09:捨て駒たちの過去_03
スクリムとしては言いたくない話しであった、このことを自分が話したとバレたらトラブルに巻き込まれないからだ。
別に身の危険が…などとはスクリムは一切考えていない。
それこそ物理的な手段を何者かが行使してきた場合彼は嬉々として受けて立つだろう。
スクリムが嫌いなのは裏でコソコソ企まれることだ。スクリムは愛想が良い人間ではなく付き合いがある人物など限られている、そのため権力という立場を行使されたら面倒臭いのだ。
時間をかければ自分に害を成そうとした貴族を破滅させることは出来ると思ってはいるが、そんなことに時間を浪費させる趣味はスクリムには無い。
しかし、目の前の友人の顔をチラリと見て、正直に話すしかないかと、ため息交じりに口を開いた。
「…あの森は地図に書いてねぇ」
スクリムは情報を教える代わりに…と、空になったジョッキをレクトへ見せた。
その意図を察したレクトは財布の中身を確認し、泣きそうな表情をしながら店員へと声をかけた。
「無表情ガァァル、追加注文頼む!!…クッソォ、今日は厄日だ…」
悲しさを誤魔化すように吠える。しかし、レクトはそうは言っているのだが、情報というものは金を払っても貰えないものがほとんどである。情報ひとつでライバルを減らすことが出来るし、命が助かる可能性もある。
そのためギルド登録者同士でも易々と教え合う内容ではない。だが、スクリムは基本的にレクトが聞いたことに関しては酒を奢れば答えてくれる。
そして中途半端な情報で酒を奢らすわけではなく、正確で誰もが欲しがるような情報も多い。
優しいのか優しくないのか…財布にとっては間違いなく優しくない友人にレクトは内心感謝する。
「でも地図か、あー、俺の階級じゃ地図何て見たこと無いからわかんねぇや」
そういってレクトが頭をかいているといると、店員はすぐに彼らの元に酒を持ってきた。
二人が酒を受け取ると、彼女は料金を受け取るためにレクトの前に立つと手のひらを向けた。
「俺の金が…」
財布から金を渡すが、今だ店員は二人の傍から離れない。
料金に誤りでもあったかと、レクトは先ほど渡した金額と注文の料金を確認する。計算をし直して見るがやはり合っている。
レクトは首を傾げるが、スクリムは「ほら」とジョッキを持ちながらレクトの財布を指した。
「レクト、同じ店員ばっかり呼んでるんだからチップぐらい払ってやれよ」
自分のせいで彼女以外の店員が近づかないことは棚に上げ、スクリムはクククと笑いながらそう言った。
「…はぁ」とレクトは財布から更に金を取り出し彼女に渡した。何だかんだ甘い男である。
満足そうにニヤリと笑うと彼女は去って行った。
「それで…、まぁ地図を見たことがあるかどうかは置いておいてだな、あの森は存在しないことになってんだよ」
新たなジョッキに口をつけると、意味ありげな事をスクリムは語り出す。
「…どういうことだ?」
「交易用のルートを示した地図と詳細な山やらが全部書いてある地図を見比べたらわかるけどよ、交易ルートはあの森を迂回して態々遠回りのルートを選んでるんだよ」
スクリムはテーブルの上にポケットからコインを取り出すと、町や交易の馬車、それぞれの配置をコインで表し簡易的なこの周辺の地図を作り出した。
そして町を表す2枚のコインの間に森をイメージした手帳を置き。馬車を表すコインを遠回りさせることでレクトに分かりやすい様に教える。
「あーなるほど、でも…すまん、交易ルートの地図とか普通補給部隊とかの軍人か商人しか見ねぇよ」
これに関してはレクトの発言が最もである、よほど興味が無ければそのような物見ようとは思わないだろう。さらに言うとそんな地図があることを知らない人間の方が多いぐらいである。
そもそもな話しすでに交易ルートはそういう物だという決められた物で、レクトも地図は知らないが交易ルートを辿って他の町に行けと言われたら何も考えずに辿れるだろう。それほどこの町で働いている人間にとって常識と言っても過言ではないものだった。
