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夏休み最後の花火大会で好きな子と二人きりで抜け出したら

作者: 青水 涼

 夏休み最後の日。


 俺――盛田壮介(もりたそうすけ)は冷房の効いた自室でゴロゴロしていた。


 高校二年の夏も平凡な日々の繰り返しだった。

 部活に行って、宿題をして、友達と遊んで、祖父母の家に行く。

 そんな例年通りの夏休みを淡々と過ごしていた。


 明日から学校か。ダルいなぁ。


 スマホをいじりながら、翌日のことを考える。

 夏休みの宿題は既に終わっているので、新学期早々、先生に怒られるということはないだろう。


 ぐーっと伸びをすると欠伸が漏れる。

 ゲームアプリを開き、今日までのイベントをこなしていると友人である斎藤智哉(さいとうともや)からメッセージが届いた。


『今日の花火大会、クラスのやつと行くんだけど壮介も来ないか?』

『花火か。見たいけど人が多いところ苦手なんだよな』

『マジか。緑河も来る予定なんだけど』


 不意に映し出された緑河という名前。

 それを視界に捉えただけで胸が高鳴っていくのを感じた。


 緑河葉月(みどりかわはづき)

 彼女は高校一年生の時に出会ったクラスメイトで俺の初恋の相手だ。

 明るい性格と透明感のある清純な容姿に俺の心は奪われてしまった。


 学校で雑談をするくらいの仲ではあるが、それより前には進めていない。 


『それを先に言え』


 俺は直ぐさま体を起こし、身支度を開始した。


 智哉から浴衣で来いとの指示があった為、着なれぬ和服に着替える。 


 緑河の浴衣姿が見てみたい。

 そんな不純な動機で、俺は花火大会が行われる河川敷へと向かった。


 待ち合わせ場所に着くと、既にクラスメイトが十人ほど集まっていた。


 そこには目当てである緑川の姿もある。

 彼女は赤い浴衣を着付けていて、綺麗に結われた黒髪には花の飾りをつけていた。


 その姿は俺の想像を遥かに越える可愛らしさで、思わず目が釘付けになってしまう。


「よーし、全員集まったな! 場所取りはしてあるから、そこに移動しよう!」


 智哉が意気揚々と仕切り始める。

 俺を含む集団は、指示された場所へと移動した。


 人だかりの最前列に大きなレジャーシートが敷かれている。


「いい場所取ったな」

「だろ? 朝イチで取りに来たんだよ」


 智哉は誇らしげに笑みを浮かべていた。


 まだ花火が打ち上がるまで時間がある。

 朝から、ろくなものを食べていなかったので腹が空いてきた。


「俺、たこ焼き買ってくるわ」

「おーけー」 


 買い物に行くことを智哉に伝え、屋台へと向かう。

 風に乗って流れてくる美味しそうなにおいが食欲を掻き立てた。


 俺はたこ焼きとラムネを購入し、元の場所へと戻ろうする。

 すると、その途中で誰かに服の袖を引っ張られた。


 誰だろうと思いながら振り返ると、そこには頬を赤らめた緑河の姿があった。


「花火がよく見える場所、知ってるんだけど……」


 想像外の出来事で頭の中が真っ白になる。  

 俺は、咄嗟に言葉を取り繕った。


「そ、そうなんだ。それなら、智哉たちも一緒に」

「二人きりじゃ、ダメかな?」


 儚げな表情で、その言葉を発するのは反則だ。

 好きな人からの誘いを断れるわけがないじゃないか。


 俺は緑河に導かれるがまま、花火の絶景ポイントへと向かった。


 辿り着いたのは少し離れた丘上の公園。

 人通りは少なく、穴場といって差し支えない場所だった。


 俺たち二人は空いているベンチに並んで腰かける。


 ラムネ瓶の水滴で濡れてしまった右手を服の裾で拭い、ビー玉を下へと落とす。 

 そしてラムネを一口飲むと、甘い味が口の中で弾けた。


 たこ焼きを頬張りながら、目線を緑河の方へ動かす。

 すると彼女は、俺の方をじっと見つめていた。


 緑河に見つめられると胸がドキドキする。

 俺は気持ちを紛らわすため、彼女に向けてたこ焼きを差し出した。


