生きるためという名のパラドックス
「何やってるんだ、俺は…」
進藤匠は日々の生活の中でふと思う。朝早く勤め先の飲食店に足を運び、制服に着替える。
「はぁ…今日も仕事、明日も仕事か」
現代社会において彼のような人は珍しくはない。生きていくためには仕事をしなければならないからだ。しかし、考えて欲しい。生きていくために仕事をしている。立派な大義名分だ。果たしてそうなのか?仕事をするために生きているのではないのか?卵が先か鶏が先か。忘れてはいまいか?気付かぬ内に逆転していることに。
「おはようございまーす!」
バイトの女子大学生だ。茶髪でテンションの高い子だ。ギャルではないが、そのテンションに匠はついて行けない。匠は疲れ切った顔を無理やり変える。
「おはよう!今日もよろしく」
笑顔を作るのはお手の物だ。しかし、匠は最近心から笑った記憶がない。いつも通りに開店の準備を始める。
「加藤さん、そろそろ7時になるから表の看板中に入れて開店していいよ」
「わかりましたー」
朝の時間帯は比較的客足が少ない。
「いらっしゃいませー」
匠が仕込みなどをしていると、ホールから加藤の声が聞こえた。この日最初の客が来たのだ。こんな朝早くから飲食店なんかに来るのか、と思うこともあったが、通勤前に朝ごはんを食べに来る人も少なくない。しかし、来るのはサラリーマンだけではない。
「店長!助けてください」
加藤がキッチンにいる匠に助けを求めて来た。
「どうしたの!?」
「多分、酔っ払いですー」
それを聞いて匠はため息をついた。この店に来るのは朝ごはんを食べに来るサラリーマンだけでなく、朝帰りの酔っ払いも来ることがあった。酔っ払いが来ることはたまにあるので慣れてはいるが、これが彼を疲れさせる原因の一つだ。
「わかったよ。加藤さん、キッチン代われるかな?この野菜切るだけだから」
「わかりました」
「怪我しないように注意してね」
匠はそう言うと重い足を客席に向ける。入口の方では酔っ払いの男がこちらを見て呼んでいる。
「お待たせ致しました。どうかされましたか?」
匠は分かっていた。理不尽極まりないクレームであることを。
「100円しかないんだけど!なんか食えないの!?」
知らねーよ。匠は心の中でそう思う。あくまでも心の中で。口に出したら終わりだからだ。どんなに意味不明なことを言っていても客は客だ。どうも、日本は客の立場が上過ぎる気がしている。
「すみません、当店は定食屋ですので100円で買えるものはないんですよ」
いつも通り冷静に対処する。
「あ?なんだよ、クソが」
酔っ払いの男は捨て台詞を吐いて店を出て行った。
匠がキッチンに戻ると、加藤が心配そうに駆け寄って来た。
「店長すみません。大丈夫でしたか?」
「はは、いつものことだよ。たまにああいうの来るからね」
その日の気分は朝に決まる。今日は最悪である。匠は沈む気持ちを上げて仕事に戻る。昼は1日の中で一番忙しい時間である。匠はその時間帯を超えて、ようやく休憩に入った。
「まだ、昼か…」
匠はコンビニで買ったおにぎりを食べながら、黄昏る。匠は新卒でこの定食屋チェーン店の店長になった。社会人になって半年くらいの若手だ。普通の学生時代を過ごし、普通に就職活動をして社会人になった。何も目標がなかった。働かなければならないと思ったから、就職活動をしたまでである。
「何してんだろうな、俺…」
無意識に口に出していた。
「俺さ、人の役に立つ仕事がしたいんだ!人に感謝されるような仕事がしたい!」
「匠君、どんな仕事なの?」
「わかんない。お巡りさんとかかな!?」
「えー、わからないのにそんなこと言うの?」
「琴音こそ、なんか夢とかないの?」
「私はね…」
匠は我にかえる。
「あいつ、なんて言ってたんだっけな」
匠は時計を見た。
「そろそろ、仕事に戻らないと」