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03:不思議な森_01




「うーん、そろそろ…あの目星をつけた場所だね」


ノードは一面に広がる平野の上空を遠くに見える森の方へ飛んでいた。


翼をゆっくりと動かして、モロンがぶら下がっているため体のバランスを慎重に操りながらも視線は空へと向ける。


何もない日常ならば夜に飛ぼうとノードの心に何も響かなかっただろう。


しかし今日は違う、ようやく我が主を外へ連れ出すことに成功した。今足には我が主がぶら下がって一緒に飛んでいる。


その気持ちだけで、ノードには見慣れた夜の光景が美しく感じ、初めて見た景色のように思えた。そして夜を照らす月がまたこの風景を際立たせる。


ノードは満足げに笑いながら、ついつい速度を上げてしまう。


「いやぁ、心地いいね我が主…」


しかし、そんな悦に浸っているのはノードだけのようで、肝心な彼のご主人はと言うと。


「…寒い…サム…サムッ顔がイタッ」


焼け跡のせいで見る影もない顔をモロンはゆがめるとノードの尻尾をひっぱっていた。


ノードは引っ張られたことでようやく状況を察した。


「おや、そうだった我が主の可愛らしい皮膚にはこの高貴な鱗が存在していなかったんだよね、失敗失敗」


ノードはそういうと高度を下げ森の中へと降りていく。彼はキョロキョロと辺りを見渡すと辺りへ訝し気な視線を送った。


「やっぱり、人の匂いがしない…面白い雰囲気の森だね」


人に拷問されていたモロンを人がいる場所に連れていくという行為をノードは少々抵抗があり、たまたま見つけたこの不思議な森へと彼を連れてきた。


空気は澄んでおり、人の臭いも一切しない、それどころか大型の動物の気配さえしない、そして豊富な魔力の痕跡が心地良い。


ここならば魔法の修行にもってこいの場所だろう。ノードは都合が良すぎる待っていましたと言わんばかりこの場所に怪しさを感じる。


だが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、危険などどこにでもあるとノードはここを拠点とすることに決めた


モロンは足がとどく距離まで地面が近づいてきたことを確認すると、ノードの足から手を離した。


足が完治していないため地面へと転がると、そのまま地面へと座り込み激しく身震いを繰り返した。


寒さで歯と歯がぶつかる音も聞こえてくる。ノードはそんな様子に「ごめんよ」と片手で頭をかいた。


すっかりノードは人族の脆さを忘れていた。モロンが異常なほど頑丈といったせいもあるのだろう、まさか寒さに弱いとはと彼へ頭を下げる。


「ほ…ほんと皮膚がイタッ…サム…サムイ」


しかし、それよりもモロンは引きつった皮膚をどうにか温めようと地面を転がりまわっている。


「ちょっと待ってると良いよ我が主、獲物を狩ってくるよ、ご飯でも食べたら少しは暖かくなると思うよ」


そういうとノードはモロンを置いて森の奥へと飛んで行ってしまう。


「寒い…さむ…くない、よし動ける」


ノードは唐突にそう言って転がるのを止めて上半身を起こした。そしてノードがいないことに気が付いた。


確かノードが何か言ってた気がする、とモロンは腕を組み頭を悩ます。


「あ、待っててって言ってたよね、え…僕ひとりでお留守番…まぁひとりは慣れてるからいいか」


さらっと寂しい発言をモロンはしつつ、近くに落ちていた木の棒を使い器用に立ち上がる。


片足は今だ癒えておらず、モロンは不便だなと自分の片足を睨みつけた。だがそんな気分もすぐに晴れた。


風が吹いたせいである、風のおかげでモロンは辺りをようやく見渡したのだ。そして気が付く不思議な香り。


「…これが外の匂いか…少し臭い気もするけど良い匂い」


普通の人であれば青臭いと表現するだろう自然の匂い。だがモロンにとっては初めての香りであり、彼的に表現するとなると糞尿とは比べ物にならない良い匂い、でもロールやアドラの方が良い香りと変態的な表現となるだろう。


