第一話 最強万能の魔法使いでも、女の子守るのは大変なんです!!
「──────以上が、上級悪魔の特徴とその対処法だ。」
講義室。
そう説明するのが1番適切であろうその部屋は、
100人近くの人数が入りそうなほど広いにも関わらず、そのほぼ全ての席が埋まっていた。
顔の系統や肌の色などで、一目でそこには世界中の多くの人種が集まっていることがわかる。
若干女性の割合が高いように感じるのは教壇に立つ男の人気ゆえだろうか。
女性のショートカットくらいに伸びたイギリス人としては珍しい黒髪をカチューシャで押さえ、黒縁メガネをかけている男は、目を見張るほど美形ではあるものの、鋭い目の下に隈が目立ち、見るからに不健康そうだ。
着ている研究者然とした白衣は、まるで寝起きで慌てて纏ったかのように着崩れている。
「とはいえ、世界の裏側に住む悪魔などと出会うこともまずないだろう。それに対処法、と言っても上級悪魔には我々貴族院の21の当主達ですら1体1では勝機はないのだ。君達ごときが相対すれば人生を振り返ることすら出来まい。」
生徒達の中には貴族出身の者も多い。
彼らの高いプライドはごとき、と呼ばれたことに反応するが、
目の前にいる21の当主の1人
自分達では逆立ちしたところで指1本触れることすら叶わぬ実力者にそう言われては口を閉ざさねばむしろ惨めだ。
「上級悪魔と正々堂々やりあえる存在など、人間ではマリアナ神殿が祀る巫女か、あるいは竜の魔法使いくらいのものだろう。」
男はここで初めて微かな笑顔を見せる。
別段無表情な男というわけではないが、生真面目で融通が利かない男が授業中に笑顔を見せるのは決まって“竜の魔法使い”の話の時だった。
生徒の1人が高々と手をあげる。
軽薄そうなニヤニヤ笑いを浮かべた色白な男だった。
「竜の魔法使いなんて黙示録に出て来る存在でしょう?太陽の巫女ならいざ知らず、彼の魔法使いが悪魔と戦うなどと、前提からして有り得ないお話なのでは?」
黙示録とは、魔法界においては聖典のことではなく、限りなく事実に近い魔法界における御伽噺のような物である。
つまり、大多数がフィクションであり、そこに書かれた物語を事実として受け止めている人間など
限りなく少ない。
質問をした生徒は立ち上がり、まるでミュージカルを演じているような大仰な話し方で教壇の男を煽るように、あるいは試すように言う。
だが、教壇に肘を置き、身体を預け始めた男は一切気にした様子はなく眠たげな目を真っ直ぐ生徒へ向ける。
「竜の魔法使いが登場する物語は少なくない。なぜならヤツは転生を繰り返す男。故にあらゆる時代、あらゆる国で竜の魔法使いとされる英雄が生まれている。確かに荒唐無稽だ、永遠の時を転生を繰り返しながら生きている魔法使いなど笑い話でなければ子どもに眠る前に語るようなチャチな物だろう。」
一拍置く、
「だが、貴族院は彼の魔法使いが生まれ直したという情報があればどこであれすぐに調査隊を出す。ウルズの泉も、マリアナ神殿も、だ。聡明な諸君がこの意味がわからんわけではあるまい?」
♢♢♢
「真城飛鳥
私立法明高等学校三年生。
絹のように滑らかでありながら、カラスの羽根のように艶やかに輝く黒髪。
胸は控えめながらもバランスがよく、1種の完成品に近いスタイル。
握りこぶしくらいの小顔でありながら(誇張)、目は大きく、くりくりしていて、アイドル並みの容姿と言っても過言ではない。
物腰柔らかな態度と竹を割ったようなまっすぐで素直な心の持ち主で、まだ幼さを残しているものの、頑張って大人になろうとしている姿がまた可愛らしい...。」
「え、急に何?キモイんだけど、」
当然の反応であった。
昼休み
購買に走り、パンを奪い合う者と、
いくつかのグループに分かれそれぞれ仲良く持参したお弁当を食べる者に大別されるが、
真城飛鳥、高尾梨奈、安藤千夏の3人は後者だった。
いつも一緒にお弁当を食べている3人だが、学年でも高嶺の花扱いの真城と
バリバリの運動部で、容姿も性格も、どちらかと言うと男子に近い高尾
