02:物語の始まり_02
「え…なにしてるの」
モロンの問いかけにノードは「とりあえず耳を塞いで頭を体で包み込む感じに…そうそう、その状態をキープして」モロンが言った通りの姿勢になったことを確認すると、窓も無いというのに何ら面白みも無い壁を見つめた。
そして数秒経っただろうか、モロンはこの体勢になんの意味があるのかノードに聞こうとしたが、彼の真剣な表情を見て少々窮屈だが続けることとした。
「お、来た来た」
ノードの声と共に激しい揺れが2人を襲う。今まで経験したことが無い揺れである、風は吹いていないというのにモロンは突風だと感じた。
「う、うわぁぁぁぁすっごい揺れてるよノード」
恐怖と言うよりも、経験が無い状況にモロンは自然と笑みを浮かべる。
「ほ、本当だね我が主、キミも大声って出せたんだねぇぇぇ」
ガラガラと城壁が崩れる音にモロンは冷や汗をかきながら揺れが収まるのを待った、何か大きな物が通り過ぎるのを。
何個かモロンの上にも瓦礫が落ちてきたが、ノードの口から出た灼熱により排除される。
「も、もう大丈夫かな」
城壁が倒壊した影響で生まれた土煙が晴れない中、モロンは親友にそう声をかけると。
「あぁ、うん、無事かい?我が主」
ケホケホと咳払いの声と共にノードはモロンのすぐ傍へと近づいた。
「うーん…あ」
目線の先には潰れて千切れたモロンの足が落ちており、その肉塊が悍ましくもモゾモゾと動きひとつの生命のような動きを見せている。
「あれ、痛みとか感じなかったよ…どうしよう」
少しかゆみはあるが痛みは一切ない。まぁ痛みがあったところで痛みを与えるための調教を十年以上乗り越えてきた彼からすれば「痛い」の一言で済ませるのだが。
「うーん治癒魔法で痛みが鈍感になってたんだね…我が主、それを貰ってもいいかい?」
「え、どうすんのこのミンチ肉を…食べるの?、それなら僕が食べるんだけど」
モロンが指さしたミンチ肉はモロンが受けた回復魔法の影響によるい少しずつ膨らんでおり、気味の悪い深海に住むクリーチャーのような風貌を見せる。
もしこんなのが庭先に居たら絶叫からの気絶のコンボは間違いないだろう。
しかし、モロン的には永久にお肉食べられるのではと少々名残惜しそうに自分の足であった肉を見つめる。
「ちょっとした仕掛けにね…」
そういうとノードはもはや謎の物体と化した赤黒い肉の塊に「トカゲの尻尾切り」と謎の掛け声とともに魔法をかけた。
そうすると肉塊はモロンに似た形へと変わっていく。次の瞬間ノードは手近なところにあった城壁の残骸を尻尾で払うと肉塊を押しつぶした。
グチャっと気味の悪い音と共に瓦礫の下からは赤黒い液体が流れ出る、鼻に香る匂いはレーキには馴染みがある血液の何とも言えない生臭さ。。
「…あ、お肉」
そんな常人では耐え切れないような状況でモロンはあり得ない言葉を口にする。
「うーん、内臓とかもそれらしく作ったけど調べたらバレそうだね…でも足止めには使えるよね、にしても流石の僕も自分の肉をここまで食べようとする我が主にドン引きだよね…まぁそれよりもあっちを見てごらんよ」
そういってノードが指さした先には、あったはずの壁は存在しておらず、吹き通しとなった場所からは外の景色が一望できた。
「あぁ…すっごい綺麗だねノード」
初めて見る景色にモロンは見とれるように動きを止める。
「ふふん、我が主、これで我が主も自由の身というわけか、あっけない結末だったね」
「え?」
「ん?」
「僕が逃げたらお仕置きされちゃうよ?」
ノードの言葉にモロンは何をバカなことを言っているんだという視線を向けた。
「いやいや、お仕置き…っていうかあれは拷問だよ、あれから逃げるために今から逃げるのさ」
「…あぁなるほど、つまりは逃げたらお仕置きされないんだね?」
「…ふーむ、我が主は電気の喰らい過ぎで頭の中までやられてしまったのかな」
「失礼な奴だなぁ…じゃあ行こうか」
そういってモロンが立ち上がろうとしたところ…ずっこけた。
それもそのはず、片足がぐちゃぐちゃでなくなっている。治癒魔法がいまだに効果を放っているため徐々に回復はしているのだが、もし切断という形で片足が綺麗に残っているのならばすぐに治ったことだろう。
モロンは視線の先にある人型ハンバーグのタネの成り損ないを見やる。あれでは足にくっつけても戻りそうにないなとため息をついた。
「まぁまぁ、生きていれば片足だろうが片目だろうが無くなるもんだよ、ほら僕みたいに」
そういってノードはモロンへ無くなった目玉の方を示してくるが。