「食べる?」

「じゃあ、一つ貰おうかな」


 美味しそうに食べる緑河を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになる。


 そんな彼女を見ながら最後の一つを食べ終えたところで、丁度良く花火が打ち上がった。


「始まったよ!」


 緑河が元気な声を上げながら花火を指差した。


 大きな花火が次から次へと咲き誇る。

 本当によく見える場所だ。


「あ、ニッコリマーク!」


 バリエーションに富んだ花火を見て無邪気に笑う彼女が眩しい。


 今まで見てきた花火とは比べ物にならないくらい幻想的な光景。

 そう思えるのは、きっと緑河と二人きりでいるからなのだろう。


「あれは星だね。今のはハート?」

「うんうん! 凄く綺麗!」


 会話を交わしながら花火を鑑賞していると、時の流れを忘れてしまう。


 いつの間にか花火大会も終盤に差し掛かっていて、大きな花火が連続して打ち上がっていた。

 天に昇っては地面に向かって降り注ぐ鮮やかな光。


 このまま時が止まってしまえばいいのに。

 今という時間が永久に続いけばいいのに。


 そう願うもフィナーレの花火は続々と打ち上がっていく。

 そして最後の締めを括る赤色の特大花火が打ち上がった時、耳元で緑河の囁き声がした。


「好きだよ」


 花火の音が告白の言葉を掻き消してしまうのは、きっと創作における物語の演出でしかないのだろう。

 だって俺の耳には、愛情の込められた言の葉がはっきりと聞こえていたのだから。


 パラパラと散りゆく火の粉が、夜の空に明かりを灯して去っていく。

 それはとても儚くて、今という時間がどれだけ刹那であるかを表しているようだった。


 俺は、ゆっくりと緑河の方へ顔を向ける。


 薄明かりの中でも、彼女の火照った顔が確認できた。

 汗ばんだ姿が妙に色っぽくて、その美しさに魅了されてしまう。


「あの、それって……」

「あ……聞こえてた?」


 照れ笑いをする緑河を見ていると、より一層恋心が刺激される。

 

 まさか両想いだったなんて……


 俺は緑河のことを一心に見つめた。

 彼女が勇気を出して言葉にしてくれたのだから、俺もそれに応える必要がある。


 ゆっくり深呼吸をして気持ちを整えた後、自分の本心を言い表した。


「俺も緑河のことが好きです。俺と付き合ってくれませんか?」


 この言葉を聞いた緑河は、花火よりも綺麗な満面の笑みを見せたあと、浅くお辞儀をした。


「はい。よろしくお願いします」


 花火大会が終わり、河川敷に戻ると、帰宅しようと駅へ向かう群衆で混雑していた。


 人波にのまれてしまったので、もう智哉たちの元へ戻るのは難しいだろう。

 俺は、はぐれないようにと彼女の手を強く握った。


「葉月、大丈夫?」

「うん。壮介くんと一緒だから」


 駅までの道をゆっくりと進んでいく。

 彼女と一緒にいる時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。


 駅のホームに降り立つと、葉月の乗る電車が先に到着した。


「じゃあ、また明日」

「うん、学校で」


 別れの挨拶を済ませ、手を振りながら見送りをする。

 電車が行き、一人ぼっちになった俺は、今日起きた出来事を思い出しては、しみじみと感じていた。


 暑苦しい夏なんて早く終われと思っていたはずなのに、夏の夜風に吹かれると名残惜しさを感じずにはいられない。

 虫の奏でる音楽が秋の知らせを告げていて、また季節が移り変わっていくのだと実感する。


 今年の夏はこれで終わってしまうけれど、葉月と作り上げていく恋物語は今日始まったばかりだ。


 高校生活は今しか経験出来ない貴重な時間。

 悔いのないよう全力で楽しむことにしようと心に誓った。


 夏休み最後の日の花火大会で好きな子と二人きりで抜け出したら『恋人同士になりました』

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