逆に運動など全くしたことのない金髪ツインテのThe ギャルという風な安藤
全くそのタイプは違った。
しかし、案外上手くやっているようで、今日も何気ない話に花を咲かせている。
「なっちゃんがキモイって言ったーー!!!違うんだよう!飛鳥ちゃんがカワイイのが悪いんだよう!!」
安藤はそう言うと、泣き真似をしながら真城に抱きつく。
胸元に顔を近づけながら下卑た笑顔を浮かべているのはご愛嬌というものだ。
そんな安藤の肩を持ってゆっくりと引き剥がした真城は笑顔で、
「キモイから仕方ないんじゃない?」
「ヒドくない?」
今日も平和である。
「それで?急にただ飛鳥のプロフィール確認したわけじゃないでしょ?何かあったわけ?」
高尾はそんないつも通り過ぎる風景をスルーして話の続きを促す。
「そうなんだよ...こんなにかわいくてかわいくて、食べちゃいたいほどかわいくてアイドルなれるなコレってアイドルのオーディションに応募したくらいかわいい飛鳥ちゃんの寵愛を一心に受けるあの男が羨ま、もとい許せないという話なんですけど皆さんどう思います?」
「てかあのオーディション勝手に送ったの千夏なんだ。やめてよ。」
「あんたそろそろ通報されてもおかしくないからホントやめてよ。友達がニュース載るとか最悪過ぎるから。」
ご飯を口に送り続ける真城と、スマホの画面から目を離さない高尾は驚くほど安藤の言葉に興味を示さない。
泣こう────
そろそろ本気で安藤が決意し始めた時、高尾が、
「まぁ飛鳥があいつにお熱なのは今に始まったことじゃないじゃない。」
「違うの!最近はなんかより顕著なの!手編みのマフラープレゼントする、とか言い出しそうなの!時期外れだけど!!」
「てか飛鳥が、ってよりあいつが飛鳥に構い過ぎだと思うけどねむしろ。2人はただの幼なじみだって飛鳥は言い張ってるけどいつまで続くかね〜。」
泣きそうな顔から鬼の形相へとシフトしていく安藤、
だんだんとニヤニヤ笑いになっていく高尾、
そして黙々とご飯を口に送り続ける真城、
「あれ?飛鳥顔赤くなってな〜い?」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
かわいいという感情と嫉妬が入り交じった安藤の絶叫。
全く、今日も平和である。
♢♢♢
部活を終え、帰り道を1人歩く真城。
最近だいぶ遅くまで明るくなって来たが、19時を回ればもう街灯がなければ何も見えない。
更に遅くまで部活をしている高尾と、バイトに精を出す安藤と一緒に帰ることは少ない。
いつも一緒に帰る幼なじみは、先生に呼び出されていたので、今日は久々に1人だ。
最近幼なじみを含め、チーム全体の調子が良い。
今日も素人目に見ても完成度が上がっていっているのが分かるほどの動きをしていた。
このまま行けば全国大会も夢ではなさそうだ。
マネージャーの真城も鼻が高かった。
そんな興奮そのままに、鼻歌交じりに夜道を歩いていると、ふと背後から視線を感じる。
ここ3日ほど、毎日感じるものだった。
幼少期から知らない大人に声をかけられたり、追い掛けられたりすることは多かった。
それこそ異常なほどに。
一時期を境にほとんどなくなっていたのだが、最近また増えてきている気がする。
少し歩調を早める。
黒の通学カバンを強く握り締めてしまうのは緊張と恐怖故だろう。
気配は全く消える様子はない。
振り向いてはいけないような気がして後ろを確認することは出来ないが、視線は増えているようにすら感じる。
街灯の少ない路地、目の前の曲がり角を曲がれば大通りに出る。
そこまで行けば手出しすることも出来ないだろう。
そう思い真城はほとんど競歩のようなスピードで曲がり角に向かうが、
直前で足を止める。
先程まで後ろに感じていた気配と、全く同じものを目の前から感じたからだ。
挟まれた、
真城は頬に嫌な汗が伝うのを感じる。
そこで小さく唸り声のようなものが周りから聞こえ始めた。
気配の正体は野犬か何かなのだろうか?
