08:捨て駒たちの過去_02
スクリムはレクトの言葉に首を傾げる。
「アレって何だよ、俺が帰ってきたのはついさっきだから何も知らねぇよ」
レクトがこの町に帰ってきたのはつい先ほどであり。宿をとることさえまだしていなかった。
そんなスクリムにレクトはとある方向を指で示した。
「アレだよアレ、ほら今掲示板に人が集ってるだろ」
レクトが指を向けている方向をスクリムが確認する。そこには静かに掲示板を見つめている者や、飛びあがりそうなほど舞い上がりながら掲示板を見ている者がいた。
先ほどからスクリムも視界には入っていたが、何か報酬の良い仕事でも張り出されたんだろうと考え、自分には関係ないと無視していた。
「…よく見りゃ結構階級が上の奴まで見てんな…でもあそこに張られてんのは調査やら探索系の依頼のはずだろ、D~Cランクの依頼をそれ以上の奴らが受けるのはマズイだろ」
上の階級持ちが難易度が低い依頼を受けることは下の階級の仕事を奪うことになるため、ギルド内の正式な規則として禁止はされていない。が、暗黙のルールとして禁止されている。
厳密にいうとB~Sランクは常設されている魔物の討伐でもして稼げと言う話である。
そして命を懸けるのが嫌ならそもそもCランクでランクの昇級を止めとけという単純な事である。
レクトがそんな常識を知らないはずが無いため、スクリムは彼の方を見た。
「まぁルールじゃあそうだけどよ、あの依頼は国からの調査依頼で人員は無制限、出来るだけ高ランクのギルド登録者求むっていう変な依頼なんだよな」
なるほど、無制限なら問題ねぇな。とスクリムは納得するが、レクトの言葉に彼と同じく奇妙だと感じる。
「そりゃ、違和感しかねぇな、調査で高ランク登録者を探すってなると…場所はどこだ?」
もし、場所が現在では毒で覆われているドラゴンの山や強大な魔物が生息しているエリアならば不思議はないが…スクリムはレクトの言葉を待つ。
「場所はアレだよ、東の森…フール家って貴族いるだろ、あの領地の手前だ」
レクトは思い出すかのように東を指さし、彼の持っている知識でスクリムへわかりやすく説明しようとする。
だが、レクトの言葉を聞いたスクリムの表情が変わった。
「フール家…そんな貴族は知らねぇが東の森か…行かない方がいいぞ」
小さく呟くようにスクリムはレクトに伝える。
スクリムは大声を放つタイプではないが、今のように小声で周りを気にして話すようなタイプでもないためレクトは彼の様子に首を傾げる。
「…だけどかなり報酬が良いんだぜ、しかもシースさん達軍人も一緒に行ってくれるらしいし危険はないだろ」
「シースか、警備隊の隊長だったな…はぁ、明らかにその依頼はヤバイから止めとけ」
終始小声なスクリムにレクトは違和感を覚えつつも、悩むように掲示板の方へと視線を向ける。
レクトとしては依頼を受けるつもりだったのだが、スクリムの判断が間違えていたことが無い…ならば何かあるんだろうとは思うが。
「いやぁでもなぁ…調査するだけで10万だぜ、俺のランクで普通に依頼受けてたら一カ月分かかる報酬がドカンと入って来るんだけどなぁ」
スクリムほど上位になれば一つの依頼で10万などよくある話しなのだが、レクトにしてみればいつもの依頼と桁が違う。
いくら親友のスクリムに言われても生活のことを考え、依頼を諦めることを渋っている様子のレクトだったが。
無言でスクリムが自分を睨みつけていることに気が付き冷や汗をかいた。いつもの多少イラ立っている時の睨み方ではなく本気の表情だったからである。
その視線に乗せられた感情の真意を読み取ることはレクトには出来ないが、イラ立ちや呆れなど単純な事は読み取れた。
「睨むなよ…なんか知ってるのか?」
レクトは先ほどのことからスクリムが何か知っているのだろうと、話しを変えたりして逃げるのではなく、この件について更に掘り下げることとした。
スクリムはため息を漏らした「…あんまり聞かれたくない内容だから引く続き小声で喋るぞ」と言う彼の言葉にレクトは頷いた。
「知ってるといえば知ってるな…そうだな、まずあの森に関してお前は何か知ってるか」
「いや、今回国の依頼が無かったら存在も知らなかったぜ、他の連中も皆知らなくて情報が集まらんかったんだよな」
レクトは正直に答える。自分の無知を晒すようだったが、スクリムに知恵で勝ったことが無いためそこらへんの恥はとうの昔に捨てている。
「だろうな…まず一つ、何でそんな森を高額な報酬までかけて調査する?」
人差し指を立てながらスクリムはレクトに疑問点を投げかける。
