05:不思議な森_03
いつも通りモロンはのどの痛みと吐き気で目が覚めた。
何やら不思議な夢を見ていた気がするが、モロンは思い出すことは出来なかった。夢などそのような物だろう。
今はそれよりも「う…ぷ」モロンは口元を押さえると、吐き気を抑えるために慌てて湖へと頭を突っ込んだ。顔を上げると小汚い服の袖で顔を拭う。
水面に映る醜悪な自分の顔がさらに酷い表情となっている。ノードは彼のそばに近寄ると背中をさすった。
獣は苦しんでいるモロンの様子を同情するような不思議な視線で見つめている。
「どうやら電気鞭の後遺症は抜けきってないみたいだね…しばらくしたら治ると思うから…ごめんね」
湖の水を手ですくい飲んでいるモロンに対し彼はボソッと謝った。早くモロンを逃がすことが出来ればなどの後悔なのか、モロンには何故彼が謝っているのか理解できなかった。
愛情と言う物を知らないモロンはノードの自分を思っての言葉を嬉しくないはずがなく。彼はその言葉だけで笑顔になる。
「ノードのせいじゃないよ、うん少しマシになってきたから」
モロンはそう言うが、獣は白々しいと言わんばかりにノードを睨みつけている。
顔を上げるとモロンは濡れた口元を腕拭った。今だモロンの視線は危ういがそれでも吐き気自体は治まり、彼はゆっくりと地面へと腰を下ろすと近くにいたノードの頭を撫でる。
「そうかい、我が主…安心したよ」
ノードはそういうと落ち込んでいた尻尾をバタバタと振った。感情がすぐに出る尻尾だなとモロンは笑う。
モロンはようやく気分が落ち着き、冷静になったとたん。一瞬いつもと違う風景に彼は自分がどこにいるのか理解できなかった。
十数年同じ部屋にいればそれが日常であり、モロンが戸惑うのも無理はないだろう。
しかし、昨日の出来事…あの部屋から逃げ出したことを思い出し。そういえばそうだったと納得する。
モロンがそうしているとノードが咳払いをした。
「さて、片足もちゃんと生えたことだし、今日からお勉強を始めようか、我が主がこのまま町に行ったとしたらとんでもなく常識知らずのバカとして扱われるだろう」
彼はモロンが昨夜椅子として使っていた切株へと登ると、教師の真似事を始める。。
そして指をクイクイと動かしモロンを呼ぶと目の前に座らせた。
「バカとはひどいなぁ」
ノードの指示通りに座りつつもモロンは苦笑いを浮かべる。彼としては同じ人である以上、町と言う場所に行こうと自分は普通に過ごせるはずだと何故だか自信を持っていた。
その考えは社交性などと言った言葉を全否定する考えであり。同種族というくくりで考えたあまりにも広すぎる考え方だった。
野生動物でさえルールやマナーというものがあるのにモロンはその手の知識が一切ない。唯一の取り柄は純粋であるところだろうか。
ノードはモロンがバカだろうとそこはそこで愛嬌として好きなのだが、そんなモロンをバカされることが許せなかった。そのための勉強である
「だから僕がみっちり常識を叩き込むとしよう、あとは簡単な魔法とかも教えるよ」
ノードは木の棒を手に取ると地面へとペシペシ叩きつけながら厳しい教官を演じるが、控えめに言っても微笑ましい光景にしかならなかった。
ノードもすぐに分かったのだろう木の棒を空へ投げ捨てると口から炎を吹くと消し炭にする。
「魔法って僕でも使えるんだ」
魔法と言えばモロンからするとロールが調教に使って来た痛い魔法、アドラが傷を治すのに使ってくれた暖かい魔法の二つだった。
普通であれば魔法に対するトラウマなどを抱えていても致し方ないだろう経験をしてきたのに、モロンは平気で自分が魔法を使う姿を想像する。
「…当然さ我が主、キミは素晴らしい…人になれる、それこそ…いやここで言ったら面白くないね」
ノードのこの大げさな言い方もすでにモロンにとっては慣れたものである。しかし、ノードは確信を持って言っているようでニヤリと笑う。
「じゃあノード、なんかよくわかんないけど、よろしくね」
モロンはノードの前に手を出すと、彼は笑顔でその手を取った。
「あぁ、任されたよ、この鱗にかけて我が主を育ててみせる…さてまずはトラップの作り方だ」
「ほぇー、トラップ?」
てっきりさっきからノードが言っていた常識などを教えてくると考えていたモロンは呆気にとられた。
