい、シロル、味見ー」
「次はあたいのー」
なんの果物かは分からないけれど、丁寧に絞られているのが分かります。布地で濾してあるのでしょう。どちらも甘味料を加えていないようですが、個性があってさっぱりとした甘みですね。
「やあ、お嬢さんたち。こんな時間に女性ばかりでお買い物ですか?そろそろ危険な時刻です。宿はどちらですか?お送りしますよ」
声の方を見るとそれなりに立派な服装なのでしょうか。ミットさまの表現を借りますと「安っぽい金ピカ」と映る男、その後ろに3人、こちらの身なりは「チグハグ」なようすです。
「何がお送りだい。うちのお客に声なんか掛けないどくれ。ほら、あっちへ行きな」
お姉さんが追い払おうとして下さいますが、男たちに退く気は無いようです。
「まあ、そんなことを言わずに。ほら、カップをお返しして」
言われなくとも借りたものですから返すのですが。
「ふーん?面白いねー。
お姉さん、ごちそうさまー」
「さあこちらですよ」
「ねー。あんたたちってどこのだーれ?」
お姉さんが心配そうに見ているので、手を小さく振っておきます。
「これは失礼を。私はホンソワール男爵家の嫡男テレクソンと申します。どうぞよしなに。
こちらですよ」
「えー、そんな狭い路地に行くの?あたしはもっと広い道がいいな」
「いいえ、大丈夫ですよ。そのための護衛です。さあさ、こちらで休んで参りましょう」
「中に3人かー」
金ピカがギョッとした顔をしました。
「遊びじゃないみたいね。どこかへ売るつもりかな?」
周囲のマッピングを開始します。終了しました。4人の重心移動をもとに引き続き次の行動予測を行います。
「ぐっ、捕まえろ!」
後ろの3人の動きは想定の範囲を出ません。全体の重心を下げ本体の回転を使い右の歩行肢を振り回します。
2名の膝を破壊しました。こちらへ倒れ込んでくるところを一歩左へ避けます。
金ピカと残りはミットさまが既に地面に叩き伏せています。アリスさまは5メル離れたドアが開くのをじっと見ています。甲冑に身を包んだ小柄な男がゆっくりと出てきました。一歩左へ寄ると同じ格好の男がもう一人。右へ寄ってもう一人。
一斉に剣を抜き放つとアリスさまに斬りかかります。電撃が走り動きが止まる一瞬にアリスさまが右の甲冑に切り付けます。
短剣は相手の剣を切り落とし、胸の装甲を半ばまで切り裂きました。体には届いていないようで、驚いたように鎧が身を引きました。同じタイミングでミットさまも左へ切りかかって、こちらは剣を持った腕の中程で切り落としてしまいました。
真ん中の男は一瞬戸惑ったようですが、あたくしに向かって剣を振り下ろす程度、想定にあります。振り下ろされる剣の腹に右の手のひらを当て、左へ押し出すと先程転がした男の背中へ落ちて行きます。左手を甲冑の腹に当て電撃を送りました。
アリスさまが甲冑の首の隙間に短剣を挿し入れ降伏を迫っています。ミットさまがロープで順に縛って行き、あたくしが治療することになりました。死んだ者は居りません。
「さーて、ホンソワ。あんたの実家に行こーじゃないのー。
案内しなー」
「おまえたち、一体何者だ?」
「いーんだよ、そんなことー。自分がやったこと、分かってるかー?ほれ、しゃんと立つー。しゃんしゃん歩くー」
「私の屋敷は遠いんだ。馬車でもなければ、今から歩いて行くのは無理だよ」
「ふーん?それならそれでもいーよ?縛られたままお寝んねしなー」
「分かった。この先に馬車がある。案内するよ」
「そーかい?ほれおまえたちも行くよー。しっかり歩きなー」
ミットさまは縛られた7人を半ば引ずるように馬車まで行き、馬車の後ろに繋ぎました。
「なんでこんなことするんだ。馬車に乗せてくれ」
「ほー。おまえがそれを聞くのかー?どこへ売るつもりだったー?力でねじ伏せて通すつもりだったんだろー?ねじ伏せられたんだから大人しくしろよー?治療費もタダじゃ無いぞー。
グズグズ言うとこのまま走らせるぞー?
で、どっちだー?」
「ううっ、そこを右です……」
案内に従って大きな屋敷の前へやってきました。門番が一人立っていますね。
こんにちはーミットだよー。
アリスでーす。
ア:男爵だってー。
ミ:男爵ってなーに?
ア:なんか偉い人っぽいよー。
ミ:村の近くには領主ってのがいたよねー?レクサールにもいたしー。悪いやつー?
ア:どーだろ?このボンボンは悪い奴確定だよね。
ミア:まった見ってねー。