こんな都心で複数の野犬に襲われるJK。
笑えない、
と、皮肉げな笑みを思わず浮かべていると、暗闇で見えない野犬達の後ろからコツコツと足音が聞こえた。
これは明らかに人の足音だろうという音。
そしてその発信源が話しかけてきた。
まるで従える野犬達が人の言葉を話したようなしわがれた太い声。
「お初にお目にかかれて光栄だ、“精霊の愛し子”よ。」
声の主はゆっくりと近付いてくる。
街灯の光の届くところまで。
ようやく詳細に見えた相手は身長2mに届こうかという巨漢の男だった。
鮮やかな金色の髪と、茶色い瞳は、日本人ではないだろうということを伝えてくる。
顔には額から目を通って顎にかけて広がる大きく、痛々しい傷がよく目立っていた。
ボディビルダーだと言われても信じるであろうゴリゴリの筋肉に真城が若干引いていると、男は更に続ける。
「私の名はアルベルト・バルザール。貴族院が誇る21の貴族、その第七席に座るリカントロープ家が配下である。真城飛鳥、御身を貴族院にて保護するために出迎えに参った。」
なるほど、ゴリゴリマッチョで電波な人でしたか...。
真城は逃走体勢に入る。
「ナンパしたいならペットなんかで釣ろうとせずにあなた自身の魅力で勝負してよね。それに、」
恐怖で震えながらも真城は必死に男を睨みつける。
「私犬よりは猫派なの。」
「...慣れない日本語では上手く伝えることが出来なかったようだ。全く、これでは力ずくで連れ帰るしかないではないか。英国紳士としては非常に不味い展開なのだがね。」
男が指を鳴らすと、後ろに控えていた野犬達がゆっくりと姿を見せる。
同様に真城を囲んでいた周りの野犬も出てくる。
思っていたよりも凶悪そうな顔をしている。
ヨダレが止まらない様子を見ると、今日の晩御飯を真城に定めたように思える。
「私が使役するのはどちらかと言うと狼に近くてね。こいつらは普通の狼よりも一回りも大きく、ネコ科の動物達より俊敏で、ワニより強い顎を持つ。ペットの犬などと呼ばれては些か不快というものだ。」
真城は唯一狼達に囲まれていない横道に走る。
だが運動などそれほどしない女子高生の走る速さなど狼などと比べるまでもない。
即座に追いつかれ、そのうちの一体の狼に力ずくで押し倒される。
背中に激痛が走った。
「安心したまえ、殺す気はないとも。だがこれ以上面倒なことにならないように足の1本くらいはもいでおくつもりだが、大丈夫だ。我々貴族院には優秀な魔法使いが多いのでね。」
狼達の後ろから物騒なことを言ってくる自称魔法使い(笑)。
このままでは本当に誘拐されかねない。
こんなことなら無用な心配をかけまいと我慢するのではなく、視線を感じ始めた段階で周囲に相談すべきだったと、真城は強く後悔する。
「さて、精霊達の妨害があるかと思ったが、思っていたより楽な仕事だった。匂いのおかげで見つけやすかった分むしろ他の仕事より簡単だったな。」
ようやく仕事が終わったと、アルベルトは肩を回す。
おじさんのような仕草だな、などと場違いな感想を抱いていると、アルベルトは最後の命令を狼達に下す。
「さぁ、簡単に足をもいでおけ。」
それを合図とばかりに狼達が一斉に跳びかかってくる。
一般的な成人男性の身長よりも大きいであろう狼が全部で7体ほどだろうか、
自称魔法使いが使役する狼の1部とはいえそんなものの攻撃を受ければ致命傷である。
足をもぐどころの話ではない。
(あぁ、死んだ......。)
思わず目をつむり、自らの死を予見する。
願わくば、この男が、
私の友達に襲いかかりませんように──────。
生きている。
死んだことはないので、なんとも言えないところではあるが、
少なくとも痛みはなく、足とお尻には地面の感触がある。
ゆっくりと目を開くと、先程まで自らに牙を突き立てようとしていた狼達が空中で剥製にでもなったように固まる姿と、驚愕に表情を染める魔法使いの男。
そして、
「飛鳥、お前10分で終わるから待っておけと言っておいたろうが。」
気だるげに後頭部をかく男、
「太郎!!」
田中太郎の姿だった。
いかがだったでしょうか、
メレンゲ太郎の初作品初投稿。
中々見るに耐えないものではあったのではないでしょうか笑
一応次の作品も書いております。
書き溜めている分を放出したら
そこからだいぶ更新頻度は落ちてしまいますので、
皆さん気長に待って頂けたら幸いです。
あ、ちなみにコレを書いているのは12月中旬なのですが、実際出るのは大晦日になると思うので先に言っておきます。
あけましておめでとうございます!(まだ)