編入試験、開始
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
「ルカ、頑張るのよ」
「うん、全力を出してくるよ」
家を出て、駅で首都ボルグまでの切符を買い、早めの電車に乗り、緊張した面持ちで過ごした。とてもそわそわしていた。到着し、駅の改札を抜け、目的地を目指して歩いた。
――受験校の校門前では、屈指の名門だけあって、編入試験にもかかわらず大勢の魔法予備校の教師たちがそれぞれの予備校の旗を持って立ち並んでいた。大人たちがたくさん並んで、自分の生徒を叱咤激励する姿を見るとルカは萎縮してしまう。
ちらちらと左右を振り見ながら人混みをかき分けて進むと、そこにはダンテの姿があった。
「先生っ、来てくれたんですか」
「もちろんさ。昨日は眠れたかい」
「いえ、あんまり……」
心配そうな顔のルカを励ますようにしてダンテはルカの背をポンと軽くたたいた。
「大丈夫、ここまで目一杯やってきた、あとは作戦通りやるだけだ」
「はい、頑張ります……」
ダンテは合格祈願のお守りをルカに手渡し、そして送り出した。
試験会場では、知り合いなど一人もいなかった。当然である。今までずっと剣士の道をひた走ってきたのだから。
「受験番号121番から159番まで、この教室に入ってください」
ルカの受験番号は137番だった。今日は受験のために校舎が貸し切られて、あまり人気がない。ルカは先導する試験官について行って、他の受験生とともに教室に入室した。最初は学科試験だった。
問題用紙が配られている間、周りを見ると、全員自分より賢く見えた。そしておそらく、ほぼその通りだと思われる。彼らは学科試験で少しでもリードできるように、自分より数倍の時間とコストをかけて勉強してきた猛者なのだから。
「――では、試験を始めてください」
一斉に紙がめくられる音が聞こえた。ルカはダンテに言われたとおり、一度深呼吸してから、ゆっくり問題用紙をめくった。
最初の魔法科学系の問題は飛ばした。そして魔法学の歴史から回答を始めた。すべてダンテの指示だった。理科系は応用問題が多く、二ヶ月ではとても対策が間に合わないとして、あえてほとんど勉強させなかった。
しかし歴史は比較的学習しやすく、かつ、ルカの雇った家庭教師は歴史のエキスパートだった。試験問題の傾向を調べ上げて山を張り、そこを体系的に理解させたのは、問題にはまれば芋づる式で大量得点が期待できるからだった。
(……ダンテ先生の言うとおりだ。本当にこの単元の問題が出てる……っ)
山は的中していた。馬鹿はそもそも入学させないとして、ボルグ魔法学校の学科試験には足切りが設定されていた。4割5分の得点率がない場合、実技がいくら優秀でも入学拒否されるのだ。ダンテの狙いはそこにあった。足切りがかわせれば、実技で勝機があると踏んでいた。
(できる、……できてる、先生ありがとうっ……)
ルカのペンは異様なほど進んだ。そして仕上がった解答用紙は非常に偏った、しかし面白い仕上がりになった。解答用紙の下半分だけが文字で埋め尽くされ、上半分の理科系問題の回答欄はほとんど白紙なのだ。ルカにとっては不安だが、これこそダンテが目指していた理想的な解答用紙だった。
――ルカはこの学科試験で5割1分を得点し、足切りを回避した。
次は実技試験に移る。皆がこれから本番だと思い、緊張度を増す中、ルカはまるで肩の荷が下りたように脱力していた。しかし不安は残る。
(やっぱり、魔法科学は全然解けなかったな、……でも済んだことだし、学んだことは全部出し切れた気がする……たぶん)
しばらく教室で待機が言い渡されていたが、ふいに新しい試験官が入室してきて、段ボールの箱を教壇の上に置き、足早に退室していった。試験の監督をしていた試験官が一度咳をしてから、こう言った。
「いまから今日の魔法実技試験で使用が許可される道具を配ります」
そして皆に配られたのは杖だった。
(あれ……この杖、いつも使っているのと同じのだ!)
ダンテは家庭教師業界のつてで、首都圏の魔法学校の試験で使用率の最も高い杖の材質をあらかじめ調査済みのうえでルカの杖を購入していた。しかも本試験では幸運なことに、短いタイプの、扱いやすいモデルだった。
教室がざわついた。
「今年はショートタイプか……」
「久々に使うなぁ、大丈夫かな」
「みなさん、静粛に!」
どうやら、毎年違う形状の魔法道具が登場しているらしかった。ルカは追い風が吹いていることを感じた。合格するなら今年しかない。そう思った。
「では、時間になりましたので、移動します」
試験官に連れられていったのは、本校の体育館だった。ドーム状の内部は非常に広大で、壁面には魔法吸収剤として最高品質のものが使用されていた。ふだんはここで生徒たちが魔法の訓練を行っているらしい。
体育館中央には決闘場があった。しかしルカたちが案内されたのはドームの壁沿いの細い通路で、壁にはいくつか扉があり、扉の先には部屋があるらしかった。その部屋の一つにルカたちは誘導されて中に入った。
「――では、番号順に座ってください」
その部屋は待合室のような場所だった。そしてパイプいすがきれいに並べられていた。一枚の壁が上半分をガラス張りにしてあって、隅に扉があり、仕切られたその先の部屋には五人組の大人たちが採点用紙を持っていすに座っているのが見えた。ボルグ魔法学校の現役の教官たちだ。受験生が入ってきてもこちらを見てこない。どうやらガラスはマジックミラーになっているらしかった。
ルカたち受験生は言われたとおりに並んで座り、試験官は口頭で実技試験の内容を説明した。
「課題魔法を発表します。火――螺旋の火柱Wendeltreppe 水――精霊の水浴Baden 土――土塊の人形Tonfigur 風――淑女の息吹Dame Lufthauch」
また受験生たちはざわついた。ルカには何が何だか分からないが、なにか難しい魔法でもあったのだろうか。現代魔法では耳なじみのない、かなり古くさい魔法のような気がする。たぶん試験対策されるのを学校側が嫌ったのだろう。ルカは気を引き締めた。
「今回は基礎力が試される課題となっています。是非頑張ってください。そして例年通り、課題魔法の後はフリー・アピールの時間を設けます。制限は一律Cランク以下とします。実技試験を通して、各魔法の持続最低時間は3分、上限を10分とします。それぞれ個人の魔力量に合った持続時間で望んでください。説明は以上となります」
そして試験の準備が整った後、最初にコールされた121番の受験生が立ち上がり、マジックミラーで仕切られた向こうの部屋に通された。ルカたちはその受験生の実技を見学しながら、いろいろな思いが錯綜した。