トラップというものはモロンも知っている、モロンもトラップだらけの部屋を歩かされたことがあるからだ。あの時は棘が足を貫通したりと痛かったとしみじみモロンは思い出す。
懐かしがっているような様子だが、考えていることはグロテスクすぎる光景であり。ニコニコしているモロンの表情と合ってない。
「そうトラップだよ、何事よりも自給自足が出来るっていうのは素晴らしい力だ、だから小動物を狩れるようになろうか」
言う事はその通りだ、確かに自給自足さえできればどのような状況になろうと大幅に生存率は上がるだろう、だがそんな難しいことは思いつかないモロン。小動物を狩れるイコールお肉がいっぱい食べられると彼は単純な思考で喜んで頷いた。
そんな二人を獣はマジかこいつら…という表情で見つめている。獣からすると人族は人族同士で群れて過ごす生物であり、それよりもやはり常識なのではと考えていた。
だがやる気に溢れている二人に水を差すのも忍びないと、獣は特に口を出さずに見守る。
「流石ノード、そうだよね、よしトラップを作るのを頑張るよ」
こうしてノードの教育は始まった。ノードがモロンへ教えたトラップの種類は単純なもので落とし穴やツタを使った獲物の足を絡めとる物だった。
ノードが作り、モロンが自らトラップに突っ込んでいく。それを繰り替えしモロンは何とか簡単なトラップを作れるようになった。
「じゃあ今日は魔法だね、我が主、魔法と言えばとりあえず炎だよ炎」
「へぇー、炎なんだぁノードの炎は綺麗だよね」
「そうだよ、炎こそ魔法の定番」
ノードは青い綺麗な炎を口から空に向かって打ち放った。炎は撒き散らすようなものでは無く一本の線のような軌道を描く。
言うまでもなくノードが炎が好きな理由は一番自分らしい魔法だからである。別に利便性や強弱など威力は関係していない。
「…おぉー」
ノードの口から出た炎の凄さが大してわかっていないモロンはとりあえず彼へと拍手を送る。
ノードは何気なく行った技術なのだが、実際はとてつもない技量の物であった。
赤や黄色ではない青い色をした炎に口から吹き出した炎の勢い、通常の魔法使いならばここまでの魔法を使えば数秒で魔力が欠乏し倒れるだろう。
ほら、やってごらんとノードはモロンに魔法の使い方を教える…それはかなり強引な教え方だった。
ノードがモロンの体を通して炎を放つという頭がおかしい方法。
一歩間違えればモロンは黒焦げ、もしくは魔力過多により破裂するなどとにかく、大怪我を負うことになっただろう。しかし、そんな危険性をモロンは知らないので何度もノードに繰り返し行ってもらう。
「こうだよ、こう…ほら魔法が出るよ」
ノードが力を通すとモロンの体から炎が吹き出す。
――最近の魔法の教え方と言うのは凄まじくスパルタになったんだな…
獣はノードの魔法の教え方に若干引いていた。
彼が知っている人族の魔法の教え方は師匠と呼べる人間が存在し、まずは危険性を教え知識を鍛えていくものだった。
間違っても弟子の大半をぶち殺してしまうような危険が伴う修行はほとんどなかったはずだ。獣は今の人族ってどうなってるんだと首を傾げる。
「違う、我が主、手から炎なんて道具を持ってたら邪魔でしかないだろ、炎は口から出すんだよ、ほらキミなら出せる頑張って出すんだ」
ノードは手本のために口から空気が揺らめくほどの高温の炎を何度も吹くとモロンを応援する。
「う、うん!…」
返事は良いのだがモロンの口からはボォッと低い音と共に一瞬火が見えたが、すぐに白い煙となりゲホゲホとモロンはむせる。
「白い煙しか出てないぞ、青い炎が出るまでお昼ご飯は抜きだよ!!」
「そ、そんなぁ」
モロンはノードの非情な言葉により悲痛な声を上げた。
――だから、なんか違くないか…
軽いノリで命がけの修行を行なっている二人に獣はツッコミを入れたいが、自分の言葉はモロンには伝わらないため断念する。
数日後ようやくモロンは青い炎を吹くことに成功した。
それに対し獣は驚いた…だがとある事を思い出し、驚くほどでもなかったかと寝ようとしたが、モロンが自慢げに至る所で炎を吹くものだから獣は火事にならないか心配で眠れなかった。
ちなみにモロンの食事に関しては炎が満足に吹けるようになるまで一日二食で本当にノードの手により昼飯を抜かされていた。
たかが三食の内の一食かもしれないがモロンにとっては泣くほど悔しかったらしく、夜な夜な獣に愚痴っている姿があったという、