正確にはロールとアドラの匂いではなく香水の香りなのだが、当然のことながらモロンは知らない。


モロンがひとり自然の香りを楽しんでいると、ゴソリと後ろから物音がした。


随分速かったけど、ノードが戻ってきたのかなとモロンが振り返るとそこには…。


「グォォ」


モロンの目の前には金色の毛を纏う巨大な獣。牙を見せ容易く人を害せる姿、額の十字の傷跡が彼の恐ろしさを倍増させる。


…通常であればどうにか獣から逃げるのが正解だろう。しかし、モロンには彼が危険なものという認識は無かった。


それどころか初めて見た生物に目を輝かせた。


「おや…えぇっと動物ってやつだよね、妹様が話してくれた」


動物ではなく魔物である、彼がそんな判断つくはずもなく自分から獣の方へと近づいていく。


「グォォォ」


獣は威嚇するように前足を強く地面へと叩きつけると牙をモロンへと見せつける。


しかし、それでもモロンは近づけることを止めない、それどころか「よーしよしよし」とアドラがたまに自分を撫でる時に言っていた言葉を繰り返す。


そしてとうとうモロンは獣の目の前に到着する。獣は彼の不気味さに一歩引きたくなったが何とか気を持ち直す。


獣は大きく口を開くとモロンの頭を口の中に入れた。後は獣が口を閉じればモロンは容易く死ぬだろう。


そこまで獣はモロンへと顔を近づけると違和感を感じた。まずはどこかで嗅いだことがある香りである。


獣はその匂いを思い出そうと嗅覚に意識を向ける、そして気が付いた。随分人にしては変な…


獣がそう考えていると、モロンは彼の口から自分の頭を引き抜くと触り心地の良い獣の顎を両手で触る。


「おぉ…鱗よりも気持ちいいじゃないか、ノードのヤツ何が至高は鱗だよ、僕は断然このモフモフだね」


ここにノードが居れば「何を言ってるのかわかっているのかい、我が主」と悔しさに震えるだろうが、今ココに彼はいなくモロンは獣の触り心地を堪能する。


唖然としていた獣は意識を取り戻すと鼻先でノードを突き飛ばす。モロンは押されて尻もちをつく形となった。


「グォォォ」


威嚇するためにモロンの顔のすぐ近くで獣は吠えるが。


「えぇっと嫌だったのかな、ごめんよ、でも何言ってるかわからないよ…あ、そうだ、えっとここらへんで水が飲める場所ってあるかな」


モロンはニコニコとしながら獣へと尋ねる。


「グゥ」


獣は戸惑った。今まで何人もの人間を引き裂き、潰し、焼いてきたがこんな対応をする人は初めて出会った。


顔面が焼け爛れているせいで一見するとアンデッドなのか生物なのか判断つかなかったが、聞こえてきた声質などからして人族の子供だと獣は判断する。


こんな所に子供なんて…まぁどこからか迷い込んできたのだろう。と、考えた獣はモロンを脅かして逃がそうと考えていた。


しかし、彼は怯えるどころか今度は地団太を踏み始めた。


「だ・か・ら、水が飲める場所だよ、ノードに全部任せるわけにはいかないからね僕も出来ることはしないと」


「…グォ」


勝手に怒り始めたモロンに獣はため息をつくと、顎をしゃくりモロンを先導するように歩き始めた。


「あ、ちょっと、僕は足が使えないのに!!不親切な奴め」


「グォォ…グォ」


獣の気持ちを代弁すると、何だコイツだろう。


獣は呆れた様に首を振るとモロンへと近づいていく、そしてボロボロの服を噛むと上空へと放り投げた。


モロンの体は人形のように宙を舞った。


「オァアアア」


突然のことにモロンは情けない叫びを上げつつ目をつぶった。


しかし、地面に叩きつけられる様子は無く、それどころか股下に温かい物を感じる。


自分が排泄物でも漏らしたかと慌てて下を見ると、気が付くとモロンは獣の背に乗っていた。


「あれ、不親切な奴なんて言ってごめんよ、キミは良い奴だ」


そういってモロンは体を彼の背中へと押し付けると獣の横っ腹を撫でると、モロンの体に獣の体温が伝わってくる。


黄金の毛並みがふさふさと心地良い。モロンは許されるならずっと撫ででいたいと目をつむった。


「グォォ」


――これっきりだからな、水を飲んだらさっさと帰れよ


モロンへ通じるはずもないが、獣はそういうとヤレヤレと頭を振りそのまま森の中をまっすぐ進む。


ある程度歩いたところでモロンの耳にも水の音が届いた。


そして草木を獣がかき分けるように歩くとすぐにその光景はモロンの目にも入ってきた。


「おぉ、綺麗な場所だ、こんなに水があるよ…ありがとね」


目の前には綺麗な円状のまるで人工的に作られたかのような大きな湖。


水質も透き通っており水面には夜空が綺麗に映し出されていた。


遠くでピチャリと魚も跳ねた、風情がある光景に常人なら、その情景に感動するだろう…。


しかしやはりモロンはズレていた、彼は水が大量にあることに感動しながら獣の背から降りる。


モロンの素直な感謝の言葉に獣は流石にそこまでズレていないか、と常識があったことに安堵しつつ、その場に横になった。


顔はモロンの方を見ておりモロンの様子をうかがっている事が見て取れる。


そんな獣の視線にも気が付かず、早速モロンは水を手ですくうと顔を洗った。


顔面は爛れているが、それはもはや古傷で水に触れようと痛みは無い。


水面をモロンは手でたたくと水しぶきがバシャバシャと音を立てる。こんな贅沢な使い方をしたことが無かったためモロンは大きな高揚感を覚える。


「大きな水たまりだぁ…うーん、冷たくて気持ちいいや」


いっそのこと潜ってしまおうかとモロンは考えたが、今は足も動かないため流石に危ないだろうと諦める。


そうこうしているとバキバキと木の枝が折れる音とともに「どぉこぉいっっったぁぁぁぁ」という叫び声がモロンの耳に聞こえてきた。




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