「そもそも、その目だって僕の目が無くなった代わりにくれたものじゃないか…キミは友達なんだからそこまでしなくて良かったのに」
「我が主の為なら片目ぐらい惜しくないよ…フフン」
ノードは誇らしい気持ちに尻尾をぶんぶんと振る。どうやら喜んでいるのだろうと察しモロンは笑うと尻尾を撫でた。
「なんだ…変な奴」
「おやおや、恩人に対して変とは酷い我が主だな」
そうしてひとりと一匹は外へと歩き…「アボッ」「ほら、我が主僕につかまりな、空を飛んで連れてってあげるから」「ごめんよ、ありがとう」
…飛び立っていった、彼等を待つのは楽しい物語となるのか、辛く苦しい物語となるのか…それは彼らが進む道しだいといったところだろう。
「なんてことだ…ありえん」
白髪交じりの男が愕然とした表情で誰もいない室内を見渡す。壁には大きな穴が開いており目の前には石に潰されたグロテスクな肉塊がごろりと横たわっている。
「魔法による警報はどうなってるんだ!!」
男が後ろに立つ初老の男性へと怒鳴り散らすと「いえ、先ほどの地震は魔法による余波のようで、警報魔法などは全部壊れていました」
「クソッ役立たずが!!えぇい、お前らはここを片付けとけ!!」
男は青い顔をしながら震える足を隠そうともせずに近くの椅子に腰を掛け頭を抱えた。
「ありえない…何故こんなことが…」
目を虚ろにしながら男は呟くと、彼はフラフラと立ち上がりこの部屋と通路を繋ぐ鉄格子に手をかけた。するとそこには彼にとって愛しい2人の娘が立っていた。
自慢の娘の前でみっともない姿を見せまいと彼はほんの少し顔色を戻し、姿勢を正した。こんな男でも矜持というものは持ち合わせていたらしい。
そんな父親に娘のロールが一歩前に出ると。
「お、お父様どういうことですか!!」
父親の服を掴むと彼女は詰め寄る。
男はその手をゆっくり引きはがすと、顔を伏せながら空になった室内へ指をさす。
「…見ての通りだ、アイツが逃げ出した」
ロールは室内に入ると立ち止まり、とある方向を凝視する。
「…嘘、でもあれは死体では」
彼女が指さす先にはぐちゃぐちゃになり、時々生きているかのように脈打つ肉塊。
ロールの言葉に父親は激高するかのように声を荒げた。
「あの化け物が死ぬわけがない!!どうせ魔法で作り出したダミーに決まってる!!」
「でもモロンは魔法を「使えないはずがない!!あの化け物が!!やっぱり魔法を使えたんだ、俺たちを殺すために隠してたんだ!!」」
父親は半狂乱になりつつロールの言葉に叫んだ。彼は先ほどまで何とか保っていた体面もどこへやら、怯えた表情で通路の闇へと逃げるように消えていった。
そして室内には清掃を始めたメイド達と姉妹だけが残される。ロールは肉塊を悔しそうな瞳で睨みけるが、そんな姉の肩にアドラはそっと手を置いた
「ロール姉様…父上はああいっていますが…おそらく…」
ロールも妹のいわんとすることはわかった。彼女は誰よりもモロンのことを知っていたという自信を持っている。彼が魔法を使えないことも、自分たちを恐れ逃げ出すなど考えていなかったことも。
「ッモロンの分際で…」
そういったロールの手にはモロンと彫られた首輪が握られていた。首輪を握りしめると彼女は踵を返す。
ロールはどうやらその首輪をハメに来たのだろう、しかし来てみると先ほどの謎の地震の影響で城は半壊しモロンは死んだ。
彼女の口元には悔しさで歯を噛みしめたせいだろう血が滴っていた。ロールは地面に転がっていた苛立たし気に石を蹴飛ばすと足取り重く去っていった。
その姿を見て妹であるアドラはため息を漏らした。
「…ったく、あのクソから愛しいペットを横取りする計画がオジャンじゃねぇか…面倒くせぇけど他のオモチャ探すか、でもあそこまでの一品はねぇよなぁ…」
アドラは気味の悪い笑顔を浮かべるとふと表情を戻し肉塊に近づいて行くと、ぺたりと触れる。
「やっぱり…つーことは…でも、どうしてあのオヤジは恐れてたんだ?…わかんねぇな」
アドラは肉塊から感じる自分の魔力の残り香を感じ取った。そしてこれがモロン本体ではないことも確信した。本体だとしたら自分がかけた回復魔法による魔力の残り香が薄すぎるからだ。
アドラは肉片を魔法で焼却し「ふふ、良い香りだな」と呟くと鼻を鳴らす。肉から血が跳ね彼女の頬を伝った。
彼女にしてみればモロンが死んでようと生きていようとどうでも良い。ただオモチャの一つを無くしただけだ、もし気まぐれに戻ってくることが合ったら…。
「どうしようかしらねぇ…」
ペロリと頬を流れるモロンの血を舐めると彼女は自室へと戻って行った。