「そうか、交易ルートの地図はルートしか書かれてない粗末なもので、お前の階級でも見れるから気になったら確認しとけ」
スクリムの言葉にレクトは乾いた笑いを浮かべる。レクトは勤勉ではあるが興味の対象が合致しなければ中々手を出さない人物でもあった。
そして交易ルートは興味の対象外である。ギルドへ地図を見せてもらうように申請を出し、情報漏洩をしないようにサインを書いて…などと細かい作業を考えると面倒くささで欠伸が出る。
「まぁ…いつか確認するわ、いつかな」
「そういう奴は絶対確認しないだろうが…まぁそれで詳細な地図だとそこは平野になっててな、それなのになんで交易ルートから外れてんのか気になった俺は調べに行ったんだよ…今から十年ぐらいまえだけどな」
十年前、レクトはまだCランクであり、ランク的に町の外へ行くような依頼よりも効率を考え町の中で簡単な荷物の配達などをしていた。
Cランクと言えばギルド登録者の中で下から二番目のランクであり、ギルド登録者としてはまだまだ新人と言わざる得なく、今よりも生活に苦労していた。
だが、目の前の男は違った、同じ時期にギルドに登録したはずなのにあっという間にレクトを抜き…レクトは必死にスクリムを追い越そうとしていた日々を思い出す。
「十年前っつーと、確かお前が今の俺の階級だった頃か…」
当時のスクリムの階級はBランクであり、ランク的にはようやく討伐依頼を受けられるようになったぐらいであり、ギルド登録者の最初の壁であり大体の人間はここでランクは止まる。
最近では討伐依頼の際の臨時で組むチームではなく、通常の依頼の際も一緒にチームを組み欠点を補う新人達が出始めたため死亡率は低下しているが、スクリムとレクトの時代は違った。
Bランクに上がってすぐに死んでしまう登録者は当時全体の三分の一にもおよんだ。そんな物騒な時代でスクリムは名を上げた。
SもしくはAランク相当の討伐対象と偶然遭遇し一人で撃退したのだ。
それを見ていたギルド登録者も多く、彼はすぐにAランクへ昇級する試験を受けることが出来た、そこからは階段のようにAを飛び越えすぐにSへと至った。
そして彼が恐れられる原因となった事件が起きた、彼はSランクに上がってすぐに、彼の活躍を面白く無く思ったSランクの登録者に囲まれることとなった。
だが、彼はその囲んできた五人のSランクを指一本使わず地面に叩き伏せた。全員が下半身の骨が全て砕けトラウマからギルドを引退することとなった。
その事件以来誰もスクリムをバカにすることは無くなった。だからこそレクトは目の前の男がこれから放った言葉に耳を疑った。
「そうだ…そこで俺はあの森を見つけた、俺が近づきたくねぇと思ったのはあそこだけだ」
「近づきたくない?魔王国に散歩しに行って、アンデッドと手を繋いで踊る様なお前が?」
冗談だろ、とレクトは暗にそういう意味を込めて言うと、スクリムは飲んでいた酒を吹き出すと何度か咳き込んだ。
「あー、クソ、こぼした…お前は俺をバカにしてんのか、あの時は知識があるアンデッドのお姫様が踊らないと逃がさないって…」
話しが逸れたスクリムは「いや、そういう話じゃなくてだな」と話の流れを元に戻す。
「とにかくだ、俺は再来年あの森に行くつもりだ」
スクリムは吹き出した酒を顔を拭いたときのタオルで拭き取る。
「そうなのか、再来年…随分はっきりと期間を定めてるんだな」
初めて聞いたスクリムの予定に多少レクトは驚く。
スクリムは基本的に明日から幻の国を探す旅に出るわ…などと唐突に予定を決めるタイプというのがレクトの知っているスクリムである。
「あぁ、そこは決めてる」
真面目な顔でスクリムはレクトへ言う。
「そうか…ちなみに何で近づきたくねぇって思ったんだ」
スクリムはレクトへどう説明しようか悩む、だが上手い言葉が思い浮かばない。
彼の真剣な表情にレクトはいつのまにか手のひらを汗で濡らしていた、そして彼の言葉を待つ。
スクリムは言葉では表現のしようがないあの時の状況、その時に感じた感覚を素直に口にした
「…入ったら殺すって言われた気がしたんだよ」