「んー…なんか新しい薬草とかが見つかったとか?」
レクトは以前実際に有った事例をもとにスクリムの質問に答えた。
「…まぁ、ありえなくはねぇな、じゃあ二つ目だ…何で高ランクを求めるんだ?」
スクリムの指がもう一本上がった。
レクトもそこが気にはなっていたが、こうしてスクリムに改めて聞かれると理由と言う理由は思いつかない。
一瞬、森自体が危険であり採取や調査するにも低ランクでは厳しい、そのため高ランクを求めるのかもしれないと考えた。しかし、それでは自分達ギルド登録者の間であの森が有名じゃないという事実がひっかかる。
「…高ランクって言えば強い…強い…でも調査だろ…んー」
同じ言葉を繰り返しながら、考え込んでいるレクトにスクリムは口を出した。
「まぁ、俺が止めとけって言うのはそこらへんが原因だ、意味が分からなさ過ぎて絶対何かを隠していることが透けて見える、おそらく掲示板の前で受けるか考えてる高ランク登録者も同じようなうさん臭さで悩んでるんだと思うぜ」
そう、掲示板の前には舞い上がっている者と静かに掲示板を見つめている者、さきほども言ったが綺麗に二種類のタイプに分かれている。
スクリムが見るに前者は新人のように見える、そして後者はスクリムも知っている顔が何人かいる高ランク持ちである。
「でもよぉ、危険なんてあるか?シースさん達も一緒なんだぜ?」
「追加でそこが更に怪しい理由の一つだ…」
スクリムの言葉にレクトは首を傾げた。彼としては何ら不自然とは感じない部分、それどころか多少怪しくても依頼を受けてもいいのではないかと考えてしまう要因だったからだ。
「別に依頼者がちゃんと自分の目で作業風景を見るのは珍しい話しじゃないだろ、しかも国の依頼だぜ国もちゃんと監視役を置くだろ」
当然だろ、と言わんばかりにレクトはスクリムを見つめたが、スクリムはそんな能天気な彼へため息をついた。
「で、何でシースなんだ」
シース警備隊隊長、スクリムが疑問に思っているのは彼女を選んだという軍の考えである。
「そりゃあ、警備隊で俺たちギルド登録者達とも馴染み深いからじゃねぇのか?」
確かにその通りではある。時々依頼と警備隊の仕事が重なることがある、それこそ犯罪者を探してくれなどは重なる定番の依頼である。
被害者としてはより速い解決を望むため、金銭的に問題が無い人間ならば警備隊を信用していてもギルドへ捕縛依頼を出すことがある。
なのでシースはある意味ギルド登録者とは競争相手となるのだが、そこで終わらないのがシースであった。
シースが先に犯人を捕らえた場合、彼女は調査に協力してくれたお礼として酒代や軽い食事代程度なら出してくれるのだ、そのため調査依頼は低ランク登録者のとって早い者勝ちの損が無い依頼となっていた。
そのためシースはギルド登録者にも当然好かれているし、友好的な性格ゆえに市民からの信頼も厚い…のだが。
「…シースの部隊が監視役とかありえねぇだろ、アイツらは軍から嫌われてるはみ出し者だろ」
スクリムはレクトが忘れていた事実を突きつけた。
「…あー、まぁそうだな」
「隊長のシースは犯罪者から賄賂を受け取った上司をぶん殴って降格、副隊長のグルームも命令違反して仲間を助け上司の顔に泥をぬったから降格…つまり嫌われてる隊を軍は使わねぇだろ」
その通りである。有名なのは隊長、副隊長のその二人だが、他にも軍内部の派閥争いでどの派閥の味方もしなかったものなど、軍にとってクビにしたいがクビにした場合軍内部の暗い部分が露呈しかねない人物が集められている。
「でも、実際依頼内容ではシースさんの部隊が来るってことになってるぜ」
レクトは目には見えないが、掲示板に張られている依頼内容の方へと指をさした。
「だから、それを含めて明らかにヤバイんだろ、不審点をまとめると、調査依頼で高ランクを集める、報酬の調査依頼とは思えない気前の良さ、そしてシースの部隊が同行…これ討伐依頼だろ」
とうとう、スクリムは考えていたことを正直にレクトへ伝えた、その言葉にレクトは動きを止める。
「は?いくら国でも依頼内容の「調査の結果、魔物と遭遇そんな筋書きなんじゃねぇか?」…はぁ、マジか」
レクトは調査依頼が張られている掲示板を見つめている。そしてふと何かに気が付いたかのようにレクトの方を見る。
「でも、スクリム、お前は何でシースさんの名前出す前から…つーか東の森って俺が言った段階で苦い顔したんだ?」
レクトの言葉にスクリムはまたもため息を漏らしたレクトに対してではなく、あまり人に話したい内容ではないというのがため息の理由だった。