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一話目、よろしくお願いします。
ボクのお気に入りは、風が通る植木の間。
だあれもいない広場の真ん中。
落ちそうで落ちない塀の上。
近くの小さな神社のおやしろの床下はつめたくて気持ちがいい。
ご近所さんと集まっておはなししたり、お団子になったりするのも好き。
春の陽ざしの当たったぽかぽかの屋根の上だって好きだし、ボクしか知らない秘密の抜け道だって好き。
潜り込むことも好きだけれど、人間が出たり入ったりしているあの動くハコはダメ。いい感じな日影と思ってもいきなり動くんだもん。ボク、一度この自慢の長いシッポが危うく平べったくなっちゃうところだったんだよ。
ボクのいろんな大好きが詰まっているのはずうっとあっちの赤い屋根からずうっとあっちの青い屋根までのぜ~んぶ!
ひときわ大きなニンゲンのメスには「あなた結構行動範囲が広いのね」ってよく言われるんだ。でもそう言うあなただって、よくあちこち動いてると思うよ? なんだか苦しそうにひいひいふうふう言ってるけれど。
ここだけの話なんだけど……多分ね彼女…………狩人に追われてると思うんだ。
なんで分かるかって? だってボクもよくやるの。あ、もちろん狩人の方だよ?
チョロチョロっとしてるのを見るとなんだか飛びかかりたくなるでしょ?
それがまたおっきいとね、なんでか余計にボクの本能が「あれが欲しい!」って叫ぶの。
ということはほら、やっぱり…ね?
大丈夫だよ。ボクは彼女のことは見逃してあげてるから。
ふふふ。ボクって優しいんだよ?
でもせっかく見逃してあげてるのに、彼女、ボクに近寄って来ようとするんだよ。
せっかく見逃してあげるっていうのに、残念なニンゲンだよね。それとも自分が狩人になった気でいるのかな?
手を伸ばして来るからスルリとよけてあげるけどね。
ボクはこの辺りではシンザンモノだ。
シンザンモノって分かる? ボスさんがボクのことは「お前は、シンザンモノだ」って言ってたんだ。
だからボクはシンザンモノ。
でも、ボクはずっとここにいたし、どこから来たの? って言われても分からない。前は傍になんだか温かい何かがいたような気もするけれど残念ながら覚えていない。
知り合ったネコたちの何匹からは「君がそうか…」とか「可哀想に。いきなりだなんて」とか言われたけどなんのことかは分からない。
それでも別にいいよね。毎日が楽しければ!
キュルルル
あ、おなかが鳴った。そういえば今日は朝から日向ぼっこに忙しくてまだごはんを食べてなかった。
うーん、今日はどうしようかな?
「よう! ちびすけ!」
「あ。こんにちは、トラさん!」
彼はトラさん。何度言ってもボクのことをちびすけって呼ぶんだ。
知ってる? トラさんってすっごく強くってかっこいいんだって! ニンゲンのメスが一緒にいたちっちゃいニンゲンにそう教えてたんだ。「ほら、あのネコさんあなたの好きな大きくて強くてかっこいいトラさんと同じでしょ?」って。確かにトラさんはボクよりも体がおっきい。でももっとおっきいニンゲンにそんな風に言われるトラさんってすごいよね! きっとすごい力を秘めているんだ! 尊敬しちゃう!
「ちびすけ、お前メシ食ったか?」
「ううん。でも今おなかが鳴ったところだよ!」
「そうか、オレさっき見たんだけどよ…ちょっと耳貸せ」
「え、なあに?」
「あのな、向こうの樫の木のばあさんな、缶詰めを袋にいっぱい入れて歩いてたんだよ。きっと今日は久々のごちそうにありつけるぜ?」
「ほんと!? わー! すぐ行こうトラさん!」
樫の木のばあさんっていうのは、お庭におっきな樫の木があるお家に住んでるおばあさんのことだよ。
時々ボクたちのごはんをいっぱい用意してくれるニンゲンなんだよ。
ボクは時々じゃなくて毎日でもいいと思うんだけど、ボスさんは「時々でゆるしてやれ」って言ってた。よく分からないけど、ボスさんの言うことは何かちゃんと意味があるんだってほかのネコたちから聞いたから「うん! 分かった!」って返事をしたよ。
トラさんの言うカンヅメが何かは分からないけど、ごちそうって言うんだもん。きっとごちそうなんだよ! 楽しみだな。
トラさんと一緒に樫の木のおばあさんちに行くと、そこにはすでに何匹かのネコが集まっていた。
トラさんとおんなじようにカンヅメをたくさん持ったおばあさんを見かけたネコたちなんだろうね。今か今かと樫の木のあるお庭で待ちわびている。
「おやおやあんたたち、今日が特別な日だってよく分かってるのねえ。さあさ、たんとお食べ」
おばあさんがボクたちの前にお皿に入れたカンヅメを差し出してくれた。
なーんだ! カンヅメっていつものおさかなじゃないか! これはカンヅメって言うんだね! ボクしっかり覚えたよ! うふふ。おいしいねえ!
「おやおやいつもは見ない仔まで来てるじゃないか。久しぶりだねえ、クロちゃん。元気にしてたようで良かったよ」
おばあさんがボクを優しくなでてくれた。狩人気取りのニンゲンのメスには触らせないけれど、おばあさんにならちょっとくらい触られてもいいとボクは思っているんだ。
だって、しわしわの手だけどボクはこのおばあさんの手が暖かくて優しくて大好きだもん。
あ! お気に入りもう一個増えちゃった!
えへへ。ボクの毎日は幸せでいっぱいだ!
ありがとうございました。