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家庭教師ダンテ

 一人の男が、夏の日盛りの中、石畳の上を歩いていた。手には先ほどまでかぶっていたハットがあり、白いワイシャツと茶色い長ズボン姿。額にはうっすら汗をかいている。なぜ自分がこんな面倒な仕事をしなくてはならないのかと、憂鬱で仕方なく、額の汗をぬぐうようにして長い茶髪をかき上げた。


「……たった二ヶ月で魔法学校の編入試験に合格したいって、なに考えてんだか」


 ダンテは鼻で笑った。ときどきこういう話はある。例の再検査で適合判定が出て、急に色めきだった親子からの依頼だ。まぁ、魔法建築科や魔法社会科学科のような倍率の低い学科を受験するなら、自分のような優秀な家庭教師を雇えば、付け焼き刃のテクニックを教えてやれるし、滑り込みで合格もできよう。だが……


「よりによって魔導師科とはなぁ。あそこはエリートが通うところだぞ、分かって言ってんのかよ」


 魔法使いとひとことで言っても、それはただの総称である。魔法で医療に従事する者は、魔法医師と呼ぶし、研究者なら魔法学研究者、スポーツ選手ならマジック・アスリートなどと呼ばれたりして、少しでも魔法を扱う仕事をしていれば魔法使いと呼んで間違いない。


 その中でも戦場に行って戦うのは魔導師と呼ばれる者たちで、命の危険にさらされることもあるために前線で活躍すれば破格の待遇を受けられる。魔導師には世界的に有名な者もいて、この戦争時代において若者たちから英雄視されている。


 ダンテは魔法学研究者として地方の魔法大学で講師をしていた経歴を持っている。そこでは主に文化系の授業を執り行っていた。魔法学の歴史や発達について綿密に語ることで講師として教壇に立ち続けていたが、尊敬されるのは理科系の、魔法実験を取り仕切る人気学科の講師ばかりで、待遇にもずいぶんな差があった。プライドの高いダンテはそれを理由に大学を去った。


「まぁ、だましだましやって、ダメだったら、残念でしたねぇ……、なーんて言って、残念がる表情を作る練習でもしますか」


 ダンテは指定された家の前まで来て、扉をノックした。


「ごめんください」


 しばらくして、中から母親らしき人が出てきた。すぐに中に通されて、お茶を出してもらった。


「今日は遠いところを、わざわざありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ、ご指名いただき光栄です」


 連絡をよこしたのは間違いなくこの母親だ。名前はケティ。子供が二人いて、戦争未亡人。息子に魔力の適性があることがつい先日分かったとか。これから自分に安くない授業料を二ヶ月分、前払いする契約を結ぶが、ダンテはかわいそうなものでも見るような目でケティを見つめた。受かるわけねぇだろ、とダンテは思っていた。


 少々の世間話を挟んでから、母親は本題に移った。


「うちの息子、ルカのことなんですけどね、つい最近まで剣士育成学校に通っていたんですが、落第してしまって……」

「ああ、そうでしたか」

「うちは親族も含めて誰も魔力に適性がありませんで、魔法のことなんて、これっぽっちも分からないんです。息子も勢い込んで、朝から勉強してますけれど、まだ知らないことがたくさんあるんです。こんなのでも、魔法学校って合格できるものなんでしょうか?」

「えぇ、合格できる子は、どんな時期からでも合格していますよ。私の教え子でもね、最短一ヶ月で地域の魔法学校中等部に滑り込んだ子がいましてね――」


 セールストークはお手の物だった。ふつうこんな無茶な案件は断るのが礼儀だが、大学の講師をやめたときにストレスでさんざん散財してしまったせいで、ダンテには借金があった。もうすぐ返済し終えるが、ともかく金に困っていた。どんなふざけた案件にも、彼は元大学講師の肩書きをひっさげて、飛びついていた。


「――ルカ、入るわよ」

「うん、どうぞー」


 契約書を書き終えたケティに、二階の勉強部屋へ案内されて、ダンテは息子のルカに挨拶した。


「きみがルカだね、私はダンテ。これから二ヶ月間、どうぞよろしく」

「よろしくお願いします!」


 本来、ダンテはプライドが高く、そして口が悪いが、そんなことではこの商売はやっていけない。だから、ダンテはできる限り柔らかい物言いで生徒と接すると決めていた。とくに、不合格が濃厚な生徒に対しては……


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